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第2話 スターの風格

今旬なスポーツは、ワールドカップサッカーに、ハリーポッターのクイディッチに、そしてこのボトスだ。

 男爵の大半は農園主だ。

 男爵は王からの恩賞により爵位を得る者がほとんどで、爵位と同時に国への貢献に対して広大な土地も与えられる。

 王宮内に住みながら、男爵の爵位を与えられる者は王子しかいない。当然王宮内にいるのだから、農園など持たない。じゃあ、一日何をするかと言えば、毎日社会見学だ。早い話が、街中を毎日遊び歩いているってわけ。

まつりごとのなんたるかは、何をもって国を統治するかということ。政務など、手続きの方法に過ぎん。それだけ知っていても、国をおさめることなどできない。重要なのは、何をもって、ということだ。その何かは、自ら社会に出て行き、自らの目で捜し出すしかない」

 ハーディガンはそう言い、政務のせの字も教えることなく、デューンに街中に出かけることを勧めた。

 デューンが街中に出て覚えたのは、下級アルコール「チャッカー」の悪酔いと、ボトスだ。

 ボトスというのは、ウールクラール国民が熱狂する競技のこと。

 簡単に説明すれば、サッカーとドッチボールを合わせたような競技だ。そのルールについて、軽く説明しておこう。

 ボトスコートには、キックラインとクラッシュラインがある。

 キックラインというのは、文字どおりボールを蹴って、敵陣ゴールを目指すフィールドのことで、ボトスコートの中心から両側に向かって6割を占める。ここでは、5人全員がフォワードで、相手からボールを奪ったら、ゴール前に広がるクラッシュラインを目指す。

 コートの両側2割ずつのフィールドがクラッシュラインになっていて、ここには15人のディフェンスがいる。ディフェンスは、全身のどこを使ってもいいので、フォワードを妨害し、ボールを確保したら、キックラインの味方にスローでボールを返す。ボールを返す時キックは禁止だ。ディフェンスはボールを地面にさえ落とさなければ、フォワードに何をしてもよい。殴ろうがキックしようが何でもありだが、ボールが体に触れて、それを落としてしまったら退場となる。それはボールを抱えたまま地面に倒れることも含む。フォワードも、蹴ってボールを運ぶ以外、ディフェンスに何をしてもよい。また、味方陣地からディフェンスが敵陣地のクラッシュラインまでフォワードの援護に来てもよい。この場合、味方のディフェンスは、フォワードを攻撃してくる相手ディフェンスを叩き伏せるだけで、ボールを運んではならない。

 まあ、ごちゃごちゃルールを説明したが、クラッシュラインは文字どおり、体対体がぶつかり合う場所。流血、怪我人当たり前の問答無用のバトルロワイヤルのフィールドがゴール前に控えているのだ。

 この地獄のフィールドをいかに華麗にくぐり抜けてゴールを決めるか。フォワードの妙はそこにかかっている。

 さて、このボトス。

 デューンも最初は見る側だったが、やがてフォワードのカッコよさに惚れて自分でもやり始めた。街に出ては朝から晩までボトス三昧。最後は、「チャッカー」で酔っぱらって王宮に戻る有様で、夕食を王宮で食べることは週の半分しかなかった。

 したがって、デューンの食事を毒見しなければならないミロディは毎日ボトスの練習に付き合わされた。

 ボトスは男子競技。

 女性は観客として、観覧席につくことは許されるが、コートに入ることも、その練習に付き添うことも許されない。なぜなら、ボトスの選手は、完璧な自分のパフォーマンス以外女性の前にさらすことを恥とするからだ。

 というわけで、ミロディは、デューンが練習している間、競技場内にある控室で待っている。

 デューンは、自分のチームを持っている。

 爵位のある者は、たいてい自分のチームを持っているが、デューンのように選手としてボトスに出る者も多い。

 その場合、他チームのいい選手をいかにして引き抜くかで、チームの出来不出来が変わってくる。

 いい選手を引きぬけるかどうかは、資力による。要は金次第ということだ。

 ボトスは賭けごとの対象にもなっていて、正式な試合では相当な金が動く。爵位のある者にとっては、いい金稼ぎになる。多少の初期投資はやむなしというわけだ。

 だが、物質的には恵まれていても、金を持たされていないデューンはいい選手を引き抜くための資力がない。

 デューンは、かなり遠方まで足をのばし、飯だけ食えれば何でもするというメンツを集めた。体だけが資本のむくつけき男達の集まりができた。

 男達は練習が終わると、競技場内にある大浴場で体の汗を流す。

 ミロディの浴室での務めは、他の男性が居ようと居まいと関係ない。

 デューンが他の選手たちと大浴場に向かうと、白い薄手の浴衣に着替え、浴室入り口近くに控える。

 全身瘤だらけの様な筋骨隆々の20人以上の男達の裸身が、ミロディの目の前を通り過ぎて行く。

 体力も精力も有り余っている男達の好色の目がミロディの全身をなめまわしていく。

 それでも、ミロディは男達の裸身には目もくれず、ただデューンの姿だけを注視した。有事の際には、すぐに駆けつけられるように。

 そんな練習三昧の日々も、最初の正式試合まで。

 正式試合の相手は、クリエル公爵のチーム。

 クリエル公は生粋の貴族で、デューンも小さい頃から王宮に出入りするクリエル公の顔を覚えていた。

 クリエル公には、長女、長男、二男がいる。

 長女のミカエラは、他の公爵家に嫁いだ。

 長男クレンティンバックは、クリエル公の正当な後継ぎ。

 父亡きあとは、クリエル公を名乗ることになる。

 では、二男のカッツェンバックは?

 爵位のある者は、長兄が爵位を継ぎ、それ以下の男子は男爵の爵位となる。と言っても、家の資産はすべて長兄が引き継ぐため、男爵の爵位を得るだけで食い扶持は自分で何としなければならない。生まれた順番が違うというだけで、長兄とそれ以外には雲泥の差があった。

 大抵の場合、二男以下の男子は、公爵家や伯爵家が領主として統治する地域の統括事務を行ったり、所有する大農園の農園管理をしていたが、中には家の庇護を離れ、自らの力で新たな道を切り開く者もいる。

 カッツェンバックは、今年20歳。デューンとは2つ違いだが、クリエル公はよく子供たちを連れてきていたので、小さい頃からお互いをよく知っていた。。

 王子は17歳になると有無を言わせず男爵となるが、公爵、伯爵の子は、先に述べたとおり、世代交代がない限り爵位は得られない。それまでの間は、40歳になろうと50歳になろうと、公爵、伯爵の子としてそれぞれの爵位に応じた権利を有する。

 つまり、父親が公爵でいる間、二男以下も王宮に自由に出入りできるが、長兄が公爵を拝命した途端、兄公爵の許可がなければ自由に出入りできなくなると、そういうわけだ。

 そんなわけで、父クリエル公がまだピンピンしているカッツェンバックは王宮に自由に出入りできるので、2つ下のデューンのところによく遊びに来ていた。

 17歳以下で、まだ王宮の外を知らなかったデューンに王宮外の、いいことから悪いことまでやたら吹聴した。デューンにとって、カッツェンバックは王宮外でのいい兄貴分だった。

 そのカッツェンバックは、いまやボトスの花形スター選手の一人。面長で、切れ長の涼しい目をしながら、身長190cmを超える偉丈夫いじょうぶ。クリエル公の有するチームを何度も勝利に導き、親の庇護がなくても、ボトスの収入だけで十分食べて行ける資力があった。

 その、クリエルチームが初戦の相手。

 当然のことながら、試合はクリエルチームが圧倒。

 デューンチームは、0点のワンサイドゲームになるかと思われたが、終わり間際、一点だけ取り返した。

 クリエルチームのディフェンスを確実に減らしていき、開いた隙間を、デューンは素晴らしい走りで一気に突き抜けた。

 だが、デューンチームが気を吐いたのはそこまで。

 蓋を開けてみれば、84対1の大差で負けた。

 試合が終わり、男達は浴場へと向かう。

 湯船につかっているデューンの隣にカッツェンバックが入ってくる。

「マイフリュースト」

 デューンは、形式だけの挨拶をカッツェンバックにする。

「どうだ?試合の感触は?」

 カッツェンバックが聞く。

「一試合目だからな。まあ、こんなもんじゃないかな」

 挨拶さえ済めば、カッツェンバックは幼馴染のようなもので、相手が年上だろうとお構いなしにデューンはタメ口だ。

「当然の結果だ。だが、今日の試合で、俺達が完全に負けた点がある」

「負けた?」

「そうだ。俺達のチームは負傷者だらけだったのに、デューンのチームはディフェンス、フォワードともまったくの無傷。しかも、ディフェンスは一人も退場者がいなかった。どんなにいいチームでも、無傷、無退場はまずあり得ない。これを達成するには相当な技術とチームワークが必要だ。正式試合初戦でそれをやってのけるとは、いやいや脱帽したよ」

「慰めはいらないよ。結局取れた点数は1点だけだからな」

「その意気だ。もっともっと試合をこなして来い。何度でも挑戦を受けてやる」

 カッツェンバックはそう言って、先に湯を上がった。浴場を出て行こうとすると、入り口近くに男達の人だかり。

「おい!」

 カッツェンバックは、男達の後ろから怒鳴った。

 男達が振り向く。クリエル公チームの男たちだ。

「女性の前だ。余計な物をこれ見よがしにさらすな」

 カッツェンバックは、男達にとっとと浴場から出て行くよう、首でうながした。

 男達が去ると、白い薄手の浴衣を羽織ったミロディの姿が現れる。カッツェンバックは、背筋を伸ばしたまま両手を股間の前で交差させた。

「ウチの者どもが失礼を。デューン男爵の世話役、苦労が絶えないな」

 ミロディは、カッツェンバックの慰労の言葉に、伏せていた目を上げた。

 カッツェンバックはその美しい銀色の瞳に一瞬息を飲んだ。

 ミロディが、カッツェンバックにお辞儀をする。

「デューン男爵チームとは、また対戦することもあるだろう。二度と今日のような真似はさせないつもりだが、また何か不快なことがあれば、俺に言え」

 カッツェンバックは吸い込まれそうなミロディの瞳から視線を外してそう告げると、浴場を後にした。


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