第4話 執事の悩み
ローディン初の大仕事。
準備万端、ぬかりなし、のはすが、思わぬ落とし穴が待っていた!
招餐会。
男爵になって3年を過ぎた者は、男爵の爵位に応じた対応ができるようになったか王宮の人たちにお披露目する。
ローディンは、その準備で忙しくなった。西の塔の使用人たちも、会場の準備や食べ物の手配などで、てんやわんやの状態だ。
当日は、メイドももてなし係として対応しなければならない。
「メイドになりたてで大変だと思うが、ペイネントならやれる。その度胸があれば、賓客に負けることはない」
ローディンに言われると、
「そんな度胸はありません。どうか、わたしをフォローして下さい」
「大丈夫だ。当日の参加者はほとんど男性だ。公爵クラスの給仕さえしてもらえれば、他は配膳係のプロたちが対応してくれる。当日の催しものは、南国ポールトの踊り子たち。3年後にヴィラキューソカーニバルを控える一流のダンサーたちだ。彼女たちのセクシーさに男達は釘づけだろう。皆、そちらに目が行って、給仕たちのことなどには目をくれないさ」
そう、招餐会のゲストはほとんどの場合は男性。その爵位にある男性が、ホストである男爵を値踏みする場なのだ。
いかにゲストたちを飽きさせないか。
その技量で、男爵の評価は決まる。
ローディンはそれを見越して、シデオールにはない開放的で野性的な南国のもてなしを考えた。
その一方で、他の招餐会では無視されがちな物にも力を入れた。
食べ物だ。
公爵や伯爵の中には、街中に一流のレストランを抱える者もいる。
公爵や伯爵は自分のシェフを持っているが、シェフのメニューに飽きた時に外で食事をとることもある。そうした舌の肥えた階層を受け入れる先として、街中にレストランを経営している者も多い。
とくに有名なのは、ビジュヨルドとミシュゲイレンの2店。ウールクラールの食の頂点を極めた者たちだけがその厨房に立てる。王宮の厨房で働く一流のシェフでさえ、ここに立つ事は許されない。
その2店の料理長も来る。
大抵の場合、ホストは最初からあきらめて、食でその料理長を満足させることなど考えもしない。だが、ローディンは、それに挑戦しようと考えていた。それほどまでに、ローディンはユーグやビラキンス、厨房で働く者たちを信頼していたのだ。
男達は、味より見た目だ。食欲をそそる派手さと量があればいい。味にはそんなにこだわらない。
味にこだわるのはむしろ女性たちだ。
だが、男性たちにも味を楽しんでもらうため、招餐会の招待状には、あえて食にこだわりおいしい食べ物に期待してもらうよう添えていた。
それが、高評価を受けるための前振りだった。
そして、このことが、思わぬことを起こしてしまう。
おいしい食べ物に誘われて、招餐会にはほとんど姿を見せない女性たちが大挙して参加することになったのだ。
「まずいな・・・・」
招待状の返信が届くのは、開催の二、三日前。
事前に準備をしておかなければ、招餐会には間に合わない。参加者を想定するその見立ても、先見の明を試される。
ローディンは、思わぬ事態に滅多に見せない動揺を隠しきれなかった。
公爵や伯爵の妻や娘たち、品格を重んじる彼女たちに南国のセクシーでワイルドな催しはまずい。
その間、別の何かを考えなければならない。
「何をそんなに悩んでいるんですか?」
滅多に見ないローディンが頭を抱える様子を見てペイネントが尋ねる。
「招餐会は、普通男性中心の参加者なんだが、今回は女性も多く参加するんだ。催しものを男性中心で考えていたので、女性たちが厭きてしまう。いや、むしろ不快に思われてしまうかもしれない。何か、女性たちに向けた催しを考えなければ・・・・」
「女性たちに向けた催しものならば、女性に聞くしかありません。男性であるローディン様が考えてもいい考えは浮かばないのでは?」
「そうなんだが、いったいどの女性に聞けばいい?」
「この塔にはたくさん女性がいるじゃありませんか」
塔にいる女性といえば、ペイネント以外は、配膳係のおばちゃまばかりだぜ?
そんなおばちゃまに聞いて、公爵、伯爵夫人たちを満足させられる催しを考えられるのか?
だが、ペイネントはおばちゃまたちを信頼していた。
会場の飾り付けが一段落して、会場の隅の方で休んでいるパーティルたちの所に歩いて行くペイネント。
「会場準備、大変そうね」
ペイネントが声をかける。
「慣れてはいないけど、この塔の中を美しく飾ることに変わりないから」
「ローディン様たちも、あなたたちだから信頼して任せておけると言っていたわ」
ペイネントが言うと、
「言われなくても分かっている。ローディン様は、いつもわたしたちのことを見て下さっているから」
そう言いながら、ドリューが口元を押さえる。
「どうしたの?ドリュー」
「最近、唇が荒れてしまうの。話しているうちに唇が切れたりするのよ」
「そうそう、わたしも。唇が切れるとなかなか治らないのよね」
パーティルも同意する。
「それは大変。これを唇に塗って」
ペイネントは、ポケットから棒状の口紅を出した。
「これは?」
受け取ったドリューが聞く。
「ドリュー達は使わないの?サームゲンシアでは、唇を乾燥や汚れから守るために使う口紅というものよ。植物油を硬く固めた物に、花の色素を混ぜているの。油が乾燥や汚れから唇を保護して、花の色が唇を魅惑的に見せてくれるわ」
ドリューは、蓋を開けた。淡いピンクの口紅を塗ると、そんなに前と違和感はない。
「あ、これいいわ」
「あたしにも貸して」
パーティルも唇に塗ってみる。
「ホントだ。唇の荒れが治ったみたいに感じる」
「シデオールには、口紅はないの?」
「高貴な方は、専属の化粧師がついていて、口に色を塗ってもらったりするけど、こんな棒みたいのじゃなくて、刷毛で塗ってもらってるの。わたしたちのような者は、化粧師なんてとてもつけられないから、唇はいつもそのまま」
「シデオールには、口紅がないのね」
「ペイネント、これってどこかで買うことができるの?」
「サームゲンシアでは、自分の好きな花の色で自分自身で作るのよ」
「そう、残念・・・・。売り物じゃないのね」
「その色で良ければ、作ることは簡単。作ってあげるわ」
「本当?ありがとう」
「そのかわり少し時間をちょうだいね」
「全然気にしない。楽しみにしてるわ」
ペイネントは、パーティル達に笑顔でうなづくと、その足でローディンの元に向かった。




