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第2話 恥ずかしい失笑

花に詳しい女の子には、アレも単なるモノに過ぎないのかな?

 その日、街中から帰ってきたデューンは鼻をつく匂いに気付いた。

「なんだ?この匂いは?」

 デューンが匂いの強い方に歩いて行くと、その先に浴場があった。浴場の入り口を入ったデューンは、目を見はった。

 風呂場が花畑になっている。

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 その花畑の中、柱に刷毛で何かを塗っている少女がいた。

 明るい青色の髪が目を引く。

「どなたですか?」

 少女がデューンに問いかける。

「それはこっちのセリフだ!」

 少女は、柱に縦のラインを引くように何かを塗り終わると、デューンに向かって言った。

「わたしは、花屋のクインランから来たペイネントと言います。今、ようやくお風呂の匂いを消す作業が終わりました」

「風呂場の匂い消しだと?風呂場を花畑にしてどうする?」

「この花は、ビンラインとモデトートとサツキマリ。この3つの花の香りが混ざると強い消臭効果を発揮します。今、壁や柱に塗り終わったのは、ユルモスの木の樹液。無色透明で無臭ですが、吸引効果が高く、空気中の成分を吸収しそれを壁や柱の下地に溶け込ませます。花の香りを吸収したら、その効果は10年以上もちます」

「それで血の匂いを消そうっていうのか?これだけの花、一体どうするんだ。このままじゃ、風呂にも入れない」

「後3時間もすれば血の匂いは消えます。そしたら、この花は湯船に浮かべるといいです。ビンラインとサツキマリは保温効果が高く、モデトートは疲れを取る成分が含まれていますから」

「今夜は花風呂か」

「ところであなたはどなた?」

 ペイネントの質問に、ふてくされたようにそっぽを向くデューン。

 すると、

「デューン男爵。お前に仕事を依頼した依頼主だ」

 後から入ってきたローディンが言う。

「デューン男爵様?今日は外出していると」

「気が変わったんだ。それにしても、まさか風呂場がこんなことになっていようとは」

 デューンの言葉に、ペイネントは、慌てて深々と頭を下げた。

「デューン男爵様とは知らず、大変失礼な態度を。申し訳ありません」

「なあに、ふてくされて自ら名乗らないのが悪いのだ。気にするな」

 ローディンが涼しい顔で言う。

 デューンは、ローディンの方を向いた。

「ところで、花風呂の後はどうすればいい。これだけの花、処分に困る」

 ローディンが聞くと、

「この花は乾燥させると縮みます。3種類の花を混ぜてすりつぶして瓶に詰めれば芳香剤になります」

「なるほど、この花に捨てるところはないということだな」

「見て楽しみ、匂いを楽しみ、体を癒して楽しみ、花々に無駄な所などまったくありません」

「花のことを知り尽くしているな。いずれは自分で花屋を?」

「いえ、花屋は、本当にやりたいことを遂げられるまでの橋渡し。本当にやりたいことは他にあります。ここにきてほんの少しだけ、そのやりたいことを遂げられましたが」

「・・・・・・そうか。その本当にやりたいことを成し遂げられるといいな」

 ローディンは、笑顔でペイネントにねぎらいの言葉をかけた。


 配膳係がテーブルに皿を並べる。

「ありがとう」

 置かれたのは、ローディンの目の前。

 ローディンは、目の前に盛られた食べ物をよく観察し、匂いを嗅ぎ、そして頬張った。

 目を閉じて味わい、何度も小刻みにうなづく。

「デューン男爵、これは毒はありませんな」

 頬杖をついた仏頂面のデューンが、奪うようにローディンの前の皿をかっさらう。

「・・・・・ローディン、お前とつら突き合わせて食べるのはもう飽きた」

「そうですか。わたしはデューン男爵と毎日こうして食事をできるのを楽しみにしているんですが」

 そういう、ローディンの目の前に新しい皿が運ばれてくる。

「新しいメイドはいつ来るんだ?」

 デューンが聞く。

「明日です。次は東から選びます」

「東?」

「最初のメイドは西のミラディス出身。バランスを取るなら反対の東から選ぶべきだったのです。2番目はハーディガンの指示に従いましたが長続きしなかった」

「東のどこからだ」

「サームゲンシアです」


 デューンは、額に手を当て考え込んでいた。

「なぜ、そこにいる?」

 目の前には、明るく青い髪が目を引く少女が立っていた。

「ペイネントと申します。またお会いできましたね。デューン男爵様」

「ローディン、どういうことだ説明しろ」

「どういうこともこういうこともありません。メイド希望者の名簿で、サームゲンシア出身者の先頭にいたのが、彼女だったと、そういうことです」

「そういうことです。デューン男爵様。先日の失礼の儀は、これから埋め合わせをさせていただきます」

「・・・・・勝手にしろ」

「まず、わたしは何をすれば・・・」

「そんなことはローディンに聞け」

 ペイネントは、ローディンの方を見た。

「じゃ、ついてきてくれ」

 ローディンは、ペイネントを連れて部屋を出た。

「・・・・それにしてもまさか、本当にやりたいことがメイドだったとはな」

 廊下を歩きながら、ローディンがペイネントに話しかける。

「マクガイアス家のメイドになることは、女子の憧れなんです」

「憧れね・・・・・。期待と現実の違いに潰されないようにな」

「期待と現実?」

「デューン男爵はちょっと・・・・いや大分他の人と違う部分があるんでな。いやがらせも半端ではない。わたしもあきれることもしばしばある。特に女子に対する嫌がらせは陰湿だ」

「どんないやがらせをしてくるんですか?」

「いつも思いつきだ。どんなと聞かれて説明できるんもんじゃないが、いちいち真に受けるな。メイドの仕事だけこなせばいい。メイドの仕事と関係ない嫌がらせは無視していい。それでも迫られるようなことがあれば、わたしに言え。しかるべく対処する」

「ありがとうございます」

「王妃に変な風に睨まれたら即処刑だ。そうならないようにわたしも目を光らせているが、先走って墓穴を掘るな。必ずわたしに相談しろ」

「分かりました。・・・・・でも、そこまで言われると、どんないやがらせなのか逆に楽しみになってきます」

 ローディンはペイネントを見た。

「・・・・・意外と、デューン男爵と合っているかもな」


 さて、いつもの洗礼。

 朝起きぬけのトイレタイム。

 排尿終了後、特に異状なしを確認したペイネントに

「触れよ」

「は?」

 怪訝な表情でデューンを見上げるペイネント。

「触ってみろ」

「まさか、まだ出切っていないのですか?」

 ペイネントが聞く。

「そんなわけないだろ!」

 会話がかみ合わない状態にいらつくデューン。

 ペイネントは、しまっていない物に視線を落とし、じっと見ている。

「ふふ・・・」

 ペイネントは突然笑い出した。

「な、なにがおかしい?」

 デューンが聞く。

 その一言を聞いたペイネントは、口元を押さえて声を出さないようにして肩で笑い続ける。

「何がおかしいのか聞いているだろ!」

 デューンは、この状態に明らかに混乱している。

「も、申し訳ありません・・・・」

 笑いの合間にそれだけ言うのが精一杯だった。

 デューンは、出しっぱなしで笑われている自分の姿が急に恥ずかしくなり、ものをしまうとそそくさとトイレを出た。 


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