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第14話 混血の血

女と女の戦いの間に、男たちは無用!

「もしかしたら、明日の喪明けは中止になるかもしれないぞ」

「いずれ使う機会もあるでしょう。まあ、喪服など使う機会がない方がいいですけど」

 そう言っている間に斬りかかってきた男達を背を付けたまま叩き伏せて行くデューンとローディン。

「外に倒れていた賊たちはデューン男爵が?」

「いや、俺じゃない」

「では誰が?」

 デューンは顎で、ナターシャの方を示す。

「ナターシャが?」

「ナターシャが相手にしているのはマーレだ。このままではやられてしまう。何とか助けに・・・・おっと!」

 口ではそう言うものの、次々湧いてくる賊を叩き伏せるのに必死で、デューンもローディンもその場から動けない。

 その時、怒号が浴場の入り口付近で起こった。

 全身を鎧でまとった大男が巨大な槍を持って、そこに立っていた。

「ヤバそうな奴が来たぞ」

 デューンはそのシルエットを見て呟いた。

 賊たちが、その大男に向かっていくと、その大男は槍を振り回し、賊たちを叩き伏せた。

「・・・・・あれは誰だ」

 大男が月明りの下に進み出る。

 アルギユヌスだった。

「アルギユヌス!」

「今頃、荷物を取りに来たのか?」

 デューンとローディンが待ってましたとばかりに口々に言うと、

「色々あってこんな時間になったが、どうやらちょうどいいところに来たようだ」

 そう言っている間にも、斬りかかってくる賊を2人、3人と槍で叩き伏せるアルギユヌス。

「それはそうと、なんだ?その格好は?」

 デューンの問いに、アルギユヌスが答える。

「俺はウールクラール軍モズリー討伐隊一の槍の使い手と呼ばれた男。だが、その時の記憶が今も俺を苦しめ続けている。二度と鎧は着ないと誓ったのに、捨てることができなかった」

「それは、今この時のために捨てられなかったんだ。今こそ、その苦しみの記憶を打ち破る時だ!お前の未来を守れ!ナターシャはそっちだ!」

 デューンは、賊を叩き伏せながら、アルギユヌスにナターシャのいる方を示した。

 ちょうどその時、マーレヌノアに対峙していたナターシャの後方から賊が剣を振りかぶってきていた。

 アルギユヌスは、槍を持ち変えるとナターシャに迫る賊に放り投げた。

 賊は、放り投げた槍に射ぬかれ、背後の柱に打ち付けられる。

 アルギユヌスは、鎧で賊たちを跳ね飛ばしながら、ナターシャに駆け寄った。柱に打ち付けた賊から槍を引き抜き、ナターシャに背を向け、迫りくる賊に槍を向ける。



挿絵(By みてみん)




「その爪は万物を引き裂いても体は人間のまま。ダーレの血はマーレよりも劣る。そしてその能力も」

 マーレヌノアは、そう言うと、一瞬左手を動かした。

 次の瞬間、ナターシャの左わき腹にナイフの柄が突き出していた。刃は深々と突き刺さっている。

 マーレヌノアは、隠し持っていたナイフを左手で投げたのだ。

「わたしが、牙だけを頼りに乗り込んでくるとでも?ダーレに狙われたら逃げるしかない。そんな幻想を信じていたのか?」

 ナターシャは膝をついた。わき腹から太ももにかけて血が流れ落ちる。

「ナターシャ!」

 振り向いたアルギユヌスが叫ぶ。だが、押し寄せる賊の応戦でアルギユヌスもその場から動けない。

 マーレヌノアはゆっくりと歩いてくると、ナターシャを仰向けに倒し、その上に馬乗りになった。傷の痛みで力の入らない両手をマーレヌノアに向けようとする。その手を片手で抑えるマーレヌノア。もう片方の手で、ナイフを引き抜くと、その手の指を傷口に突っ込む。

「ううっ・・・!」

 ナターシャの苦悶の声も途切れる。

「その苦しみもすぐ終わる。お前の首を食いちぎるまでだ」

 マーレヌノアの牙がナターシャの白い喉笛に近づく。

 万力に押さえられたように動かない手の指先を、マーレヌノアに向けるナターシャ。マーレヌノアの牙がまさに喉に食らいつくその瞬間、マーレヌノアの動きが止まった。その頭頂部から血が流れ落ちてくる。

 マーレヌノアの頭頂部にナターシャの青い爪が突き刺さっていた。爪は、まるで細長いアイスピックのようにナターシャの指先から伸びている。万物を切り裂くダーレの青い爪のその先が、最高頂の状態で最も強い防御力を誇るマーレの頭蓋骨を貫いていた。その爪が頭頂部から引き抜かれ、元の爪の状態に戻る。

 マーレヌノアは最後の力を振り絞り上半身を持ち上げた。その顔を伝った血が滴り落ち、ナターシャの全身を赤に染める。だがそこまでだった。マーレヌノアは正面を向いたまま横に倒れ、仰向けに浴室の床にその体を横たえた。

「ナターシャ!」

 ようやく賊を叩き伏せ切ったアルギユヌスが駆け寄る。

 倒れたままのナターシャを抱え上げ、傷口を手で抑える。

 流れ落ちたマーレヌノアの血かナターシャの血か分からないほどに全身が赤に染まっている。

「アルギユヌス・・・・」

「大丈夫だ。このくらいの傷ならすぐに治る」

「違うの。わたしは、魔族との混血の血をひく者。あなたが滅ぼそうとした種族の生き残り。わたしは、あなたと会うべきではなかった存在なの・・・・」

「何を言う。俺は、お前に出会うために放浪してきたんだ。俺の心の奥底に眠る苦しみを解放してくれるのはお前だけだ。お前が、俺の未来そのものなんだ」

 そこへ、白布を持ってデューンとローディンが駆けつけてきた。

 傷口に白い布をかける。

「アルギユヌス、ナターシャを抱え上げられるか?」

 ローディンが聞く。

「・・・・・今の話を?」

 混血は滅ぼす。

 それは、今も変わりない。もし、ナターシャが混血なら生かしておくわけにはいかない。アルギユヌスは恐る恐る聞いた。

「何の話だ?叔母様は、魔族との混血の血をひく者だった。そして、行方不明者も叔母様の仕業。言っておくが、ナターシャの青い爪の潔白は証明済みだ。それより、その傷を治す方が先決だ」

 デューンが言う。

 アルギユヌスは、デューンの言葉を聞き、自らの過ちに気付いた。

 そして、ナターシャを両手で抱え上げると、デューンらに先導され浴室を出て行った。


 喪明けのはずだったその日、主賓となるべき者の姿はそこになかった。慰めるべきその張本人こそが、自分の夫の命を奪い、執事やメイドたちを犠牲にしてきた犯人だったのだ。

 雅牙の塔の大広間は、異様な雰囲気に包まれていた。

 正面演壇の上には、王妃エスペリエンザ。

 その右手に執政官カルモス・ゲイレン六世、左手にドビュアーが控えている。

「ウールクラール王国を支える愛国者、そして我が親愛なる友たち。あなた達のおかげで、ウールクラール王国は成りたっています。まずはそのことに感謝を」

 いつもの決まり文句をエスペリエンザが宣言する。

 その額には王妃の象徴ミエプリマが緑の輝きを放っている。

「今、この王宮は不幸が続いています。我が夫の弟、ブリジェルドが亡くなり、その喪中に、王宮の執事やメイドたちが次々行方不明になりました。そして、昨夜、またしても我が子デューン男爵の命が狙われたのです」

 執事やメイドが行方不明になっていることは極秘裏に調査されていたので、大広間に招かれた聴衆たちがどよめく。

「デューン男爵を狙ったその暗殺者は・・・・ブリジェルドの妻、わたしの義妹であるマーレヌノアだったのです」

 再び聴衆がどよめく。

「マーレヌノアは、魔族との混血、牙を持つマーレの生き残りでした。マーレヌノアは、永遠の若さを得るため、ブリジェルドの血をすすり、その命が尽きると、霊柩の間に籠っていると思わせて、王宮の執事やメイドを襲い、その血で生き延びました。そして、昨夜マクガイアスの血を求めて、我が子を襲ったのです。しかし、マーレヌノアは、デューン男爵の執事ローディンと、メイドのナターシャの機転で討ちとられました」

 侍従長ドビュアーが、エスペリエンザの横に進み出る。

「今回、デューン男爵の命を救った功績により、ナターシャにはレディプラウド褒章が授与される。メイドの職は解任され、しかるべき身分が与えられる」

 大広間にはナターシャの姿はなかったが、列席していたローディンとデューンは互いの顔を見合った。


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