第12話 アルギユヌスの怒り
愛しい人を辱められたら、そこにあるのは‥‥!
喪に服す最終日。
「明日で喪が明け、マーレヌノア様が霊柩の間から御出になられます。服装はいかように?」
「任せる」
面倒くさそうにローディンに答えるデューン。
その時、突然扉が乱暴に開かれた。
そこに、アルギユヌスが立っていた。
「アルギユヌス、もう体調は戻ったのか?」
デューンが、問いかけると、
「ナターシャを裸にしたのか?」
「何?」
「王宮騎士団の前で、ナターシャを裸にしたのかと聞いているんだ!」
デューンは状況を飲み込み、答えた。
「ああ、王宮騎士団に求められたので、そうしろと言った」
アルギユヌスは、部屋の中に入ってきて、デューンに掴みかかろうとした。横に控えていたローディンが、そのアルギユヌスの巨体を止める。
「落ち付け、アルギユヌス」
そう言うローディンに見向きもせず、デューンを睨んだまま、
「自分のメイドの恥をさらすことが主の務めなのか?メイドの誇りを守ることこそ、主の務めではないのか?」
「メイドはメイドだ。王宮の中にいる限り、俺は王宮騎士団に逆らえない。それならば、王宮騎士団の要望に答えるのは、メイドとしての当然の務めだ」
デューンの一言に、アルギユヌスは拳を握り締めたが、そのこぶしをローディンに抑えられた。
アルギユヌスは、ローディンの方を見ると、跳ねのけるように後ろに下がった。
「・・・・・もう、こんな依頼主の元で働くのはごめんだ。辞めさせてもらう」
「アルギユヌス・・・・」
ローディンが声をかける。だが、アルギユヌスの意志は変わらなかった。
「金はいらない。そのかわり、ナターシャを連れて行く」
「ナターシャを?」
「こんな主の元にいたら、ナターシャが不幸になる」
「それは、お前の意志でどうこうできることではない。執事に選ばれたメイドは、王宮の使用人だ。王妃がメイドであることを解任しない限り、お前の自由にはできない。もし、このままナターシャを連れていったりしたら、お前は誘拐犯として、王宮騎士団の追撃を受けることになるぞ」
ローディンが言う。
「俺を追撃できるのならそうしてみろ」
「ナターシャはどうなる。お前と一緒に王宮騎士団に追われる生活が幸せだとでも思っているとしたら、それは大いなる勘違いだぞ」
「・・・・・・今日中に荷物は取りに来る」
そう言うと、アルギユヌスは扉を出て行った。
「・・・・なぜ言わなかったんですか?」
アルギユヌスが出ていったのを確認した後、ロ-ディンがデューンに尋ねた。
「何の話だ?」
「王宮騎士団に連行されて戻った者はいないと聞きます。王宮騎士団に睨まれたら最後、たとえ無実でも罪を着せられ粛清される。それを避ける方法はただ一つ。王宮騎士団の言ったことには無条件で従うこと。それが、あの場でナターシャの命を救う唯一の方法だった」
「そんなことを言ってみろ。今のあいつには、どんな言葉も言い訳に過ぎない。奴の怒りに油を注ぐだけだ」
「アルギユヌスはそんなわからずやでしょうか?」
「俺には分かる。奴は俺と似ている。俺は、自分のお気に入りに手を付けた奴を決して許さない。奴も同じさ」
この話はこれで終わりだとでもいうように、ローディンを一瞥してその部屋を出て行くデューン。
そのデューンを見送り、ローディンはあえてその部屋にとどまった。
その夜。
「アルギユヌスは来たのか?」
「まだです。もしかすると、来るのは明日になるかもしれません。それより、服を取りに行かなければ」
「服?何の服だ?」
「喪明けの儀式に着ていく物です。夜になってしまいましたが、合わせのためにこれから御足労を」
「いい。お前に任せる」
「しかし・・・・」
「多少きつめだったりぶかぶかしていても構わん。どうせ一度きりの物だ」
「・・・・・分かりました」
ローディンは、出て行った。
湯船に入って、デューンはまんじりともせずにいた。
やはり、自分を好いていてくれた人間が、自らの落ち度で離れて行くと言うのは、さすがのじゅくじゅく坊ちゃんでも心に響いたと見える。
デューンは、そんな自分の心の弱さを紛らわすため、湯船に沈んだ。
入口に控えているナターシャが立ち上がる。
その瞬間、突然疾風が浴場内を吹き荒れ、灯りをともしていた炎を全て吹き消してしまった。
浴場内は、漆黒の闇に包まれた。
ただ、大きく開いた窓から入る月明かりに照らされているところだけは青白く浮き上がってる。
ただならぬ気配に浴槽に駆け寄ろうとするナターシャ。と、突然、後ろからはがいじめにされ、何者かに浴室から外に引きずり出された。
湯船に沈んでいたデューンが立ち上がる。
そして、さっきまでの明るさが全くないのに気付き、辺りを見回した。
「灯りはどうした?ナターシャ、ナターシャはいないのか?」
しばらく返事を待つが、返事はない。
デューンは、浴槽から上がり、手さぐりでナターシャのいた場所まで行くと、そこに落ちていてた布を腰に巻いた。
その瞬間、後ろに人の気配を感じ、振り向いた。




