第11話 メイドの受難
ナターシャお前もか?‥‥と思ったら、変態騎士団の捜査の餌食に!
ナターシャは、薄いピンクの浴衣を羽織り、入り口近くに控えている。
デューンは、湯船につかりうとうとしていた。
ボトスも禁止され、塔の中で喪に服すため、外出もできない。ボトスとチャッカーで呼吸しているようなデューンにとって、この生活は呼吸困難な状況と同じだった。
ナターシャから見えるデューンの頭が、時折傾く。
慌てて元に戻すが、再びゆっくりと傾いて行く。
「デューン様」
ナターシャが声をかける。
その声に反応し、元に戻った頭が再び傾く。
返事はない。
ナターシャは、浴槽の縁に行き、デューンの顔を覗き込んだ。
その目は完全に閉じている。
ナターシャは、ゆっくりと湯船に足をつけるとそのまま音もなく湯船につかった。
デューンは、ナターシャが湯船につかったことに全く気付いていない。肩までつかっているデューンを見ながら、ナターシャは、浴槽の中で立ちあがった。ピンクの浴衣が体に張り付き、ナターシャの美しい体の曲線を浮かび上がらす。デューンを見下ろし、左手をその背中にまわして、右手を上に向けた。
その右手をゆっくりと下ろしながら、デューンの胸元に向ける。
その爪は青色に輝き、心なしか先端が鋭く尖っているようにも見える。
いや、心なしか、ではない。
青の光沢は、その爪の硬化を物語る。
丸みを帯びていた爪先は確実に変形し、鋭いアイスピックのようになりつつある。
そして、そのアイスピックの先端は、確実にデューンの眉間を狙っていた。
おーっと、ここで日ごろの不満が一気に爆発か?
やはり、アルギユヌスのフォローがあっても、デューンの所業にはクールなナターシャでも耐えられなかったか?
いやいや、ミロディほどじゃなかったと思うんだけどな。じゃ、さっきの夕食のほのぼのとしたやり取りはなんだったんだ?
女心ってこえー。
という訳で、犯人はナターシャだったってことでこの話は終わり。・・・・・・
んなわけねーだろ!
ナターシャが、デューンの胸に向けて右手を引いたその時、
「ナターシャ」
突然の声に、ナターシャはその右手を開いて、手のひらをデューンの胸に当てた。
浴槽の縁にローディンが立っていた。
「・・・・・デューン男爵を起こすんだ。ナターシャも着替えてすぐに玄関ホールに降りろ」
ナターシャの爪は、一瞬のうちに元に戻っていた。
浴槽で少し寝たデューンは、さっきよりはすっきりしている。
メイド服に着替えたナターシャも巨大な吹き抜けのある玄関ホールに降りてくる。
そこには、王宮騎士団の鎧をまとった男たちが、5人立っていた。
「参りました」
ローディンが王宮騎士団に頭を下げる。
デューンとナターシャも頭を下げる、
「デューン男爵。夜分遅くに申し訳ない。実は3日前から、朝焼けの塔と、風迎えの塔、それに月明かりの塔の執事やメイドが姿を消している。国中が喪に服している手前、大げさに騒ぎたてるわけにもいかず極秘裏に我々が調査を進めていたのだが、行方が分からなくなったとみられる現場で、ある物が見つかったのだ。それを見てもらいたい」
説明した男の隣にいた騎士が、布に包んだ物を見せる。
そこには、爪の先ほどの青色の破片が、4つのっていた。
「これは?」
デューンが聞く、
「調べてもらったところ、人の爪ではないかと」
「爪?」
「行方不明になった者は、いずれも青い爪などしていなかった」
「・・・青いマニキュアでは?」
とローディン。
「この青は爪自体の色。塗った物ではない」
「青い色の爪を持つ者など聞いたことがない」
デューンが言う。
「我々は、その聞いたことがない青い爪を持つ者を探しているのだ」
ナターシャは、ローディンの方を見た。
「デューン男爵のメイド、名は何と言う?」
最初に話した騎士が名を問う。
「ナターシャです」
「お前の爪は青いな。その爪は元からか?」
「いいえ、これはミランの樹液を塗った物で、この爪の青は元からのものではありません」
「ミランの樹液?聞いたことがないな。それは今どこに?」
「わたしの部屋に」
ナターシャが部屋に向かおうとすると、騎士がそれを制した。
「お前はここにいろ。我々が探す」
3人の騎士がナターシャの部屋に向かう。
「ナターシャが犯人と?」
ローディンが聞く。
「そのミランの樹液とやらが見つかれば、疑いは晴れる」
「ナターシャは、喪に服してからこの塔を一歩も出ていない。犯行を起こしようがない」
「お前が24時間、ナターシャに張り付いていたのか?」
「いや」
「では、どうしてこの塔を一歩も出ていないと言える?行方不明になった時間も特定できていないのだ。お前たちに気付かれぬよう外へ出て犯行に及んだ可能性は否定できない」
その時、3人の騎士が戻ってきた。
「ミランの樹液は?」
「ありませんでした」
ナターシャが、ローディン達を振り返る。
そして、騎士たちに向き直り、
「そんなはずは・・・・!」
「部屋にないとすれば、あとはどこにあると言うのだ?」
騎士が冷たく言い放つ。
「そのメイド服の下か?」
ナターシャが顔を上げる。
「脱げ。念のために確認する」
騎士が言う。
おっと、ここでサービスカットか?
いやいや、勘違いされちゃ困る。
これこそ恐るべき王宮カーストの最たるもの。
爵位だけでなく、職種によって無数に分けられた優劣の順位。そこに理不尽は存在しない。なぜなら、上位の者の言葉は絶対だから。
でもあえて言わせてもらうぜ。
使命のためなら何でもありの勘違い野郎、騎士とは名ばかりの傍若無人を働くこのクソエロ親父め!
・・・・あー、すっきりした。
しかし、現実はそうすっきりとはいかない。
ナターシャは、デューンを振り返った。
「言うとおりにしろ」
デューンは、無表情のまま言い放った。
ナターシャは、デューンのその一言で、全てを諦めた。
5人の見ず知らずの男達の前で、メイド服を脱いでいくナターシャ。
やがて、最後の衣服を脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿でナターシャは玄関ホールにその裸体をさらした。
「脱いだ服を調べろ」
騎士は、ナターシャの裸体を眺め廻しながら、他の騎士に脱いだメイド服を調べさせる。
「ありません」
「捕えろ」
「待て!」
ローディンが叫んだ。
「怖れながら、先ほど、あなたはミランの樹液など聞いたことがないと言いましたね」
「言った」
「騎士団が知らないほど、ミランの樹液は珍しい物。持っているとすれば、このナターシャ以外いない」
「持っていなかったではないか」
「では、ミランの樹液はナターシャ以外持っていないと認めますね」
「持っているなら見せてみろ。そうすれば、それを認めよう」
「では先ほど、ナターシャの部屋を見に行った3人にここで裸になってもらいましょう」
「なんだと?」
「ミランの樹液は間違いなくある。部屋にないとすれば、その3人の誰かが隠し持っているとしか言えない」
「何を証拠にそんなことを言うのだ。貴様、執事の分際で王宮騎士団を犯人扱いする気か」
「証拠をお見せしよう」
ローディンは、右手の人差し指を騎士団に見せた。
そこには、ナターシャに塗ってもらったミランの樹液が、爪の上で青い光沢を放っていた。
「もし、ミランの樹液がないのなら、どうしてわたしの爪が青くなっているのだ。調べてみるがいい。わたしの爪に塗ってある物と、ナターシャの爪に塗ってある物は同じものだ。先ほどあなたは認めたな。ミランの樹液があるとすれば、ナターシャ以外持っていないと。そのナターシャが持っていないのなら、わたしの爪に塗られたそのミランの樹液はどこにあるのだ!」
ローディンが詰め寄る。
騎士は言葉を失った。
「騎士たちがここで裸になれないのなら、お引き取り願おう。この塔に青い爪を持つ者などいない。他の塔を当たるんだな」
ローディンはそう言うと、騎士団を無視して衣服を拾い、裸のナターシャに渡した。
ローディンの機転で事件は解決!‥‥とはいかない。




