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第10話 ミランの樹液

ローディン、お前にそんな趣味が?

 ローディンがアルギユヌスの部屋に戻った時、アルギユヌスは再び眠りについていた。椅子に座っているナターシャは、その横顔を見ながら、爪に何かを塗っていた。

 青い小瓶から小さな刷毛はけで、何かの液をすくい取るとそれを爪に塗る。

「ナターシャ、ご苦労だった。わたしが変わろう」

 ローディンは、椅子のほうに歩いて行きながら声をかける。

 ナターシャはローディンの方を向き、立ち上がるとお辞儀した。

「ところで、今、何かを爪に塗っていたようだが、あれは何を?」

 ローディンが聞く。

「ミランの樹液を塗っていたんです。北に住む者達は、寒さにさらされ爪が固くなるので、すぐに割れやすいんです。そのため、爪を割れないように保護するのが、ミランの樹液」

「その樹液は青いのか?」

 ローディンは、ナターシャの爪を見ながら言った。

「北では毎日塗りますが、シデオールでは2、3日に一度で足ります。北に比べると温暖なので」

「それは、わたしにも塗れるものなのか?」

「ええ、単なる保護液ですから」

「ためしに塗ってみてもいいか?」

「どうぞ。手を差し出して下さい」

 ローディンは、右手を差し出した。

 小瓶からすくい取った青い樹液を、ローディンの右手人差し指に塗る。

 ローディンは、塗られた爪を光にさらした。

「随分光沢があるな」

「時には、爪が青く輝いているように見える時もあります」

「地域によって色々な習慣があるものだな。時間を取らせた。ではいつもの役に戻ってくれ」

 ナターシャは、お辞儀をすると青い小瓶を持って、その部屋を出ていった。


 アルギユヌスがいないので、デューンとナターシャ2人だけの夕食だ。

「・・・・・2人だけだと、つまらんな」

 ナターシャから受け取った皿から、食べ物を口に運びながらデューンがつぶやく。

「わたしに、会話の力がなくて申し訳ありません」

「時に、アルギユヌスの病状はどうなんだ」

「寝不足による疲れが原因です。十分な睡眠さえ取れば、また復帰できると医者は申しておりました」

「・・・・・ナターシャは背が高い。俺とは不釣り合いだ」

「は?」

「ナターシャの横に立つ男は、背の高い奴でないとだめだ。そう、ちょうどアルギユヌスがいい。あの男と並ぶとナターシャが引き立つ」

 ナターシャの顔に柔らかい笑みが浮かぶ。

「ありがとうございます」

「その笑顔だ。アルギユヌスの話になると、ナターシャは最高の表情を見せる。早くアルギユヌスに復帰してもらわないとな」

「そうですね」

 デューンはなま欠伸あくびをした。

「・・・・・ああ、何もしないことほど辛いことはない。体を動かさない方がかえって体が疲れる。眠気を追い払うのが大変だ。あと3日で喪が明ける。なまった体を元に戻すのも大変そうだ」

「もう少しの辛抱です」

「そうだな」

 そこへ、ローディンが入ってくる。

「デューン様。王宮騎士団から呼び出しがありました」

「こんな夜更けて呼び出しとは非常識だな」

 デューンが、寝ぼけ眼で不快そうに言う。

「明日にはならないのか?」

「緊急とのこと」

「今日は疲れて営舎まで行けん。ローディンお前にまかす」

「しかし・・・・」

「何かあれば、後日俺が自ら出向く!今日は無理だと伝えろ!」

 デューンは、疲れと眠気で気分がハイになっていた。

 ローディンは、何を言っても無駄だと判断して、お辞儀をすると、部屋を出て行った。

「今日はいつになく眠い。すぐに風呂に入って寝る」

「分かりました」

 そのとき、ナターシャの瞳に、さっきまでの柔らかい表情に混じって冷たい光が宿ったことにデューンは気付いていなかった。


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