第3話 嫌がらせ撃退、執事大忙し
いい女ほど、キッツいのです。
前にも言ったように、メイドの仕事は報われない仕事ながら、マクガイアス家のメイドというステータスは、女性たちのあこがれでもあった。
候補者には事欠かない。
ローディンは、侍従長のところにあるメイド希望者のリストの中から、デールメティリアの女性で、リストの一番最初に上っていた者を選んだ。
名前はナターシャ。
白に近い明るい金髪と、紫がかった青い瞳が特徴的なデールメティリアの典型的な十七歳。
妙なるエルデラ山脈のふもとから広がるツンドラ地帯は極寒の地。農作物の育たないデールメティリアでは、狩猟が盛んだった。厳しい自然環境の中生き抜く動物たちは、その皮下に高栄養の肉を蓄えていた。デールメティリアは、ウールクラールの動物性たんぱく質の貯蔵庫とも言えた。そのような厳しい自然の中で生き抜いてきた女性たちは、たくましい体格をしているだけでなく、鋼のような強い意志を持っていた。
それが、厳しい自然環境を生き抜く唯一の手段だったのだ。
そうとも知らないデューンは、起きぬけのトイレで、排尿の様子を見ていたナターシャに洗礼を与える。
「触れよ」
ハーディガンがいないことに気が大きくなったのか、性懲りもなく、しまうべきものをしまわずナターシャに迫る。
ナターシャは、上目づかいにデューンを見上げながら、
「デールメティリアの女性は、興奮すると、カルコの実も握りつぶしてしまいます。触った物を興奮してカルコの実のようにしてしまうかもしれませんが、それでもよろしければ」
カルコの実というのは固い殻に覆われた木の実で、クルミのような物。これを握りつぶすとすれば、たいていの物は片手でぺしゃんこにできる。
デューンは、真偽のほどをじっとナターシャの目を見て判断していたが、やがて何も言わずモノをしまってトイレを後にした。
そんな呑気なデューンの日常と比べ、ローディンは足しげく動き回っていた。
毎日のように厨房に降り、調理の様子を眺める。
「今日の食事は?」
「メインは、肉料理になります」
「デールメティリア産か?」
「残念ながら、今日はサームゲンシア産の鳥になります」
「ビラキンスの腕なら、デールメティリア産でもサームゲンシア産でも間違いないだろう」
「ありがとうございます。味付けに関してはユーグがおりますから」
料理長のビラキンスは、ユーグの方を見た。
ユーグは、調味料を混ぜ合わせ、今日の味を舌で確認していた。
「ユーグ、今日の食事も楽しみにしているぞ」
ローディンが声をかけると、
「ローディン様、執事は一日中気が抜けない仕事です。せめて食事のときくらいは、その味を楽しみ、心が解放できるように務めさせてもらいます」
ユーグはそう言って、頭を下げた。
ローディンはうなづくと厨房を出た。
次は、配膳係だ。
「今日も廊下は塵一つない。色々考えて疲れてきても、廊下に出ると、その清らかさで疲れが癒されるよ。皆が休みなく仕事をしてくれているおかげだ。少しは休めているのか?」
そう、配膳係は、食事の配膳以外の時は、西の塔内の清掃をしているのだ。
「ローディン様、そのようなことを言われると、ますます仕事をしたくなってしまいます」
配膳係はオバさんばかりだが、経験豊富だからこそその仕事に手抜きはない。
「この塔が美しくあることが、わたしたちのとっての喜びであり、誇りなのです。どうか、お気づかいのなきように」
他の配膳係も笑顔で言う。
「おや?スミラスの姿が見えなようだが」
「スミラスは、孫の面倒を見ているのです。スミラスの娘さんが怪我をしてしまい、孫の面倒をみられないというので、本日と明日は休みです。そのかわり、あとの当番だったデールがそこに入ります」
「そうか、それでデールがいるわけだな」
後ろに控えていたデールが、答えるようにローディンにお辞儀する。
「仕事も大事だが、まずは家族だ。もし家族のことで不都合が起きた時は、いつでもわたしに相談しろ」
配膳係の全員が、ローディンに頭を下げた。
ローディンが来て、デューンが街中に設計士を探しに行く名目はなくなった。
「設計士が酒場にいるという話は聞いたことがない。デューン男爵は、探す場所を誤ったようですね。もうこれからは、酒場に足を運ぶ必要はありません。設計士を探す仕事はこのローディンにお任せを」
デューンの街中での傍若無人は、これで封印された。
「それなら、ハーディガンが探しだしたという設計士を連れて来てみろ。お前が、俺の執事ならそれくらい朝飯前だろう」
デューンが憎まれ口を叩く。
「ハーディガンはこう言ったはずです。今の塔を測量させ、新たな図面を作成する。そのために設計士を探すと。必要なのは、あの塔の図面を作成できる設計士を捜し出すこと。ハーディガンが探しだした設計士である必要はない。お言葉には添えかねます」
ところが、これが簡単そうでなかなか難しいと言うことにローディンは気づいた。
何もない所から新しい建物を考えて行くのが設計士の仕事。すでにある建物の図面を測量しながら作成することなど、設計士の仕事の範疇にはなかった。
数々の宮殿を設計したシデオール一の設計士に話を持ちこむと、
「測量は建築士の仕事だろう」
と断られ、建築士に相談すると、
「我々は図面に書かれたとおりの物を作るのが仕事だ。図面書きなどできるはずないだろう」
とくる。
ローディンは途方に暮れた。
「ローディン。侍従長から呼び出された。お前も来い」
デューンにそう言われ、ローディンは再び侍従長の執務室に足を踏み入れた。
「デューン男爵。西の塔改築の資料提出はまだか?」
「今は、西の塔の図面を作成する設計士を探しているところです。先日までは、わたしが自ら設計士を探していましたが、執事のローディンに止められました。今は、ローディンが設計士を当たっているところです」
ドビュアーに問われ、ローディンを見ながら答えるデューン。
「どうかな、ローディン。設計士は見つけられそうか?」
「すでにある建築物の図面を作成するというのは、設計士には難しいようです。なかなか快諾してくれる者はおりませんが、必ず見つけ出し、西の塔の図面作製の上改築の資料を提出させてもらいます。今しばらくお時間を」
「改築は、重要な案件だ。不手際があってはならない。充分な時間をかけ、確実なものを作るのだ」
「分かりました」
「もし、設計士に心当たりがないようなら、わたしのほうでも探してみるが・・・」
ドビュアーから、思わぬ提案が出た。
「ありがたいお言葉ですが、主に与えられた命令を、主自ら遂行できるようにすることこそが執事の仕事と心得ます。それを、侍従長の助力に頼るわけには参りません」
「厳しい男よの。では、そのことに力を尽くせ」
デューンとローディンはお辞儀をすると、侍従長の執務室を出た。




