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第9話 祝福と別れ

執事が去り、メイドも去ってさびしくなる西の塔。

だが、最後の最後にサプライズが待っていた!

 西の塔からハーディガンの姿は消えた。

 そして、今日、ミロディも西の塔から離れる。

 ミロディは一人、西の塔入口で迎えの馬車を待っていた。

 ミロディを見送る者は誰もいない。

 ミロディは、何かを期待している自分を抑えようとしながらも、西の塔の入口をチラチラ見る。

 すると、そのとき、入口から誰かが出てきた。

 ミロディの表情が変わる。

 だが、出てきたのは期待していた人ではなく、厨房で働く調理人のユーグという若者だった。

「ミロディ、君がいなくなるとさみしくなるな。君がいなくなると、あとはむさくるしい男やおばちゃんばかりだ」

 ミロディはほほ笑んだ。

「ユーグ、あなたのおかげでいつもおいしい食事を頂けました。どこへ行っても、この塔で食べたほどのおいしい食べ物には有りけないと思います」

 ユーグは照れ臭そうに頭をかいた。

「いやー、いつもそうなのかな、とは思っていたけど、こうやって面を切って言われると、やはりうれしいな。・・・・・おっと、こんなタメ口聞いちゃったけど、ミロディはレディプラウド褒章をもらったんだよな。失礼いたしました。レディミロディ伯」

 ミロディは笑った。

「ユーグの前では、わたしはいつもミロディよ。そんな仰仰しい呼び方はよして」

 ユーグも笑う。

「伯爵になるといろいろ面倒くさいことも多そうだけど、ミロディならやっていけるさ。いつまでも元気で、そして幸せになることを願っているよ」

「ありがとう、ユーグ」

「じゃ、僕は昼食の支度をしなくちゃならないからこれで」

 そう言うと、ユーグは、西の塔に戻った。

 また、ミロディ一人になる。

 その時、塔の前に一台の馬車が止まった。

 箱形の客台の扉が開き、中から出てきたのはカッツェンバックだった。

「エインカッツェンバック公」

 ミロディは、思わぬ人物の登場に目を丸くして、慌てて頭を下げた。

「おいおい、俺にそんな仰仰しい呼び方をするな。ミロディの前では俺はいつもカッツェンバックでいい」

 ついさっき同じような事をユーグに言ったことを思い出し、ミロディは吹き出した。

「ん?何かおかしいか?」

 ミロデイが笑顔になったのを見て、カッツェンバックも笑顔を見せた。

「いえ、カッツェンバック公と似たようなことを、わたしも先ほど西の塔の調理人に言ったばかりだったものですから」

「そうか。ミロディと俺は似ているのかもしれないな」

「恐れ入ります」

「それはそうと、デューンはどうした?」

「・・・・・たぶん、色々とお忙しいのかと・・・・」

「まったく、あいつは・・・・」

 カッツェンバックは、西の塔に入っていく。

 入口を入ってすぐにある巨大な吹き抜けの上に向かって叫ぶ。

「デューン!レディミロディ伯をお見送りしろ!それが男爵としての、元の主としての務めだぞ!いつまでも、そうやってふてくされて、皆の笑いものになりたいのか!」

 そう、ミロデイは伯爵となり、主であるデューンより爵位が上になったのだ。当然上の爵位の者が下の爵位のところに挨拶に行くということはあり得ない。ミロディは、デューンに会いたかったが、爵位の順位がそれを許さなかった。

 しばらく反応を待ったが、降りてくる気配がないので、カッツェンバックは外に出てきた。

「デューンはいつまでたっても子供だな」

 カッツェンバックが呆れたように言う。

「いえ、心が純粋なだけです。それは、王になる者に必ず必要な美徳です。デューン様はその表し方がまだ分からないだけなのです」

 カッツェンバックは笑顔になった。

「あのデューンのこと。あいつの無理難題や嫌がらせは相当なものだったはずだ。それなのに、それを強いた女性からここまで慕われるとは、デューンがうらやましい」

 カッツェンバックは、ミロディの吸い込まれるような瞳を見た。

 ミロディはそのカッツェンバックの視線から離れられなくなった。

「ミロディ・・・」

 カッツェンバックが何か言いかけた時、西の塔の入口から誰かが現れた。

 デューンだった。

「ようやく出てきたな」

 カッツェンバックが言う。

「マイグラーフ、レディミロディ伯」

 デューンは、ふてくされたようにミロディに挨拶をした。

 ミロディは何かを言おうとしたが、思いが溢れすぎて、言葉を失ってしまった。

「ちょうどいい。デューン、お前が立会人になれ」

 カッツェンバックが言う。

「立会人?」

 カッツェンバックは、ミロディに向かうと片膝をついた。

「レディミロディ伯。わたしは、あなたの誠実で献身的な姿の美しさにとらわれてしまいました。わたしの心はあなたへの想いで溢れ、これ以上この想いをとどめておくことができません。わたしは、あなたの崇拝者として、その下僕として、常にあなたに寄り添い、あなたを助け、共に喜びを分かち合いたい。どうか、わたしの求婚を受けて下さい」

 ミロディは、突然の求婚に表情が固まった。

「ミロディ、もう俺のメイドではないが、最後に一つ助言しよう」

 デューンは言った。

「そのカッツェンバックという男は、単なる筋肉バカではない。その男の素晴らしさはここで説明しきれない。もし、その素晴らしさを知りたいと言うなら、その求婚を受けるしかないな。言っておくが、ここで、この機会を逃したら、一生後悔することを保証するよ」

「デューン、お前はいつも一言多いんだよ」

 カッツェンバックがそう言って、ミロディに視線を移すと、ミロディは満面の笑顔をたたえながら、そのほおを涙で濡らしていた。

「その表情は、俺の求婚を受けてくれたということでいいのかな?」

 ミロデイはゆっくりとうなづいた。

「求婚をお受けします。これからのあなたの人生を支え、共に喜びを分かち合えるよう努力します」

 カッツェンバックは、立ち上がり、その唇に口づけした。

「これからのあなたの人生に誠実に寄り添うことを誓う」

 そう言うと、再び口づけをした。今度は前よりも長く。

「さあ、もう時間じゃないのか。ミラディスまでの道は長いぞ」

 デューンがもういいだろという表情で言う。

 そう、ミロディは伯爵として、故郷ミラディスの土地を拝領したのだ。

 2人の新天地は、良質な穀物が育つ豊かな大地にあった。

 カッツェンバックが手を添えて、ミロディは馬車に乗り込んだ。

 その窓から、ミロディが顔を出す。

「デューン様に、竜の守りの恩寵がありますように」

 ミロディがそう言うのと同時に馬車は走り出した。

 馬車が視界から消えるまで、デューンはその場に立ちつくしていた。

 そして、振り返ると、西の塔を見上げた。

「・・・・・もう少し俺も大人にならないとな。そうだろ、ハーディガン」

 ひとり言のように言うと、デューンは西の塔へと入っていった。


 これが、デューンが17歳の時に起こった出来事である。

 そして、このとき一つめの卵が割れた。


これから25歳になるまで、じゅくじゅく坊ちゃんを何人ものメイドたちが通り過ぎていきます。

それもただのメイドは一人もいない。

1人目でサヨナラはさみしいな。

ぜひ、2人目以降もお楽しみに!



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