~言葉のあやに騙されるな~
この章だけは何としても、突破してください。
だいたい、ふざけた題名なのだ。
なにが「じゅくじゅく坊ちゃん」だ?
それは、作者に言われても困る。
命名者は、ウールクラール王国マクガイアス王朝第657代デューン・エイン・マクガイアスの執事「変人」ハーディガン。
まあ、変人と名がつくくらいだから、相当な変人だったんだが、じゃあ誰が「じゅくじゅく坊ちゃん」かと言えば、先に出たウールクラール王国マクガイアス王朝第657代デューン・エイン・・・・長すぎ、以下省略。
以後は一言「デューン」で行こう。
この「デューン」坊ちゃんだが、まあ、女にだらしなく、甘えん坊。何かあると、すぐに「執事に」と言って、面倒くさいことは執事任せ。おまけに自分のわがままで、無理難題を強要する。そんな問題児でも、将来王朝を継ぐ人なんだから、何があっても周りの人は我慢我慢。
で、一方ハーディガン。執事をしているわけだから、主を擁護すべきところなのだろうが、なにしろ変人だから、「そんなじゅくじゅくした生き方をしているなら、わたしは正式名称を認めない」と宣言し、彼だけはデューンのことを「じゅくじゅく坊ちゃん」と呼んだ。
じゅくじゅくした生き方って何か?
ウールクラールでは、万物すべてをしっかりと支える堅い大地のような生き方こそ、男子の誉れとされている。足を踏み入れるとずぶずぶとめり込むような柔らかい大地を、ハーディガンは「じゅくじゅくした土地」と評した。つまり、「お前は男子の誉れの反対にいるぞ」ということを、毎日主に吹き込んでいたと、そういうわけだ。
ところで、この執事という職種。皆さんの抱いているイメージと齟齬があるといけないので、ここでウールクラール王国における職位と、王宮内のルールについて簡単に説明しておこう。
ウールクラール王国の王には、必ず侍従長と執政官がつく。侍従長は、王の身の周り全般を仕切る職、執政官は王国の政務を担当し、王を補佐する。
王宮内の治安及び防衛は王宮騎士団が担う。騎士団長は、ウールクラール軍の将軍と同位。騎士団は、対外的に戦争に赴く軍からは完全に独立している。
で、先にあげたデューンは、今年17歳。
マクガイアス王家では、16歳までは、乳母が身の周りのことを面倒をみる。父母と同じ建物で暮らし、その間、基本的に広大な王宮敷地内から出ない。当然、侍従長、執政官、騎士団長とも、王や王妃とともに暮らしている間の王子に対しては、王と同等の敬意を払う。
17歳からは男爵の爵位をあたえられて、王宮内でも西の建物に移る。
西の建物は王宮の外に面しており、男爵は街にでて、社会勉強し、25歳になると公爵の爵位を冠する。
何?
男爵とか公爵とかいうのは何だって?
仕方がない、それも説明することにしよう。
この王国では爵位は三つ。
公爵、伯爵、男爵の三位だ。
王宮に自由に出入りを許される公爵は、王族か貴族しかなれない。領主として、地方を統括する権限があるが、領主となるか否かは自由。
王宮に出入りする申請権のある伯爵は、許可があればいつでも王宮に入れる。貴族でなくても、国家のために貢献した者に対する恩賞で爵位を得られる。領主として地方を統括する権限があるが、領主となるか否かは自由。
王宮で開かれる公式行事への参加が認められている男爵は、公式行事以外の王宮への出入りは、統括する地方の公爵の許可または伯爵の申請による。それが許されなければ、基本的に王宮内に入ることはできない。しかも、領主としての権限はない。
つまり、王子は、王族とはいえ、爵位としては最下位のため、公式の場では、公爵、伯爵より末席に。街でも出会えば、公爵には「マイフリュースト」、伯爵には「マイグラーフ」と挨拶しなければならない。
王子は、公爵たる王の兄弟、つまり叔父、叔母とは爵位が2つも下位なのだ。
王子は、王宮に住みながら、王直属の侍従にも指図される身分。
本来男爵は、王宮に住むどころかその出入りさえ制限される身分なのだから、当然と言えば当然。
王宮騎士団にも指図される。
王宮騎士団も王直属。侍従と同格だからだ。
王子には、王の騎士団に相当するような主の身を守る者は誰もいない。
ただ、通常の男爵同様、身の周りの面倒をみる執事を置くことは許されている。
この執事は、生活全般の面倒だけでなく、政務や社会について教える教師でもあり、王子の身を守る騎士をも兼ねる。
執事の職務は多岐にわたるため、実際の身の周りのこまごましたことは、メイドが面倒をみる。
王が何人もの侍従を従えて、生活の様々な場面で侍従たちを使い分けることができるのに対して、男爵である王子に付き添うメイドは一人だけ。
朝から晩まで、食事から外出のお供、入浴補助から就寝までに至るありとあらゆること、上の処理から下の世話まで、すべて「仰せのままに」遂行する。
執事が指令塔なら、メイドは現場で働く駒のようなものだ。
ハードな勤務に対して、その職の特異性から、誰にも認められず、誰にも評価されない、そんな職位だ。
彼女たちをこの仕事に引きつけるのは、ただその誇りのみだ。
伝説のマクガイアス王家に仕えること。
それが、彼女たちの誉れなのだ。
ちょっと待った。
今、伝説の、と言った?
マクガイアス王家の伝説って何だ?
そうか、それも説明しておく必要があるな。
マクガイアス王家の栄光と呪いに彩られた物語を。
今から遡ること数千年前。
世界は混とんとし、神の国と魔界は地上で接しており、魔王たちはこぞって地上に自らの帝国を築き上げた。人間たちは魔族に虐げられ、隷属させられていた。
それに反旗を翻した男がいた。
七つの魔界を平らげ、七つの帝国を滅ぼした、メトローマス・エイン・マクガイアス。
このメトローマス、強く、美しいだけでなく、その精力も絶倫で、滅ぼした先々で100人を超す女たちに種を残したと言われ、その子の数は300人を超したという。
だが、肝心の正妻に生まれた子は短命で、長じても変死や暗殺により、結局、メトローマス直径の血筋はつながらなかった。
とは言え、その血を引き継ぐ子は300人以上。時の執政は、王国内を隅々まで調査させ、王家の血筋を引く者の系譜図が作成された。その系譜図を基に、メトローマスの血筋を引き継ぐものが王か王妃になることで、マクガイアス王朝は維持されていた。
血筋を引き継ぐものかどうかを示す系譜図は、王宮の奥に隠されており、暗殺や変死で後継ぎがいなくなった時だけ系譜図が開かれる。その権限は、執政が持つ。
だが、その系譜図も、数千年の長きに渡るもので、信用性はほとんどない。
マクガイアスの本流は、数百年以上前に絶えていると言うのがもっぱらの通説。
これこそがマクガイアス家に代々伝わる呪い。
メトローマスによって滅ぼされた七つの魔界、七つの帝国、そして手篭めにされた100人を超す女たちの恨みが呪いとなってメトローマスの子孫に降りかかった。
その呪いは数千年以上経過した今も続いている。
デューンの父コルムナスは暗殺された。
コルムナスが王の時代、ハーディガンは、騎士団長だった。王のハーディガンに対する信頼は厚く、時に執政カルモス・ゲイレン六世を差し置いて、政務に口を出すこともあった。コルムナスは何かにつけてハーディガンを頼ってばかりいたので、自分の意志を持たない「腑抜け王」と言われた。一方のハーディガンは、それを笠に着てやりたい放題の国賊であると吹聴された。だが、ハーディガンはコルムナス暗殺の危機を何度も救っており、一方では建国以来のキレ者であると評する者もいた。たった一度だけ、コルムナスがハーディガンを随行させず王宮の外に出たことがあった。その日、当時第二王子だったデューンが体調を崩し、王に随行するはずだった妃エスペリエンザが王宮内に残ることになったため、ハーディガンがその警護に着くことになったのだ。そして、コルムナスは、王宮の外で暗殺された。ハーディガンは、国葬の後、霊柩の間に籠り、コルムナスの遺骸とともに10日間過ごした。霊柩の間から出てきたハーディガンは、騎士団長の職を辞し、野に下った。
皆さん、さらりと読み飛ばしたかもしれないが、気付いたかな。
そう、デューンは第二王子と言った。
つまり、彼には兄がいた。
ウールクラール王国マクガイアス王朝第656代ペトリアヌス・エイン・マクガイアス。享年24歳。
彼も呪いの犠牲者だった。
コルムナスが亡くなった時、ペトリアヌスは22歳。ウールクラール王国では、王位は25歳を迎えた男子が継ぐ。王子が男爵である間は王位を継げないのだ。その間、政務は執政が執り行う。
ペトリアヌスが亡くなったのは、毒殺だった。当時の厨房関係者は全員処刑。さらに、ペトリアヌスのメイドにも毒殺の嫌疑がかけられ、斬首刑に処せられた。
ペトリアヌスのメイド、エレーナリントは、前のメイドから交代したばかりの17歳。毒殺に結び付く状況証拠もなく、処刑については多くの反対があったが、ペトリアヌスの母である妃エスペリエンザは、メイドの仕業であると信じて疑わなかった。その命令により処刑は即日遂行された。エスペリエンザは、王に続き、我が子も失い、ありとあらゆるものに疑心暗鬼になっていた。
王妃には政務を執り行う権限はない。
しかし、王妃に子がいる場合は、その子に王位継承権があるので、系譜図を開くことはできない。
そして、デューンはまだ、王位を継ぐ25歳に達してはいなかった。執政による治世が続く。
先にも述べたとおり、マクガイアス王家は変死や暗殺が相次ぎ、5年以上治世を務め上げた王はいない。それでも王国を維持できたのは、執政官の一族が強い指導力を発揮し、次の王が誕生するまで、うまく政務を次の王につなげることができたからである。幸い執政官一族は、血筋が途絶えることなく、初代メトローマスから数千年の長きに渡って、カルモス家が執政官を代々引き継いでいた。
そのような筋金入りの政務の家柄に対して、じゅくじゅく坊ちゃんではいかにも分が悪い。
たとえ25歳になっても、デューンには政務などできず、マクガイアス王家はカルモスの傀儡になってしまうだろうというのがもっぱらの通説。いや、それも25歳まで生きられればの話。その前に暗殺または変死に至る可能性は飛びぬけて高い。
そう思われた、デューンの爵位授与の当日、突然野に下っていたハーディガンが現れた。そして、自らその執事を買って出たのだ。
エスペリエンザは、王の信望厚かったハーディガンの登場を大いに歓迎し、デューンの執事への登用を快諾した。
ふう、これで一通りのことは説明できたかな。
え?
全然、簡単な説明じゃない?
何を言う、わずかここまで・・・・おっと、四千字越えてる。
まあ、諸君らも言葉のマジックに惑わされないようにな。
じゃあ、いよいよ本題に入ろうか。
時に、デューンの爵位授与から8か月が経過しようとしていた。
物語はそこから始まる。
いよいよ、次から本編スタート!