出逢い
「只今...」
誰もいない部屋でポツリと独り言のように呟いた
部屋と言っても廃墟の一角を自分を含める娼婦達が使っているだけだが
何時もは帰ってくる“お帰り”が今日はない
そしてこれからもきっとないのだろう
目にした妹は余りに残酷でえげつなく、
「...よそう」
ライムッていい子だったよね、昔から
小さい頃は2人何時も仲良く遊んで...。
考えて、思い出そうとして、止めた
記憶に蓋をしよう
思い出すと辛いだけだ
「何食べよ」
テヱブルに並んだ果実やパン
どれも客から貰った高級なものなのだが今日だけは何故か食べる気になれなかった
だが不思議な事にお腹は空いている
...人間の体は不便だ
食べる気などなくても自然とお腹はすくのだから
そして食べないと死ぬ、...嗚呼、理不尽極まりない
死ぬのは、嫌だ
まだやり残した事があるから...
娼婦が“やり残した事”だなんて、きっとさっきのヤードは笑うだろう
だが、先程出来たのだ
「ライム...大丈夫、私が敵を打つからね」
復讐だなんて、笑っちゃうよ
この世の中で一番汚らわしいとされている部類の人間が、人様を憎むなんて
...娼婦が誰かを殺すなんてさ
切り裂きジャックに殺されれば終わり
だけど、もし見つけ出して殺せたならば、
“イギリス”が騒ぐ
そうしたらきっと、名前が残るよ、ライム
二人で歴史に残るんだ
「はぁ...」
仕方なく一番近くにあった林檎を手に取る
何時も楢皮も剥くのだが、それも面倒になって来てそのまま齧ッた
流石貴族からの貰い物とでも言うべきか
その気はなくとも腹は満たされるし、味も上級だッた
食べ終わったあとは特にやる事も無いので、1階に降りて、妹娼婦達に声を掛ける
“切り裂きジャックの情報が少しでもあるのなら、教えて頂戴”
無論彼女達は目を見開いた
一番親しくしていた者は私にこう聞いた
“姉様、もしかしてライム様の事のショックで可笑しくなられてしまったのですか”
回答に困る事などなく、私はこう答えた
「そうね、狂っているのかも。」
ソフィア(その妹娼婦は過保護でとても優しい子なのだが)は他の地区の者にも伝える殻、と今街を歩く危険性を考え他の二人を連れて家を出た
他の娼婦達も同じだった
こんな狂った私なんかの為に、命の危険を犯して協力してくれる
皆の代わりに私が仕事を背負うからあの子達を此仕事から解放して欲しいです、なんて神に願っても、叶わない事は分かっているから願わないけれど
残ってくれたのは10人、此の地区の(此処の貧民街の娼婦は地区ごとに家や領土、“姉様”を決めて行動している)凡そ5分の1、か
こんなにも人数が減ると少し寂しさを感じる
「...さて」
今日はもう寝ようか
彼女達にも寝るよう伝えなければ
...どうか明日は、何もありませんように
_________
「おねーちゃーーん!!!」
朝だ、そして五月蝿い
五月蝿い元凶は多分ディネだろう、と思い体を起こすと案の定
「お早う...。」
何時もなら自身も起きている時間帯だッた
他の子達は今は仕事だろう
気を使って起こさないままでいてくれたのだろうか
有難くもあるが、こんな日だからこそ起こして欲しかった
今日からは気分を切り替える為に
「元気ないね、本当に聞いた通り...大丈夫?」
目の前にいるのはディネと言う10とそこらの少女
ボサボサの金髪に熊の縫いぐるみ
鼠色のその服はそろそろ変えた方がいいんじゃないだろうか
自称元気だけが取り柄の人間
彼女は娼婦の見習いとして(見習いは地区の娼婦には入らない)少し前から此処に居る
何故か他の子には懐かず私にのみ懐いている始末だ
「...お姉ちゃんじゃなくてお姉様ね。姉様でもいいから。
此処に居るからにはルールを守って頂戴。それが守れないのならば例え身寄りのない子供とて追い出すわよ。」
私の冷たい返事にディネは頬を膨らませ、”ねーさまのいじわる!”と叫ぶ
「今はそれで許してあげる。卦度此処で育つのだからそれくらいの知識や常識は身につけておきなさい。此処にいる子達は皆貴方程の年齢になった頃にはもっと優秀だったわよ。」
説教が始まると、彼女はとても嫌そうな顔をしてドタバタと下の階に降りていった
...ディネは、捨て子だ
此貧民街に捨てられた子供
私達は皆、捨て子だ
まだ幼いが容量は良く、皆が期待する子供がディネ、あの子だ
するとすぐに下の階殻何か口論のようなものが聞こえてきたので、下に降りるとディネと当番(掃除や選択を日替わりで交代する)が言い争っていた
「朝から煩いわね...」
“貴方見習い卒業したんだから静かにしないよ”と、言い終わらない内に怒声が降ってきた
「聞いて下さいよお姉様!」
その形相に何事かと思い
「何?」
と聞いてやる
「ディネが私のプリン食べたんですッ!」
「...あ、そう。」
「あっそうって酷くないですか?!お姉様ッ!」
朝から本当に煩いな
一回で言うぞ、と大きく息を吸って
「お前等そんな事でやってけると思ってるの?!ディネもルルも何方もッ!あ?!プリン?!だからどうした?!プリンがどうしたええ?!ンなモン頼めば幾らでも買ってあげるからだからお願い静かにして?!」
「すッ...すみません...」
「ごめん...」
「「ちょっと被らないでくれる?!」」
「おい...?」
「「...はい...」」
「「あ?」」
_________
今日殻気分を入れ替えるって決めたんだ
客もちゃんと取るし行動範囲も進めて行こう
まだ少し残る眠気を振り払って家を出る
もうあの二人は放っておこうそれが一番だ
「...♪*゜」
珍しく鼻歌なんかを歌ってみる
嗚呼、なんて似合わないのだろう
特別音楽等聞くという訳でもない、好きという訳でもないのだが...
街を歩いた時に偶然聞こえたものを頭に入れて歌う、とそれだけだ
この歌は確か今城下で流行っているものだったと思う
確か曲名は_________
「綺麗な声してんだね、アンタ」
ふと、後ろから声が聞こえて振り返ろうとしたが、余りに“それ”の気配が異質だったので、恐ろしくなって振り向けなかった
「そうかしら。有難うとでも言っておくわ」
くだらない意地だった
此処で逃げたら娼婦じゃないぞ、と心に言い聞かせて、少し冷たい返事を返す
もし一般男性なら媚を売って客にとるだけだ
ヤードなら綺麗に誤魔化して去るだけだ
もし、もしも、振り向いた先に切り裂きジャックが居たのなら、私がこの手で殺すだけだ
家を出る時に持ってきたナイフを、ぎゅっと服の上から握って振り向く
「?!」
驚きの余り何を言えずその場に立ち竦む
感情が言葉にならなかった
表す言葉が見つからない
それは此場面を思い出し、こうして綴っている今でも、表す言葉等が見当たらないのだ
今では有難く思っているこの出逢も、きっと当時の私には災難だった事だろう
「ぁ、ぁ、ぁ...」
足が震えて動けなかった
喉が麻痺しているようだった
自分の目を疑った
聞こえている声は、見ているものは、全て幻覚なのではないだろうかとさえ思った
もしかすると自分は“死期が近いのではないだろうか”と。
顔は、大体しか見えなかったが、瓦斯仮面劇のような物をしていてよく分からなった
所々敗れた黒いフードに、背負っているのは大きな鎌
彼は絵に書いたような“死神だった”