3 俺たちは、みんな平等
朝が来た。
少し重たい瞼をシバシバとあけると、この世界で初めて見る朝日が飛び込んでくる。
この世界でも、朝は来るらしい。
今が寒い季節でなくて、本当によかった。俺たち残り者3人はあのあと半ば仕方なく行動を共にすることを話し合い、マッシュのいるギルドを出た。
最後の俺たちは残り物しかなく、地図はボロボロ。お金の入った麻袋もなんだか軽い・・・ような気がする。
すべて残り物のようだ。
まだ深淵の闇が這う夜の街、所々に灯りが見えるものの、頼りになるのは大きな月が照らし出す光のみ。
なるべく、人がいなそうで、誰かに襲われないように人がいるところ。
そんな場所をみつけようと3人で夜道を歩き回った。
「あ、おはよう。少しは気分、よくなったかな?」
昨日、俺を介抱してくれた『ティル』が既に起きていたようで橋の上から顔を出した。
ここは、橋の下。
俺たちは人から離れず、騒がなければ見つからない場所。として橋の下のわずかな隙間で寝ることにした。
「お、おはよう。ティル。早いんだね。」
昨日介抱してくれたこともあり、年上っぽいし自然とティルには頭が上がらない。
「まぁね、上手く寝付けなくて。見張りも兼ねてね。それでも、さっき起きたばかりだよ」
こんな時に見張りするとか・・・、さっき起きたとかさりげないフォロー。この人は考えも見た目も俺より年上だ。
色白な肌。茶色の髪に青い瞳。細身で身長は俺よりも高くて、優しいお兄さんって感じの人だ。
何も考えていない俺なんかより、よほど頼りになる。
俺はまだ寝ている仲間、ナギを起こさないようにゆっくりと動き、ティルのいる橋の上に登った。
「ごめん。何も考えてなくて」
「いいんだよ。体調も悪いんだから。お互い様さ。それより、見てごらんよ。この街けっこう大きいみたいだよ」
ティルは楽しそうだった。
眼前に広がる未知の世界。
古びた町並みを家畜と農夫が歩き、赤茶けたレンガの煙突からはパンを焼くいい香りが漂う。
朝日に照らされた河を荷物を積んだ小さな舟が下っていく。この先に何かあるのだろうか。
人々が行き交う街の隅に、僕らはいた。
この街の人は僕たちのことを珍しがらずに、驚くこともなければ前から居た住人のように接してくれる。
おはよう。と言ってくれる人もなかにはいた。
そう、まるでこの世界に前から僕らは存在していたかのような・・・。
「お腹がすいたですよ」
「うわぁ!!」
不意に、足元から声がしたことに驚いた。
寝癖が付いた少し長めの髪。銀色・・・薄い紫色に見える髪。暗めの紅い瞳。淡くピンク色の肌。
小柄で、妹には最適!って女の子だった。
彼女も狭い橋の下からゆっくりと登ってくると、僕たちの真ん中にチョコンと座って朝日を眺めた。
「おはようナギ。少しは眠れた?」
「はい。おはようです。ティルさん、ハルさん。馬車や足音がうるさくておきてしまったですよ」
「ははは、そうだね、うるさいだろうね。今夜は野宿しないで済むようにどこか休めるところを探してみようね」
「はい。・・・お腹。減ったですよ」
ぐぅぅぅ~。と鳴るお腹を両手で押さえながら少し恥ずかしそうに笑っているナギをみて、俺たち二人は笑ってしまった。
ここは、右も左もわからない世界。その世界で、俺たちの最初の朝はナギの腹の虫で始まった。
「パンは、銀貨1枚か・・・。」
右手に持つパンをかじりながら俺は手持ちのお金を確認した。
銀貨4枚。金貨3枚。少し大きめの金貨?が1枚。貨幣の価値は、記憶に刷り込まれてはいないらしい。
市場のような所を歩くと、見たこともないようなものが売られている。
記憶がないのだからある意味何見ても新鮮なんだが、不思議と果物や魚、パンなど日常で使うようなもの、見てきたようなものを見ても新鮮味はなぜかない。その辺の設定はあやふやなようだ。
ただ・・・いくつか見慣れない物を売っている店はあったのだが。
「今日は、少し街を歩いてみようか。住む場所も決めたいし、何がこの町にあるのかも気になるから」
「そうだね。また橋の下は嫌だし。どこか住める場所・・・。それに、昨日あのマッシュてやつが言っていたことが本当なら仕事を見つけないとね。このお金が無くなったら無一文だし。」
「ナギも、貧乏は嫌なのですよ」
切羽詰まった言葉とは逆に、両手に持ったパンを美味しそうに頬張っているナギ。食欲に負けてしまう彼女が一番心配なのだが・・・。
ティルは今にも破けてなくなりそうな地図を広げると、辺りをキョロキョロと見回していた。
「どうしたの?なにかこのあたりにあるの?」
何を探そうとしているのか、ナギもティルの動きが気になっているようだ。
「いや、このあたりになにかがあるみたいなんだよ。地図にかすれているけど、この世界に来たらなんとか。って書いてある。」
そう言って地図を俺たちに見せてくれた。
確かに、消えかかった文字でなにか書いてある。
「きっと、この世界にきたらまず行くところって書いてあるんじゃないかな!」
「ナギは、怪しいと思うですよ」
「初心者用に、何かアドバイスくれたりするんだよ!きっと!なにか目印があるのかもしれないから、もう少し探してみようよ!」
「そう・・・なのですか?あまりあのマッシュは信用できないのですよ」
ナギはあまりいい顔をしていなかった。昨晩のマッシュとのやり取りが部分的に脳裏にフラッシュバックする。
確かに、信用はできない。
「ナギの言うことはもっともだけど、他に行く場所もないし、この書き込みも先人のものであればこの世界で生きていくなにか手がかりになるかもしれない。行くだけ行ってみようよ。人通りも多いし、危なくはないと思うんだ。今はまだお昼だしね。流石にこの明るい時間からいきなり殺されたりはしないと思うし」
ティルも、俺の意見に賛同してくれているようだった。
「私は・・・もう少し違うところも見てみるですよ。夕方、噴水の鐘が鳴る頃にここでまた待ち合わせなのですよ。」
「噴水の・・・鐘?」
「そこに、書いてあるですよ」
ナギの指差す方向には人が多くて見えなかったが、少し大きな立札のような、看板のようなものがあった。たしかに、広場の噴水について書いてある。
俺たちは宝探しのような感覚で夢中になって周りに目がいっていなかったようだ。
「よく見つけられたね。気がつきませんでしたよ」
「ほんとにナギは行かないの?」
ナギは、最後まで首を縦に振らなかった。
俺たちは顔を見合わせると、ティルはナギの説得を諦めたようだった。
「わかったよ。でも、気をつけて。まだここは知らないことが多いから。必ず、夕方には帰ってきてね?僕たちも待ってるから」
「ハイっなのですよ!お二人も、ちゃんと戻ってきて欲しいのですよ!」
「僕たちはちゃんともどるから。合流したら、いろいろ話そうね!」
「任せるのですよ!きっと、二人の為になることを探してみせるのですよ!」
そう言うと、ナギは俺たちに手を振って笑顔で人ごみに消えていった。
あんがい、たくましいやつなのかもしれない。
それにしても・・・。
「行かせてよかったの?てっきり説得するのだと思ったのに」
「僕たちはみんな平等だからね。僕とハルの意見をナギがイヤイヤ聞くこともないだろうって。ナギはナギで、気になることが何かあったんだと思うんだ。」
彼女が人ごみに消えていく姿を見ながら、ティルに聞いてみると、僕の想像していた答えや、やり方とは全く違った答えが帰ってきた。
これが、大人な意見のようだ。
半歩後ろから俺はティルを見ながら、心からすごいなと感じ見惚れていた。
「さてと・・・。地図だと大雑把にこの辺に、としか書いてないんだよね。何をとりあえず探せばいいのかな。見当もつかないや。」
「あはは、ティルでもわからないようなことなら、俺はもっと答えがわからないだろうな」
「そんなことはないよ!僕たちは見方がそれぞれ違うからね。お互い気がつかないことがあるから補えるんだよ。とにかく、このあたりに僕らみたいな異世界から連れてこられた人がいないか・・・。なにか手がかりになるようなものはないか調べてみよう」
確かに。二人でも見落としていたものをナギは見つけて、俺たちに教えてくれた。
俺は、ティルの役に立てるようにと思って彼の手からボロボロの地図を取ると歩き出した。
「ど、どこに行くの?なにか心当たりがあるの?」
「ない!!」
心当たり。そんなものは何にもなかった。けど。
「噴水に行ってみよう!この市場の中心だし、手がかりがあるかもしれない。」
未知の世界への探究心。ナギやティルだけじゃなくて俺の心にも、ワクワクは詰まっていた。
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