2 異世界で突きつけられた現実は甘くなかった
「これしか残らないとは・・・。軟弱な生き物だな。お前たちは」
カウンター越しに立つ少し怖い雰囲気を出す男は、俺たち、約14人を見てため息をこぼすと落胆した様子でグラスに入った液体を一気に飲み干した。
既に顔は赤くなっていて、だいぶ飲んでいるように見える。
比較的小さな、30人も入れないような小さな店?のような建物。
店といっても、奥のカウンターの他には、小さなテーブルと椅子が1セット。
壁にはなにか色々と書いてある紙が貼ってあるが、今はそこまで見る気になれない。
そんな店の一番奥に、彼は待ち構えていた。
黒髪の短髪。赤い瞳が刺すように鋭い。
傷も多く、なにか関わってはいけない雰囲気しかない。
俺はあの森で彷徨いながらも林道を見つけることができ、見たこともないような大きな月の下、そのままなんとなくの方向感覚で歩いていたらここにいる連中と合うことができた。
みんな、あの奇形の獣に襲われて逃げてきたような話だった。
いつの間にかこの森にいて、奇形に遭遇し、無我夢中で逃げ回ってきた。
誰かに遭遇した人はいなく、走って逃げ切ったような言い方をしていた。
逃げきれなかったのは、俺だけのようだった。
そして、みんな森に来る前の記憶がない。
「おい・・、ここはどこだ?俺たちは何をしている?」
金髪の若い男がカウンター越しの強面兄さんに声を発した。
その口調から察するに、だいぶ苛立っているようだった。
俺たちはその言動に驚き、何もできない。
この金髪男も、やばい感じがする。あまりこうゆうタイプの人間とは関わりを持ちたくない。
平和に過ごしたいのだ。喧嘩などムリムリ。
「お前、威勢がいいな。その度胸は買ってやるが、そんなんじゃこの世界を生きることはできねーぜ」
「この世界?なんのことだ?ここはどこなんだ!?」
確かに、こんなところ見たことも聞いたこともない。
俺らを襲った奴らだって、見たことないぞ。
「いいか?ここは、お前たちのいた世界とは違う世界だ。拉致られたんだよ。お前たちは。」
「あぁ!?わかる言葉で話せや?」
一触即発。
そんな雰囲気が蔓延している。ここは、空気のように、透明に、気配を消していなくてはとばっちりを食らう。そうとしか考えられない。
金髪の兄さんは今にも殴りかかりそうな雰囲気があるも、得体の知れない男のオーラに手が出せずにイライラだけ増えているようだった。
「いいかぁ?お前たちは、この世界の神にテキトーに選ばれた異世界人だ。神隠しってあるだろ?たまたま目に付いたやつを、この世界の神が無理やり連れてくるんだ。その途中で大事なもん落としちまうみたいだけどな。」
「大事なもん?」
男は右手の人差し指で自分の頭をトントン、と軽く叩いた。
「記憶だ」
「っ!!」
その場にいる全員が言葉を失った。
確かに、何も思い出せない。俺は、誰なんだ?何歳か、何をしてきたか。自分の親のことさえも・・・。
なにも、思い出せない。
「名前・・・」
誰かがつぶやいた。
「そうだ!俺の名前は!?名前が思い出せない!!なんだ?なんでだ!?」
一人の言葉をきっかけに、名前すら思い出せない恐怖が伝染していく。
それは、俺もそうだった。
名前がわからない。
この世界で、普通に喋れるし、なんだか文字も読めるし、それどころではなくて気にもしなかったけど・・・。
「そりゃそーだ。こっちの世界に来るときに文字の読み書き、言葉、最低限のことは無条件で頭の中に記憶
として刷り込まれる。でもな、その代わりに邪魔なもの。元の世界の記憶は全て消されちまうってわけだ」
「てめぇ、あんまふざけてたこと言ってんじゃねーぞ!!」
「おいおい、あんまうるさくするな。頭に響くだろ。これはマジだ。諦めろ。そして、ここに来たお前たちは、この世界の住人として認められたのさ。無意識にあの試練の森を出たあとにここに来るように頭の中にインプットされていたんだ。だから、ゴブリンやオークに襲われて逃げ切れた奴はみんなここで俺がありがたい話をしてやって、解散。あとは各自自由!ってわけだ」
「試練・・・。っ森で見たあの気色の悪いブタ人間か?」
ブタ人間?
そうか、あれはゴブリン、オークというのか。少なくとも俺が見たのはブタ人間ではないから、ゴブリンの方なのかな。
「おう、そうだ。何人か死んだみたいだが、そんなトロ臭い奴はどっちみちこの先生きていけねーだろうな。お前たちは生きる権利を得た、だからここにいる。そこで、俺が最後にこの世界で生きるノウハウってやつを教えてやろう。」
死んだ奴。
その言葉が頭に刺さっていた。
死んだ。もしかしたら、それは俺なんじゃないか。
あの時、森であった男性があのゴブリンどもを引きつけてくれなかったら今頃俺は死んでいたのかもしれない・・・。
そう考えると、体中から力が抜けて急に悪寒がしてきた。
手足の先が痺れているような感覚。
その感覚は次第に冷たさに変わってきた。
「あの・・・大丈夫ですか?」
隣にいた同じ年くらいの男の人が声をかけてきた。
面倒見がよさそうな、見た目にも優しい雰囲気の人だ。
「顔色、すごく悪いですよ。すこし休んだほうがいいのではないですか?」
「いや、大丈夫です。すこし気分が悪くて・・・」
「そうですね、みんな一緒ですよ。こんな話きいたら」
「おいっ!そこの二人、グダグダ喋ってねーで座ってろ。ゲロでも吐かれたらきたねぇからな!もっぺん口に流し込むから覚悟しろ。俺の店を汚すな!」
言われるがままに、俺は情けなくもその場に座り込んだ。
流石に、リバースのリバースは断りたいがこの人相手では断れる自信がない。
しかし、座っていいのはありがたい。歩きっぱなしで正直足も限界が来ていた。
「まず、第一。この世界では働かねー奴は死ぬ。第二。死んだらそこで終わりだ。第三。仕事はテメェで探せ。以上だ」
そう言うと男はカウンターの端にある紙を1枚持ち上げてピラピラと見せてくる。
見たこともない文字なんだろうけど・・・。読める。動いていてはっきりとは読めないけど。部分的になら。
「ここは、傭兵やゴロツキ。流浪の冒険者へ仕事を出すギルドだ。俺はここの管理をしているマッシュ。なんの職業訓練も受けていないお前らはひよっこにもなれないカスどもだ。すぐに死ぬだろう。この中で3人生き残ればいいほうだからな。生活するためには金が要る。金を稼ぐにはしばらくはここで仕事を取るしかない。ここで仕事を取って金を稼ぐか、命落とすかはお前たち次第だ。わかったな」
指差す方向。壁には無数の同じような紙が貼ってある。
この無数の紙は仕事の依頼書のようだ。
「・・・」
だれも、返事はできなかった。
ここで逆らっても無駄だと、きっとみんな理解している。
味方はだれなのか。それすらもわからない。
ギルドってなんだろう。
仕事ってなんだろう。
家は?
一人で暮らすのか?
こんなところで?
どうしたらいい?
いつになったら帰れる?
そんなことばかり考えていた。
「ブラック!」
急に、マッシュが名前?を呼んだ。
その場にいる全員が誰のことだかわからない。俺たちは自分の名前すらわからないのだから。
「おい、ブラックはいねーのか?」
「それは誰の名前だ?俺たちは名前すらわかんねーんだろ?」
あからさまにイライラしているマッシュの態度をみて、金髪の兄さんは小馬鹿に下笑いを浮かべていた。
「そうだ。だから、誰でもいい。今この場でギルドのメンバー登録を行う。名前なんて俺からしたらなんでもいい。あすには死ぬかもしれないやつの名前なんてな。悔しかったら生き延びて自分で名前を付けるんだな」
「ちっ!!癇に障る言い方ばっかしやがって」
馬鹿にされたのは自分の方、それがわかると金髪の男はイラつく態度を隠さずにマッシュのもとへ歩いて行った。
それを見ていた俺の周りはザワめき始めた。
「何されんだ?」
「いきなり殺されるんじゃねーのか?」
「怖い人だよね・・・」
確かに、こんな得体の知れない。こんなところで何をしているかわからない人の言うことをどこまで信用できるのか。
「いい度胸だ。お前は今日からブラックだ。これが町の地図。これは一番多く入った金だ。俺は度胸と根性があるやつが好きだからな。せいぜい生き延びてみせろよ」
ククッと馬鹿にしたような笑い方でお金が入った小さな麻袋と地図を渡した。そのあとはブラック、と名前をつけられた人は俺たちの前に戻ってくると立ち止まり、3人を指さした。
「お前、・・・お前とお前。俺とこい。外にいる。」
ガタイが良く、力が強そうな人を3人選ぶとブラックがマッシュの方に行くように促してすぐに店・・・。ギルドから出て行った。
残された3人は少し考える素振りはあったが、すぐにマッシュの元へ行き、ブラックの後を追い店から出ていった。
「おーおー。あいつはもうパーティー組んだか。生き残りそうだな。あいつら。お前らも早くしろー!俺は今深夜残業中なんだ。さっさと寝かせろ」
「つ、次は俺が・・・」
「私も!」
「だ、だれか俺と一緒に来てくれ!」
次々に、さっきの4人のようにチームを組んでいくメンバー。
俺は、その様子を見て動けないでいた。
残ったのは、3人。
俺と、俺を介抱してくれていたこの男の人と、黒いローブを被った大人しそうな女の子。
俺はマッシュに目を移すと、その顔は卑しく、「こいつはすぐに死ぬ」とでも言いたそうな馬鹿にしたような満面の笑みだった。
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