第一部 二
はてさて、連絡とやらは何日後に来るのかな、と暢気に構えていた琉也は、高原と話してからほんの数時間後、付高のロビーに設置された電子掲示板を見て呆気に取られた。
『量錬機構、佐岐野へ救助隊の派遣を決定』
そんなタイトルが、ニュースのトップに踊っている。
おいおい早すぎだろうと呆れる一方、高原が琉也を呼び出した時点で、すでに色々なことが決まっていたのだろうと納得もしていた。
たしかに、事態は急を要する。
あの無線信号が、テレビ放送並みの大出力でばらまかれてからすでに二日が経過していた。機構の動きは迅速であるといっていいが、それでもメッセージの内容が内容だけに、早すぎるとは言いがたい。
午後間もない時間ということもあり、辺りには講義がない学生が数人、雑談をしている程度で、多くのソファが空いている。琉也は、電子掲示板の目前にあるソファに一人陣取って、ぼうっと文字列ばかりのニュースに見入った。幸い、掲示板に注目している者は誰もいないので、手元のリモコンで佐岐野遠征に関するニュースだけを展開してじっくり読むことができる。
一般向けのニュースサイトから引っ張っているので、さすがにそれほど詳しい情報は出ていないが、それでも「運用本部保安課職員を中心とし、開発本部の研究員や実習生を伴う予定」といった、琉也も知らない情報が散見される。
実習生って何だ? 機構にそんな身分はあったか?
と、訝しく思っていたところで、突然声を掛けられた。
「隣り、お邪魔していいかな?」
ふわふわと妖しげに響くテノールは、悪友といって差し支えない仲の、東条誠である。
「どうぞ。いちいち了解とらなくてもいいけどな」
「いや何か食い入るように画面見てるからさ」
「お前に遠慮という概念があるとは知らなかったよ」
「ひどい言いぐさだなぁ」
ぼやきつつ琉也の右隣に腰掛けた誠が、男にしてはやや長めのストレートの髪をかきあげる、お決まりのキザな仕草をしてから、どれどれとばかりに掲示板を見上げる。
そういえば、この遠征の話は、果たしてどの程度機密度が高いものなのか、聞き忘れていたな、と琉也は気付いた。まあとりあえず適当にごまかすのが正しいやり方だろう。
「そういえば、佐岐野に行くんだって?」
いつもの無駄話と全く同じ語調で、誠はそんなことを口にした。
こいつの不意打ちは珍しいことではないが、さすがに今回は一瞬心臓が止まるかと思った。
とはいえ、こいつの場合、抜け目なく鎌を掛けたりもするので、迂闊に認めるのは早計というものだ。
「俺がこの救助隊に入ってるとでも思ってるのか?」
「入ってるって聞いたけど」
「誰だよ、んな適当なこと言いふらしてるのは」
「否定しないんだな」
ふ、と誠が見透かしたような笑いを浮かべた。実際、見透かされているのだろう。
「……まあ察してくれよ、機密度知らされてないんでね」
「なぁる。お察しするよ」
それきり誠は口をつぐんだので、てっきりこの話題は終わりかと思っていた。
だが、大分しばらく経ってから、誠はぽつりとこんなことを言い出した。
「実習生四人って聞いてさ。まあ瀬月さんと朝比奈さんは確定だろうなとは思ったんだ」
まず、それが救助隊の話であることを理解するのに多少の時間を要し、さらに実習生というのが付高生を指していると気付くのにまた多少かかった。
そうか、なるほど、さすがに高専生というと響きが悪いので、実習生と呼ぶことにしたのか。柔軟というか適当というか。こんなんでいいのかと思うが、この手の広報対策を担当する機構の知財本部は、陰では諜報部とも囁かれるだけあって、情報の扱いには間違いがない。
誠の独白は淡々と続く。
「で、あと二人も四年か五年かなぁと最初は思ったんだけど、どうしても無視できない名前が三年にあるだろ」
「……そうだな」
天池凜佳。
色々な意味で強烈すぎる彼女がここで外れるのは彼女らしくない、というより、彼女の在り方に相応しくない――誠の言いたいのは、そんなところであるに違いない。全く筋道立っていないが、恐ろしく説得力のある言い分といえよう。なにしろ、天池凜佳といえば、付高内のみならず、機構全体でこっそりと「付高のラスボス」とまで呼ばれる人物である。
「で、三年から一人入るとすると、残り一人は誰か、っていうのが問題になるわけだ。すでに三年、四年、五年と一人ずつ入ってるから、その中の誰でもおかしくはない。おかしくはないんだが、……」
そこで、誠が言葉を切って、琉也の方に目を向ける。
横目でちらりと確かめるに、誠の中には何かしら不満のようなものが渦巻いているようである。
「……なに、もしかして、お前、自分が行きたかったのか?」
「いやいや、そんなことは言ってない。知ってるだろ? 救助とか救命とか延命とか救済とか救世とか、その手のお為ごかしは怖気がするほど嫌いなんだって」
あぁそこが癇に障ったのか、と琉也は深々と納得していた。
元は医者を目指していた東条誠という男は、その実、人を助けることを極端に嫌う。助けてもらうの待ちとかどんだけ受け身なんだよ、とはかつて誠が呟いた戦慄の一言である。それではなぜ医者を目指していたのかといえば――いやいや、今はどうでもいい、と琉也は雑念を振り払う。
「だったら何が不満なんだ? ぶっちゃけどうでもいいんだろ、お前にとっては」
「まあ基本的には。とある一人を除いては、だね……」
誠の視線がもの言いたげに琉也の顔を睨めつける。
「気持ち悪いからじろじろ見るな。いいから言いたいことあるなら言えよ、怒らないぞ」
「じゃ、遠慮なく。キングとラスボスの邂逅に立ち会えないなんてつまんなすぎるな、と」
思わずがつんと誠の頭を殴っていた。
「いったいなぁ、怒らないって言ったのに」
「お前わざと人の嫌がる言い方しただろ」
ぎろりと睨んでも、誠には何の効果もないようで、にやにやと小馬鹿にするような笑いは止まらない。
キングというのは、いつの間にか広まった琉也のあだ名である。
響きだけは格好よさそうだが、実際のところは、とある冬の日、琉也が着ていたコートが何となくトランプのキングっぽかった、というだけで付けられた、残念すぎるあだ名なのである。
まあ、誠に言わせれば、琉也の落ち着いた挙措動作が、キングという表現にしっくりくるから、という理由もあるらしいだが、誠は全く信じていない。クイーンとかジャックとかではなかっただけよかったと思うことにして諦めている。
いまや面白くて仕方ないといった表情を隠すこともせずに、誠は滔々と喋る。
「だぁってさあ、面白そうじゃん。女嫌いのお前が、あのラスボス相手にどう立ち回るのかとか考えたらさぁ、それだけで解析数学の授業とか楽しくなってくるね」
「……ちゃんと勉強しろよ。あと、僕は別に女嫌いじゃないからな、いつも言ってるけど」
「じゃ、好きな子いるのか?」
「いやいないけど」
「じゃ女嫌いじゃん」
「何でそうなる」
いつものしょうもない問答へと迷い込み、琉也ははぁと小さくため息をついた。
やれやれとどっと疲れた気分にはなるが、それでもこんなやり取りを心地よいと感じている自分もまたいる。
自分から距離を作っているのか、それとも周りが距離を感じるのか。どういうわけか、まともに親しい友人と呼べる人間が付高に入るまでできなかった琉也にとって、誠は初めて友人と呼べる存在であった。こうした実りないやり取りも、新鮮で面白かったりするのだが、もちろん誠にはそんなことを教えてやらない。
ぼうっと掲示板の上を流れていく文字列を追っている誠が、独り言のように呟いた。
「……しかし、実際のところ、どうなんだ? 危なくないのか?」
「さぁな。僕も詳しい話は知らない。まあしかし、機構長によれば、全滅の可能性もあるらしい」
「おいおい、何だよそれ」
誠が目を見開いて琉也を凝視する。本気で驚いている誠というのは珍しい。
「言っとくけど、超極秘だからな。たぶん僕だから話した内容で、他のメンバーには言ってないと思う」
「そりゃ言えないだろうさ、そんなこと。よく行く気になったな。俺には全く理解できん。そんなに人助けしたいかね」
忌々しげといってもいい口調で誠が呟く。その、本気で苛々しているっぽい様子を見ていて、言わなくてもいいことまでもが琉也の口をついて出た。
「他の人は知らないけど、僕は別にあのメッセージ飛ばした人たちを助けに行くわけじゃないからな。どんな連中かも分からない奴らのために命を賭ける気はさらさらありません」
「じゃ、何だってんだよ?」
問いかける誠の視線は真剣である。
こいつはこいつで、何かしら心配のようなものを少しはしてくれているのだろう。こんな機会でもなければまず覗けない側面をいま、琉也は垣間見ているのだろう。正直に答えたい衝動に襲われるが、さすがにこれ以上は言葉にはしてはいけない気がする。
「悪いけど秘密。まあ一つだけ教えとくと、前から窺ってはいたんだよね」
「窺ってた? 佐岐野をか?」
「違う。佐岐野に侵入する機会を」
誠が息を呑んだ。がつんと驚かせられたらしいとわかって、無意味な満足感が押し寄せる。
ついにやける顔を背けながら、そういえば、と機構長に話を聞いてから不安材料になっていたことを訊ねた。
「それよりさ、ラスボスの情報、何かない?」
「……あからさまな話題転換だな。なんだ、やっぱり彼女に興味あるのか?」
「お前が考えてるようなのでは全くないから安心しろ。そうじゃなくて、こう、言ってはいけない台詞とか、見せてはいけない仕草とか、浮かべてはいけない表情とか、そういうのがないか、気が気がじゃなくてさ」
天池凜佳とは、はっきり言って疎遠な琉也である。こちらは向こうの名前と顔を知っているが、おそらく向こうはこちらを認識していないと思われる。言葉を交わしたことは一度もない。その程度の間柄であるから、彼女の機嫌を損ねるようなことをごく自然にしてしまったらどうしよう、と不安になるのは当然だ。
当然のはずだが、誠はいつの間にやら琉也の言い分を腹を抱えて聞いていた。
「笑うなよ。だって怖いだろ、何されるかわかんないじゃん」
「いや、うん、わかるよ、よくわかるけどね」
応じつつ、なおもくくく、と含み笑いする誠。
笑われるのは腹立たしいが、怖いものは怖いのだから仕方ない。
そうだ。天池凜佳は、何はともあれ、怖い。ラスボスなどと呼ばれるのは、何よりその怖さによるところが大きいだろう。
まず、見た目が怖い。
うなじから首筋辺りにかけて、蝶か何かのタトゥーが複雑に刻まれている。タトゥーはおそらくはそのまま二の腕まで伸びており、手首の辺りにもその片鱗が見え隠れしている。さらに、両耳には様々な色の金属球のピアスが勲章か何かのように輝いている。また、何か儀式的な意味でもあるのか、腰のベルトにはチェーン付きの大型のナイフのようなものを提げており、常にシャラシャラとガラガラヘビの威嚇音を思わせる不穏な音を立てている。それでいて、腰まで伸びた長い漆黒の髪は、楚々とした白い花をあしらったブローチでまとめられており、禍々しいタトゥーやピアス、ナイフとは目眩がするほどの齟齬感を生み出している。
服装の方も、標準的な付高生の格好から大きく逸脱している。付高には制服がないため、皆私服を着ており、それゆえに各人のセンスが問われることになるが、実のところ、あまり拘らずに適度にゆるゆるした服を着ている者が多い。そんな中、常に過剰なほどシャープな衣装を取っ替え引っ替え着こなしている天池凜佳を、ファッションリーダーと称賛する声もあるが、天池ブランドなどと揶揄する人も割と多いようである。
そんな前衛的な外見とは裏腹に、彼女の人と接するときの物腰はひどく丁寧である。相手を問わず、会話するとなれば華やかな笑みを絶やさず、口調は常に敬語で彩られ、声色も仏か菩薩かと思わせるほどに穏やかで、総じてたおやかという表現がよく似合う。彼女と初めて話す人間の多くは、まず彼女の外見に怯え、続いてそのあまりにも丁寧な話しぶりに底知れない迫力を感じるのである。
彼女が並外れているのは、そうした表面的な要素ばかりではない。天池凜佳は優等生ばかりを集めた付高内でも出色といっていいほど、あらゆる科目に秀でている。他者の追随を許さないずば抜けた彼女の成績が、また畏怖の対象になっているといっていい。
こうした絶妙にアンバランスな諸側面を総合して誰もが脳裏に浮かべるのが、彼女の中には何かとてつもないものが潜んでいるに違いない、という怯えを含んだ想像である。いつかその本性を現す日が来るに違いない、と誰もが恐怖している――いわば、地震とか火山の噴火といった天変地異の同類と見なされているわけである。
「……笑ってないで、何かないのかよ。結構本気で心配なんだけど」
脇をつついてやると、誠はようやく笑い止んだ。大笑いではないにしても、そこまで笑うことじゃないと思う。
「いやだって、いつも澄ましてるお前がそんなこと言い出すとは思わなくてさぁ」
「澄ましてるとは失礼な。落ち着きあるといってほしいな」
「はいはい。で、情報だけど、お前も知っての通り、そうそう尻尾出す人じゃないから、俺もあんまり大したことは知らないけど。そうだなぁ、肉は食べないで、野菜ばかり食べてるから、ベジタリアンなのでは、という噂を聞いたことがある。もしかすると、ヒンドゥー教辺りの一宗派に所属してるのかもな。ほら、あのタトゥーとかも宗教的と思えばありな気がしてくるし」
がくん、と思わず前につんのめりそうになる。実にどうでもいい情報であった。
「あのさぁ、タヌキの餌付けしようってんじゃないだから、食べ物の好みとかどうでもいいっての。タトゥーの由来にも興味ないし。そうじゃなくてさぁ、要はこっちの身の危険に繋がるものがないかって話だよ」
「タヌキの餌付けって、ひどいな。ラスボスをタヌキ呼ばわりできるのはお前だけだよ。あ~、でもそういえば、今一つ思い出したぞ。結構マジなやつ」
にやり、と誠が不敵に笑う。琉也は不意に不安を覚える。
「……何だよ」
「あの人、お前のこと嫌いらしい」
がーん、と脳髄を揺さぶられたような衝撃が琉也を襲う。
なぜに話したこともないのに嫌われなければならないのか。いや、そもそも、彼女が露骨に誰かを嫌う、という事実自体が初耳で、衝撃的なのである。
しかし、これはまずいな、と焦燥感がこみ上げる。
佐岐野がどうこう以前に、ラスボスに絞められるかもしれない……。いや待て、そもそも今まで無事平穏に過ごせていた以上、これからだって大丈夫なはずだ。そうだ、彼女の機嫌を損ねたりしなければ――今まで通り、彼女と話をしないようにしていれば、大丈夫に違いない。
誠がほとほと呆れた、といった顔をする。
「いきなり真っ青だな……。意外に線細いのな、お前。っていうか、中学生じゃないんだから、嫌われてるくらいでショック受けることもないだろうに」
「そうじゃなくて、恐れ戦いてるんだよ、あの人に嫌われてるとか針の筵どころの騒ぎなじゃないだろ。っていうか、その情報、本当なんだろうな? 言っとくけど、僕あの人と一言も喋ったことないんだぞ」
そこだけは全力をもって断言できる。入学式当日に見かけ、異様な近寄りがたさを感じて以来、誠心誠意、細心の注意を払って、彼女と接触しないように心がけてきた琉也である。嫌われようはずもない――より正確には、認識されていようはずもない。
「そんなこと自信満々に言うなよ……。俺が聞いたのは、いつだったかな、たしか三ヶ月前に情報実習があっただろ? 遠隔地のサーバー乗っ取れってやつ」
「あったな……」
これ普通に犯罪じゃないのかと、あのときはびくびくしていたが、後からこのサーバー群は機構の所有物なので心配いりません、と説明を受けてほっとしたものだ。まあ、さらに後からよくよく考えてみると、何も証拠がなかったので本当に説明通りだったのか怪しいような気もするのだが、特にニュースにもなっていないので問題はなかったと信じたい。
「あのとき、俺、畏れ多くもラスボスと同じ班だったんだよね。で、まあ何となく流れで俺とラスボスがメイン、他二人がサポートって感じで早々と課題が終わったんだけど、サポートの子がラスボスと俺のことをさすがです、って結構褒めたんだよ。で、何となく俺が色々聞かれる流れになって、話してたんだけど」
なぜか誠は鼻が高そうな表情をしていたので、わぁすごいすごい、と褒め称えてやる。
誠は鼻白んだような顔をしてから、で、と続けた。
「そのとき、話振られたラスボスが言ったんだよ。王様気取りよりはずっとましですね、ってさ。そのときは妙な言い回しだとしか思わなかったんだんだけど、後からあれってよく考えたらお前のことじゃね、って気がしてきてさ。だけど、お前、別にプログラミング苦手ってこともないし、プログラミングがどうこうじゃなくて人間として俺よりまし、みたいに聞こえるだろ。ってことは、ラスボスはお前が嫌いってことなのでは、と推測してみたわけ。そう取れるだろ?」
誠に問われて、しばし考え込む。
王様気取り。
王様を気取った憶えはさらさら一度もないが、キングというあだ名で呼ばれているのは琉也くらいのものである。他に王様に該当する人間も、ちょっと思い当たらない。
「……まあその王様気取りっていうのが、実在の人物なら、な。ひょっとすると、ドラマとか漫画とか小説とかの人物という可能性も――」
「ねぇよ。何でいきなり俺を架空の人物と比べるんだよ。イタ過ぎだろ」
「彼女がある意味イタ過ぎるのは、誰もが知る事実だが」
「そっち方向のイタさではないだろ」
「まぁな。しかし、そうか……」
ただの噂かと思って適当に聞いていたが、こいつが直接聞いた話だとすれば、一気に信憑性は高まる。
特に何かをした憶えはないが、それでも嫌われているとなれば……。
琉也の考えを汲みあげるように、誠が憐れみを含んだ口調で呟く。
「元気出せって。たかが女の子一人に嫌われてるくらい、大したことじゃないだろ。それにほら、本人にはどうしようもないところで嫌われるってこともあるしさ。顔がむかつくとか、声がうざいとか、仕草がきもいとか、――」
「お前それ全然慰めになってないからな。むしろ貶してるようにしか聞こえないって分かってるか?」
「――親のこと、とかさ」
琉也の文句をさらりと流して、誠がその一言を放つ。
すぐに気付いた。顔とか声とかはただのジャブで、これこそがこいつの言いたかったことなのだ、と。
親、と言われて、ある意味すとんと納得する。
考えないようにはしていても、脳裏を掠めずにはいられない構図があるのだ。
社会を、世界を変えるほどの技術を生み出した人物と、
その技術を用いて大惨事を引き起こしてしまった人物。
両者の子供が同じ学校に通い、同じ学年にいる、という事実。
それは、偶然というよりは必然なのだろう。であるならば、お互いに何も思うところがない、というわけにはいかないこともまた、必然であるに違いない。
彼女の側からすれば、父親の作り出した「いいもの」を悪用した奴の子供、という風に映っていてもおかしくはあるまい。それが、「きらい」に繋がるのは、とても自然な感情の流れであるように、琉也にさえ思われる。
つまりこういうことだ。
岡森琉也は天池凜佳に嫌われる運命にあった。残念ながら。
「運命的に嫌われてるんなら、仕方ないよな……」
確かめるように呟くと、誠が嫌そうに顔をしかめて応じる。
「嬉しそうに言うなよ。全然状況好転してないからな。そこで喜ぶお前の感性がわからんな」
「変なこと言うなって。これは喜んでるんじゃなくて、嘆いてるんだ。避けられない運命の哀しみというか何というか」
「何でもいいけど、これ以上機嫌損ねたら本当にどう出てくるかわかんないってことは、ちゃんと理解しておけよ。特に今回は危険な場所に行くわけだし、危害を加えてこないまでも、いざってときに裏切られたり見捨てられたりくらいはすげぇありそうだからな」
誠が真剣な目つきで釘を刺す。
同い年の女の子相手に何を大げさなとか、出てくるといっても大したことはあるまいとか、色々と言い返したい文句が思い浮かんだが、結局琉也はこくりと頷くに止めた。何だかんだでこいつは人付き合いの広い男だし、こいつがあえて警鐘を鳴らす以上、何かしら特に感じるところはあるのだろう。
それにしても、と気分が落ち込むのは避けられない。
何もしてないのにこれ以上機嫌を損ねるなとは、何だかすごく理不尽だ。いったいどうしろというのか、と不満めいた思いがにじみ出す。
「……なぁ。僕は積極的にご機嫌とりをした方がいいのか?」
「やめとけ。触らぬ神に祟りなし、だよ」
「その結果が今の状況なんだが」
「だったらなおさらだよ。注意だけしとけばいいと思うぞ」
「オッケー。忠告、感謝するよ」
「どういたしまして」
そんな感じで何となく会話が終了し、しばらく互いに無言のまま過ごしてから、誠は次の講義があるから、と立ち去った。
去り際、誠は真面目な顔で「幸運を祈る」といってきたので、「心配するな」といって笑って見せた――内心、何がどう転ぶか全くわからないけど、と付け加えつつ。