stage1_ゴロツキと魔女 3
セピア色の森の中、ジークベルトが歓喜の雄叫びを上げています。周囲はすっかり荒れ地と化して、割れた木片が至る所に散らばっていました。
「やってやったぜ。鳥野郎が、ざまあみろってんだ!!」
「勝って得る物があるという訳でもないのに、私はまた一つの命を奪ってしまいました」
今や腐肉の塊となってしまった魔物の姿を見ていると、思わず哀愁を感じずにはいられません。人と魔物、両者はなぜ争いを繰り返すのか。内に秘めた闘争本能が喚起され、敵を倒せと脳髄に囁きかけるからでしょうか?
まあ、実際はそんなに大袈裟な物ではありません。ただ何となく魔物から邪悪な感じがするからです。倒れてしまえば只の亡骸ですから、情の一つも湧いてくるというもの。どうか安らかな死を、目を閉じて私はエル・リール様に祈りを捧げます。
「妙なことをしてやがるな。修道士ってのは皆そうなのか?」
「派閥によると思いますけど、私が信仰しているエル・リール様は慈愛に満ちたお方ですから」
だから、多少勝手なことをしても許してくれるはずです。今の祈りは教会の手引書から外れた行為、私の趣味に過ぎません。恐らく、どの派閥も魔物の死に祈りを捧げたりなんかはしないでしょう。魔物崇拝だとかなんとか、面倒なことになるに決まっていますから。
「それにしても、随分と変わった魔法を使っていましたね。触れた相手を砂に変えるなんて初めて見ましたよ。本当に凄かったです。でも、ロンベルンで使うのは絶対にやめて下さいよ。死人が出ますから」
「しねぇよ、馬鹿野郎。喧嘩に魔法は使わねぇって決めてるんだ」
そういえば、以前町で暴れていた時も魔法は使っていませんでしたね。見た目によらず、心根は優しい男なのかもしれません。でもやっぱり喧嘩は罰点です。それから酔って椅子を振り回したり、道に唾を吐くのも止めて欲しいと思いました。
「それは良い心がけですね。出来れば喧嘩自体を止めて欲しいですけど。ちなみに、どこの神様から力を授かっているんです?」
「こいつは俺が掴んだ力だ。誰からもらったもんでもねぇよ」
「いやいや、そんなことはないでしょう……」
魔法が使える以上、どこかの神様の力を受け継いでいることは間違いありません。子供でも聞いたことのある話だと思いますが、私が来るまでは信仰と無縁だったというロンベルンですから、この辺りの常識も都会とは違うのでしょうか?
「じゃあ、誰に教えてもらったんです?」
「師匠はいないぜ。森で魔物を狩っているうちに覚えたんだ」
そう言って誇らしそうに腕をかざします。喧嘩で鍛え上げられたゴロツキの拳。確かに逞しくて強そうな感じがします。
魔法が使えるけれど神の存在には気づくことが出来ない。もしかしたら私が知らないだけで、世の中にはそういう人間が他にもいるのかもしれません。しかし、名も姿も知らない者から力を授かるというのは一体どんな感じなんでしょう。寂しいような、ある意味で幸せなような。
長い間、私の心の大切な場所にはエル・リール様がいました。だから信仰と魔法が乖離している状態というのは、ちょっと想像が難しいんです。自身の神を知らないというのは何とも不可解で、まるで床の底が抜けたような気持ちになってしまいます。
「魔法に目覚めた頃に誰かの声を聞いたとか、何かを見たとか。そういうことはありませんでした?」
「……どうだったかな。もう、随分と前の話だし忘れちまったよ」
ジークベルトはこちらを一瞥して、思い出そうとしているのか無口になってしまいました。気にはなりますが、この話は終わりにした方が良さそうです。
「まあいいか。一緒に鳥を倒した仲だしな、ぶん殴るのは勘弁してやるよ」
「あの、ジークベルトさん。今まで一体、何を考えていたんです?」
この人の思考はかなり難解なよう。まるでポンコツの機械みたいです。殴られないというならそれにこしたことはありませんが、付き合っていくには苦労しそうですね。
「ジークでいい。知り合いは皆そう呼んでるからな」
「はぁ、分かりました。なら私もミステルで構いません」
何はともあれ、ジークベルトと打ち解けることには成功したようです。さっそくマヤトーレに会う手伝いを頼もうかと思いましたが、その前に一つ確認しておきたいことがありました。
「ところで、ジークさん。エルヴィンさんから聞いたんですけど、最近森に魔物が増えてきたって本当なんですか?」
「ああ、その話か。合点がいったぜ」
「この辺りって滅多に魔物が出没しない地域ですよね。私が撃退に駆り出されたのも数えるくらいですし」
「滅多にって程じゃないと思うけどな。探せば割と出くわすもんだぜ?」
森に魔物はいるけれど、町の近くまでは降りてこないと。タイル床の力が働いているからだと考えられますが、それでも畑や、町外れの倉庫までもが無事で済んでいるのは不思議だと思いました。
「多けりゃ日に何体も見かけることだってある。さっきの鳥は初めて見たけどな。ありゃ新種の魔物だぜ。ロンベルンヒトクイドリってんだ」
「何ですその名前?」
「俺が付けてやったんだよ。鳥の魔物なんて初めて見たが、町の方へ飛んでいく前に退治できたのは良かったな。ロンベルンへ降りられたら大事だぜ。せっかく収穫の時期だってのにロージィが食われちまうよ」
食われなくても収穫ができない状況なんですけどね。もしかしたら、ジークベルトはまだ異変のことを知らないのでしょうか?
ちなみにあの鳥は新種ではありませんし、勿論ロンベルンヒトクイドリなんて珍妙な名前でもありません。何といったかは忘れましたが、以前に教会の魔物図鑑で似たような魔物を見た覚えがありますから。
「あのですね、そのロージィに関することで少々お話が」
かくかくしかじか。ベルモンの依頼書を出して、町の畑で起きている異変と、午前中に会議で決まった内容を伝えます。ジークベルトは目を丸くして飛び上がりました。
「何てこった。そいつは町の一大事じゃねぇか!!!」
「そうなんですよ。だから、問題を解決するためにジークさんのお力も貸して頂けたらなと思いまして」
「当たり前だ。こんな時に、ぼんやりしていられるかよ!!!!」
物凄く前向き、若者らしい活力と正義感に満ち溢れています。
私たちはこの男のことを誤解していたのかもしれません。鳥を倒すのに集中していたのだって、話を聞けばロンベルンを守るためだと言うじゃありませんか。喧嘩好きの延長で魔物を狩って遊んでいるのだと考えていましたが、どうもそれだけではなかったようです。
「もしかして、今まで町に魔物が寄り付かなかったのは森でジークさんが足止めをしてくれていたからなんですかね……」
「何のことだかな。それよりも話の続きだ。俺は何をすれば良い?」
ほんの一瞬だけ、ジークベルトのことを本気で見直してしまったのは内緒です。この人はきっと誰に言われずとも、借金帳消しの件なんて無くったって事件解決のために自ら動き出していたことでしょう。
「貴方の神様はきっと勇敢な戦士だったんでしょう。力をお借りします。マヤトーレさんの屋敷まで私を連れて行って下さい」
「よし、行くぞ!!!」
大きな手が、力強く私を引っ張っていきます。次なる相手は放火魔のマヤトーレ。果たして異変の原因は本当に彼女なのか。どうなんでしょうね、所詮は酔っ払い共が考えた事ですから。