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epilogue_森の終わりの赤い町で

 黄金色した木々の間、タイル道を鉄屑細工の二輪車が進んで行きます。ギシギシと特徴的な音を響かせて街路を東へ。貴族の乗った亡獣馬車に、商人たちの荷車がすれ違っていきます。彼らの行く先はロンベルン。森の終わりの赤い町、酒飲みが集まる陽気な町です。

「しかし、本当に一緒に来て良かったのか。ブタ追いの祭りを楽しみにしていただろう?」

 ペダルを漕ぐ私に囁くのは森の魔女マヤトーレ。彼女が煽情的な格好をしているからか、前にいる私まで注目の的になっています。

「何も私と同じ日に旅立つ必要もないだろうに」

「良いんです。あの町でやることは全部やり切りましたから」

「だが、残っていれば英雄だぞ。酒だって飲み放題だと言っていたじゃないか」

 あの後、エレモアに勝利した私はマヤトーレと合流して無事に大広間へと帰還することが出来ました。

 彼女が約束を守ってくれるか心配でしたが、さすがは聡明な領主と言われているだけあって、いくつかの条件と引き換えにロージィ麦を復活させてくれることになったんです。

 その後に行われたパーティは何とも酷い有様でしたが、記憶が曖昧なのがせめてもの救いでしょう。私たち探索者にレミーニャ、宮殿の魔物人。さらには心配になって様子を見に来たという守護者のアデルも加わっての大騒ぎ。人間も魔物人も本性を曝け出して言いたいことを言い合っていました。

「でも本当に良かったです。お酒のこともそうですし、ロンベルンの人たちの無事が保証されましたから」

 ロージィ復活に当たってエレモアが出した条件は二つ。まずは彼女を退屈させないこと。それからロンベルンを彼女たちの領地に加えることです。何でも昔はこの辺り一帯を支配していたのだとか。

 これらの提案は私が持ち帰り、町の有力者会議で話し合われることとなりました。ロンベルンの運命を左右する重要な問題ですが、町長ベルモンの判断でメイプルクラン領への編入があっさりと決定。問題は一つ目の条件でしたが、こちらもなんとかなるとのこと。

 毎日何かしらの催しを開いて楽しませろという無茶な話でしたが、有志を募ってお祭りの運営だけを行う委員会を設置する運びとなりました。酒が絡むから皆積極的、酒場は勿論のこと宿屋や料理屋、商店が一体となって協力してくれるのだそうです。

 委員長はアデルに決定しました。私の推薦ですが、彼女も悪い顔はしていません。守護者の彼女は町と宮殿を繋ぐパイプ役、今やロンベルンに欠かせない存在です。展望台の受付の仕事もあって大忙しですが、毎日楽しそうに働いています。

「来る時が来たらロンベルンの住人を宮殿へ迎え入れてくれるという話です。私も安心して町を離れられますよ」

 私たちが知った恐ろしい世界の仕組みについては秘密にしたまま。遠くない未来にエレモアやアデルの口から語られることになるのでしょうが、今はまだ陽気な町でいて欲しいと思いました。

 いつか世界が黒いタイルに覆われて、魔物が地上を跋扈する時代になっても、酒飲みの町の魂は存続していくことでしょう。長い時の中で姿は変わってしまうかもしれませんが、やがて来る新たな人間の時代へと命を繋いでいくことができるんです。

「展望台に上って、アデルちゃんと赤い麦畑を見ました。やっぱりあれは良いですね。町にも活気が戻りましたし万々歳です」

「ジークベルトの奴も喜んでいたな。町へ戻るのかと思ったら、すぐに森へ引っ込んでしまったが」

 宮殿に残ったレミーニャと、旅に出ることを決めたマヤトーレ。ジークベルトは無人になった森の屋敷を根城に、周辺の魔物を狩って暮らしていくことに決めたのだそうです。

 エレモアたちの力を以てしても森に魔物が出没する現象を止めることは出来ないと言います。以前よりも頻繁に魔物が現れるようになりましたが、それでも人々が平穏に暮らせているのはジークベルトのおかげでした。

 不器用で真っすぐな彼の選んだ生き方。何を思ってか頑なに町に顔を出そうとしませんが、ロンベルンの人たちはもう知っています。町の広場には私の銅像と並んで勇敢な戦士の像が一つ。今や彼は町の英雄、皆が彼の帰りを待っているんです。

「お酒が無くなったら町へ戻ってくると思いますよ。ゴロツキは卒業したみたいですけど、酒飲みは一生酒飲みですから」

「その通りかもしれないな。貴様は実に的を射たことを言う」

 ぐんぐん風を切って東へ。マヤトーレの笑い声が街道に響き渡ります。やがて私たちを乗せた鉄屑二輪車は枝分かれの道に差し掛かりました。木製の標識に二つの目的地が記されています。

「ここまでだな。貴様たちとの冒険は楽しかったぞ」

「私もです。マヤさんには本当に何度助けてもらったか」

 宮殿での宴の最中、私はレミーニャから彼の失踪の真実を聞くことが出来ました。全てはマヤトーレを一人立ちさせるため。自分が消えることで、森の屋敷に縛られていた彼女を広い世界に解き放とうと考えていたようです。

 中々切っ掛けが掴めずにいたところで迷宮を発見し、姿を隠した先で退屈を嘆くエレモアと出会った。二人が本当に愛し合っていたのかは謎のままですが、今でもレミーニャは魔物人たちの厄介になっています。もしかしたら、宮殿での暮らしを気に入ったのかもしれませんね。

「そういえば、レミーニャの奴から地図を貰ってな。ご丁寧に行先を指定したメモが書き込んである」

 色々ありましたが、結局のところ師弟の絆は揺るぎないものだったようです。自分がそうであったように、各地を回って魔法を磨き上げて欲しい。話を全て聞いた上で、マヤトーレは旅へ出ると素直にレミーニャに伝えました。今はまだ彼の決めた道順を辿っていく旅。けれどいつかは本当の意味で一人立ちする日がやって来るのでしょう。

「ミステルはこれからどうするんだ。北の山へ行くという話だったが?」

 やがて来る終焉を前に、私に出来ることはなんだろう。必死に考えてみても答えは分かりませんでした。

 切っ掛けはマヤトーレの旅立ちか、あるいはジークベルトの武勇伝だったかもしれません。ロンベルンを飛び出して世界を見て回ろう。答えが分からないなら探しに行けば良いってそう思ったんです。

「幻のペガサスユニコーンを見に行くんです。噂で聞いた話ですが、何でも白くて角の生えた空飛ぶ馬がいるとか」

「どうしてそうなるんだ。世界を救う旅だと言っていたじゃないか」

「だって気になるじゃないですか。それに、答えがどこに転がっているかなんて誰にも分からないんですから」

 互いに笑みを浮かべ、手を振って別れます。ここからは一人旅、森を迂回して北方の山脈地帯へと向かいます。

 立ち寄った先の町々で困っている人の手助けをしながら、時に悪党を退治したり、子供たちに読み書きや簡単な計算を教えたり。実に修道士的な素晴らしい旅の始まりです。

「そういえば、私は一人じゃありませんでしたね」

 その姿は見えなくても、確かに存在する私の女神様。私は女神と共にいる。

 もしもこの旅が無意味な結果に終わるとしても、世界に終焉が訪れることが決まっていても。私は前を向いて、清く正しく修道士らしく。最後に彼女と出会ったときに、胸を張っていられるように――。


Thanks:)

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