stage1_ゴロツキと魔女 2
ロンベルンの危機を救うという大そうな仕事を任された私は、お昼を食べる暇もなく早々にシニトワ酒場から追い出されてしまいました。渡されたパンをかじり、水筒のミルクを飲みながら町を歩きます。
一刻を争うからと背中を押されましたが、酒場を離れてしまえばこちらのもの。急ぐ必要もないので散歩気分で空を眺めます。
「雲行きは上々。頭をやられる心配もないでしょう」
雨は気になりませんが、鉄屑に頭を叩かれたら堪ったものではありません。この辺りの雲は鉄をあまり含んでいないのか、ラッカのように頻繁に鉄片が降ってくる訳ではありませんが、時折思い出したように降ってくるから質が悪いんです。
私は昔の癖でついつい空を気にしてしまいます。空から降ってくる鉄屑は機械作りにおいて無くてはならない物。ラッカではそれこそ自然に山が出来るくらいでしたが、ロンベルン近郊で鉄屑山を見られる場所はかなり限られてきます。だからこそ酒造りなんて事を始めたのでしょうが、環境の違いに最初はとても驚いていたことを覚えています。
「あっ、赤い螺子が落ちています!」
手入れをしないとすぐに錆びてしまうんですよね。家の手伝いで良く磨いていましたから、こうなった鉄屑は飽きるほど目にしています。蹴飛ばすと転がって、ロージィ畑の溝へ落ちていきました。
あぜ道に立ち、揺れる麦の絨毯に目をやります。見慣れてしまった茶色いロージィ。畑の中の人型たちも仕事を命じられている様子がなく、まるで風景の一部のようにその場に佇んでいます。
まだ日も高いのに、どこか寂しさを覚えてしまいます。振り返れば町の喧騒が聞こえてくるかのよう。けれど、畑の時間は止まったまま。セピア色の森に飲み込まれるようにひっそりとしていました。
「北の森を探せと言われましたけど、ちょっと広すぎやしませんかね?」
タイル道を辿っていけば見つかるだろうという話でしたが、もしもジークベルトが道を外れていたら捜索は一気に難しくなってしまうでしょう。
細く途切れ途切れになっていくセラミックタイルを見ていると一抹の不安を覚えて仕方がありませんでした。タイルの終わりが人の暮らす土地の終わり。ロンベルンが最果ての町だと言われているのは、その先に町ができる程の広いタイル床が存在しないからです。
その上には草木が生えず、また魔物も寄せ付けない。あらゆる町がタイルを基盤に作られているのは当然と言えば当然のことでしょう。
大昔に作られたと言われていますが、いつどのように生み出されたかは謎に包まれています。恐らくは神々の手によるものと考えられていますが、どの派閥の神が作ったのかを巡って日々不毛な言い争いが絶えません。
森の奥へ入っていくにつれ、タイルは飛び飛びになって土や葉の色が目立つようになってきました。ロンベルンの森は湿気が強く、落ち葉に埋め尽くされた地面から白っぽい靄が立ち上っています。セピア色の木々が並ぶ見慣れた森林風景。遠くに見える四足の影は亡獣たちでしょう。
彼らは色を持たず通常の獣にあるような感情らしき物も表には出しません。人間に対する人型のようなもので、森から湧いて人里近くまで降りてきます。不思議な存在ですが、その外見は獣そのもの。近づいても逃げる素振りさえ見せないので町では重要な食料源となっています。
あれはシカの亡獣でしょうか。耳を澄ますと水音がします。気になったのでタイル道を外れてみると窪んだ地面に湧き水が溜まっていました。
「亡獣が水を飲んでいる……」
彼らは何も食べず、飲まない。そう聞いていたので不思議に思いましたが、どうやら水溜まりに口を付けているだけのようです。まるで他の獣がそうしているのを真似るように、灰色のシカが鼻先を震わせていました。
「シカって本物は何色なんでしたっけ」
色の付いた獣は珍しく、森の奥へ入ってもそう簡単に見つかる物ではありません。そういえば以前ラッカの知り合いが言っていましたが、昔より色付きの獣は少なくなってきているのだそうです。
いつかは色の付いた獣を知らない子供が生まれてくるのかもしれない。灰色のシカを見ながら私はそんなことを考えていました。
「もしかしたら、神々の力が弱まっているから人型や亡獣が増えてきているのかもしれませんね」
そもそも、神は本当に実在するのか。教会時代ならば悩む必要もなかった問い掛けですが、これだってはっきりとしたことは分かりません。私はエル・リール様の声を聞きその姿を見た。ずっとそう信じてきましたが、最近では幼かった私が作り上げた妄想の類ではないかと疑っているくらいなんです。
魔法という力がもたらされるという現象は事実ですから、まるっきり存在しないと考えるのは間違いなのかもしれません。けれど、神の意志だとか彼らの教えや導きを信じるのは本当の所、馬鹿らしいことのように思えて仕方がありませんでした。
私が思うに現在の神々はただの力。あるいは力を得る切っ掛けにされているだけの、他には何もできない儚い存在なのではないでしょうか?
私たちに罰を与えることのできない神々。おかしな人間や動物の偽物を生み出してしまう神々。悠久の時間の中で彼らの力は衰え変質した。その成れの果てが今の世界の姿なのかもしれません。
道に戻った私はひび割れたタイルを見つけて足を止めました。本来、タイルは壊れない物。町の地面はどうやっても傷つけることができませんが、この辺境の地では少しずつ綻びが生じているようです。これも神々の力の衰えを象徴しているような気がしてなりませんでした。じっと見つめながら物思いに耽ります。霧がかったセピアの森は考え事をするには丁度良い場所でした。
正直なところ、ジークベルトを探すことにそれほど積極的なわけでもありません。周りに流されるまま、言われた通り森へやってきましたが、ここまでこればもう誰も私を見てはいないでしょう。
適当に歩いて帰ってしまおう。迷わない程度に散策して修道士的な思考に没頭する。それも悪くないと思いました。ジークベルトと会うのは彼が町に戻ってからでも遅くはありません。急げと急かした町の住人たちだって、どうせ今頃は酒を煽って楽しんでいるんですから。
思考の底へ落ちていこうとしていた私の耳に、大きな翼が風を切るような音が響いてきました。
「運が悪いですね。見て見ぬ振りをしても良いですけど」
私の心の中、エル・リール様がこっちを見ていました。その姿はもう思い浮かべられませんが、確かに見ていたんです。
「仕方がないですね。私は清く正しい修道士。重要な役割も与えられてしまいましたし、少しだけ頑張ってみますか」
ローブの内側には町長の名前入りの依頼書が入っています。私は期待されている。そう思うと不思議と悪い気はしませんでした。
断続的に音が聞こえてきます。翼の音と怒鳴るような男の声。私は再びタイル道を外れて緩やかな勾配を上っていきました。すぐ近く、けれど霧のせいではっきりとは分かりません。
「この野郎が、生意気に空を飛びやがって――」
目を凝らします。ジークベルトが巨大な鳥へ向かって石を投げつけていました。
「意外と簡単に見つかりましたね。あっ、石が当たりましたよ」
投げるには大きな塊ですが、腕力が人並み外れているのでしょう。巨大な鳥は体制を崩しましたが、それでも羽ばたきを止めようとはしませんでした。
「あの鳥、魔物ですね?」
「ああ!? 誰だてめぇは!!」
鋭い視線は猛獣のよう。茶色い髪に滴を滴らせ、ジークベルトが霧にしゃがみ込みこんでいきます。
「私はミステル・テトマイヤ。貴方にお願いがあって……」
「なら、さっさと帰るんだな」
素早く動いたかと思うと、私の耳元を石が通り過ぎていきました。もう少しずれていたら顔面直撃。この男、いきなりやってくれました。
「ちっ、外したか」
舌打ちして鳥の魔物を追いかけていきます。ズボンにシャツ、くたびれたマントに鋼の胸当て。町中では浮く格好ですが森を駆け回っている姿は実にそれらしいものでした。
「さて、どうしてやりましょう」
やはりジークベルトは厄介な相手のようです。
それからあの鳥の魔物。低空を我が物顔で飛んでいく姿はまさに化け鳥。動きは緩慢に見えますが恐ろしい力を秘めているのでしょう。図体がやたらと大きく、まるで霧の中を歩いているかのよう。飛んでいるはずなのに重い足音が聞こえてくるかのようでした。
こんな魔物らしい魔物と遭遇したのは何時以来でしょうか。
鳥は黒い瘴気を纏い、周囲の木々を薙ぎ倒しながら羽ばたいていきます。枯れ木のような両足に、恐ろしく湾曲した鋭い鉤爪。揺れるたびに羽が抜け落ちて、骨と腐肉が露出していきます。顔は鳥というよりも獣のようで、ずんぐりと深い羽毛に覆われていて、その視線の先を窺い知ることは出来そうにもありませんでした。
「待って下さい。私も手伝いますから!!!」
見えない何かに急かされるように、ロッドを握りしめて駆け出していました。水音を立てる腐葉土も邪魔な茂みも気になりません。これは弾けるような衝動。町で喧嘩の仲裁をする程度では味わえない、修道士として戦場へ赴く時の高揚。
久しく味わっていなかったその感覚に、私は思わず笑みを浮かべてしまいました。
「ああ、エル・リール様。感謝します。これだけは、貴方がいなければ知ることが出来なかったでしょう」
甲高い鳥の奇声が聞こえます。霧を払い突き抜けた先で、私を待っていたのは真っ黒な瘴気の嵐でした。
「ぐあああああああああああああああっ!!!」
ジークベルトを巻き込むように魔物が風を起こしています。黒く見えるのは具現化した魔力そのもの。唸りを上げて大地を浚い、根こそぎ上空へ吹き飛ばしていきます。
「見事に飛ばされていますね。町で一番のゴロツキが聞いて呆れます」
「うるせぇ、ぶっ飛ばされてぇか畜生!!!」
宙を舞いながらジークベルトが咆哮を上げます。揉みくちゃになって、吐き出されるように地面へ叩き付けられてしまいました。
「聞こえてしまいましたか」
「修道士が、鬱陶しいんだよ、馬鹿野郎。邪魔したらただじゃおかねぇからな!!」
私を睨み付け、何事も無かったかのように立ち上がります。そのまま勢い良く走り出していきました。少し態勢を低くして、さっと石を拾い上げます。
「鳥の分際で、やりやがったな。こいつを食らって地面に落ちろ!!」
ジークベルトが石を投げようとしたのと同時に、再び黒い風が巻き起こりました。手から離れた石は風に押され、跳ね返されるように戻っていきます。
「何だと!?」
そのまま体ごと吹き飛ばされ、後ろの茂みへと叩き付けられてしまいました。骨が何本か折れたんじゃないかと心配しましたが、ジークベルトは案外元気なよう。仰向けのまま、悔しそうに地面を叩いています。
「大丈夫ですか。額から血が出ていますけど」
「このくらい、唾つけときゃ治るんだよ!!」
立ち上がって本当に唾を付け始めました。近くの大木を殴りつけ、へし折って両手で抱えます。もう一度突撃。結果は見る前から明らかでした。
「ぐあああああああああああああっ!!!!!」
「これは駄目です……」
一連の行動でジークベルトの頭の悪さが良く分かりました。こういう輩を操るのは簡単です。内心で黒い笑みを浮かべながら、私は優しい修道士を装って傷ついたその額へと手をかざしました。
「大いなる女神エル・リールよ、私に癒しの力を……弱虫コロリ!!!」
「おお、傷が治りやがった!!」
エル・リール派の聖なる回復魔法の一つですが、コロリシリーズは扱いが難しく教会内でも使い手は限られてきます。弱虫コロリは初心者向け。軽傷ならコロリと簡単に直してしまいますが、反動で少々眩暈を覚えます。
「そういや、てめぇも魔法が使えるんだったな。ありがとよ」
「貴方も使えるらしいですね。今日まで知りませんでしたけど」
傷を治したら感謝されてしまいました。相当に性格の悪い人間だと思っていましたからこれは意外です。町で見かけた時の印象や、会議での散々な言われようが嘘のよう。本当は案外、素直な人なのかもしれません。
「さあ、一緒にあの魔物を倒しましょう!!」
間近で見ると精悍な顔つきをしていて、頼り甲斐がありそうです。
この熱い気持ちはなんでしょう。私たちの間に生まれたのは友情か、あるいは愛情か。いいえ、違います。これはきっと同じ才能を持つ者同士だけが感じることのできる仲間意識。互いを信頼し称え合うことができるからこその――。
「いいや、余計なことはするんじゃねぇ。こいつは俺が見つけた魔物。俺が倒すんだよ」
「そうですか、分かりました」
今まで会話らしい会話もしたことがないのだから、いきなり信頼関係なんて芽生えるはずがありません。勿論そうに決まっています。
下らない妄想を取り去って、私は現実へ目を向けます。さっそく立ち上がろうとしたジークベルトですが、案の定くらりと来たようで足を滑らせてしまいました。
「何だこりゃ、急に気分が悪くなってきたぜ……」
あれだけ風に回された上、コロリを食らったんですからこれは仕方がありません。不思議そうに額を押えていますが、彼には到底理解できないでしょう。
「かなり足に来ているご様子。仕方がありません。ロンベルンの修道士として私が加勢してあげましょう」
「必要ねぇって言ってんだろうが!!」
「でも、鳥が来ますから」
巨体を揺らしてバサバサと飛んできます。瘴気の風を放つつもりでしょうが、そうはさせません。ジークベルトと同じ失敗はしたくないですから、やられる前にやってやるんです。
「来るなら来てください。それが貴方の最後の時!!」
ロッドを掲げ、鳥を挑発してやります。私が愛用しているモルゲンロッド。短めの杖ですが上等な鉄屑を使った特別仕様です。先端が特に重くなっていて振り回せば鈍器としても使える優れものなんです。
「おい、修道士。風に吹き飛ばされちまうぞ!!」
「忠告ありがとうございます。でも大丈夫ですから、ちょっと黙ってて下さい」
足元に魔法陣を展開します。私の扱える数少ない攻撃魔法の一つ。陣魔法と呼ばれる特殊な技術で、陣を通してエル・リール様の力を引き出します。準備は万端。用意した陣を滑るように走らせ、鳥の真下で魔法を発動させてやれば終わりです。
「聖なる光にその身を捧げよ……」
「杖を借りるぜ、うおりゃあああああああっ!!!!」
突然、服を引っ張られて、驚いた私はひっくり返ってしまいました。勿論、魔法は不発。勝手に人のロッドをひったくってジークベルトが飛び出していきます。
「何をするんですか、せっかく良い所だったのに!!」
「鳥野郎が、もう容赦しねぇぞ!!!!」
私の邪魔をした結果、ジークベルトは再び宙を舞うことになりました。本当に何も学ばない人。良かったのは威勢だけで、またすぐ返り討ちに会っているんだから救いようがありません。しかも、私のところへ一直線に飛ばされてきたんです。
「げふっ……!!」
ぶつかって、勢い良く地面に叩き付けられてしまいました。これは痛いです。もう泣きたい気分。よりによって、こんな人間に協力を求めなくてはならないなんて。怒るよりも先に悲しくなってしまいます。
「最悪です。こんな奴、神に呪われて死ねば良いです」
転がったジークベルトが頭を押さえています。その手からロッドを奪い返し、ついでに近くに落ちていた石を拾い上げました。
「それは俺の石だろうが!!」
「これは私のロッドです!!」
モルゲンロッドを一閃してやりますが、恐れもせずに私を睨み付けてきます。こうなると鳥の魔物よりもジークベルトの方が厄介。昏倒させてやろうかと思いましたが、そこへ向かって黒い影が下りてきました。
鳥が体ごと突っ込んできます。重そうな頭を一回転させ、地面に向かって鋭い爪が叩き付けられました。
「っ……派手な攻撃ですね」
回避した私は、石を軽く投げ上げ、そこへ向かって思いっきりロッドを叩きつけました。教会時代、修行の合間によくこうやって遊んでいたんです。当時は小鳥を的にしていましたから、図体のでかいこの魔物が相手なら余裕で当てられます。
「この鳥め、正義の鉄槌を食らわせてやります!!」
叫びを上げてのたうち回る怪鳥。その背に向って、モルゲンロッドの一撃を浴びせます。魔法使いといえども、基本はやはり筋力と体力が物をいいます。日々心身を鍛えることを忘れない修道士は、魔法使いとしても超一流。そこらのゴロツキとは訳が違うんです。
私の攻撃を受け、いよいよ苦しくなったのでしょう。腐肉が地面へボトボトと落ちます。それでも魔物は暴れ回り、再び飛び上がろうと翼をはためかせました。
「俺が倒すって決めてんだよ!!!」
その羽ばたきを阻んだのは、ジークベルトの石の拳でした。
腕を覆う石のガントレットは、彼が魔法で生み出したものでしょう。恐るべきはその特性。拳が魔物の腹にめり込んだ瞬間、血と一緒に舞い上がったのは大量の砂粒でした。
「なっ……!?」
「ちっ、やたらとふらつきやがるぜ」
相手の体を砂に変えてしまう魔法。教会時代に沢山の魔法を目にしてきた私ですが、こんな奇怪な物は一度も見たことがありませんでした。
驚いている暇もなく、魔物が翼をばたつかせました。宙へ飛び上がり、渾身の力で風を巻き起こしてきます。
「んぐっ!!」
見えない大きな力が身体を包み込んできました。その突き上げは枝葉の天井へ、さらには大空へ私を飲み込もうと強く激しく螺旋を描きます。
地面に深くロッドを突き立てて、姿勢を低く。こちらも何とか突風に耐えます。死にゆく魔物の最後の足掻き、大地の全てを吹き飛ばそうと黒い瘴気が暴れ出しました。
「これは厳しいです!!!」
さらに吹き荒れる瘴気の暴風。何度も吹き飛ばされたジークベルトを馬鹿にしていましたが、実際に食らってみると相当な威力でした。懸命に地面にしがみつきますが、今にも足が浮き上がりそうです。
「おい、修道士。一瞬で良い。風を止められないか?」
地面に片腕を埋め込むようにして、ジークベルトが必死に耐えていました。何て無理矢理なやり方でしょう。しかも、コロリの反動で明らかに顔色が悪くなっています。この状況では何も出来ないに違いありません。そう思いましたが、彼の鋭い眼光が私を捉えて離しませんでした。
「出来るのか、出来ねぇのか」
「やれますけど、こんな状態じゃ……」
目の前を大木が通り過ぎていきます。はためくローブに、木々の割れる音。悲鳴を上げるように森その物が震えていました。
このまま我慢して、力尽きた魔物が落ちてくるのを待つ。本当はそれが賢いやり方なのかもしれません。けれど、この男は納得しないでしょう。私だって倒せるものなら倒してしまいたい。彼の熱意に押されたのか、いつの間にか強くロッドを握りしめていました。
「早くしろ、もう一撃当てれば十分だ。俺が倒すんだよ!!!」
「分かりましたよ。一か八かですけど、私が風を止めてみます。隙が出来たら殴ってください」
「よし、任せろ。さっさと始めちまえ!!」
目的が一致した瞬間。荒れ狂う風の中、私たちの間に確かな信頼関係が生まれたような気がしました。
魔法陣を展開し、鳥の真下へと滑らせていきます。高めに飛んでいるようなので届くかどうかは私にも分かりませんでした。エル・リール様に祈りを捧げます。どうかこの一撃が上手くいきますように。
「……実在しているかも定かではないですけどね」
女神に頼ってしまった自分に苦笑しつつ、魔物を睨み付けます。地面に揺れる魔法陣は、まるで天使の輪っかのよう。瘴気の風に負けないよう、思いっきり力を込めて解き放ちます。
「聖なる光にその身を捧げよ。エンジェル・フープ・カノンです!!!」
立ち上る光の柱が空へと伸びていきます。風に威力を削がれ上へ行くほど弱くなってしまう聖なる力。けれど祈りが通じたのか、先っぽを魔物の翼に届かせることができました。
「当たりました、最長記録も更新です!!」
「良くやったぜ、修道士。後は俺がやってやる。こいつは俺が倒すんだよ!!!!」
風が止む一瞬、倒壊した木々を踏み台にして、ジークベルトが飛び上がりました。沈みこむ鳥の魔物目がけて、石の拳を突き出します。
「食らいやがれ、ギガトン・バニッシュ!!!!!!」
顔が弾け飛び、血と砂が宙を舞います。落ちる魔物は何を思うか。哀れなその姿を見つめながら、私は勝利の味を噛みしめていました。