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stage6_酔っ払い淑女 4

 魔物が少なくなったと言われる今の時代、それでも奴らは時々人里に姿を現して悪さをしでかします。そんな時は私たち修道士の出番、ロッドを片手に退治してやるんです。

 これで町の人たちも一安心。では、討伐された魔物の方はどうなるのか?

 倒してしまえば腐肉になり、地に溶けて骨だけが残るのが魔物の常。止めを刺した後は穴でも掘って骨を捨てればお終いです。けれど、そうではない場合もあります。ラッカのギルマンテス派教会には粉砕室というそれはもう恐ろしい施設がありました。

 あれは私がまだエル・リール派の教会に所属していた頃、ライバル関係にあったギルマンテス派の内情を調べるため、何度か迷い人を装って向こうの施設への潜入を試みたことがあったんです。そこで見てしまった恐ろしい光景。その部屋では何と回転する鉄屑の刃で、捕らえた魔物を粉になるまで切り刻んでいたんです。猿の魔物がやられたのを目撃したんですが、さすがの私も吐き気が込み上げてきましたね。

 もしもエル・リール派の修道士だとバレたら大変なことになると、慌てて逃げ出した事を覚えています。いやいや、人間ってのは本当に怖いですね――。


 

 私の提案した作戦はマヤトーレの大反対にあいましたが多数決の結果賛成多数で実行に移されることとなりました。

「ミステル、この作戦の要は誰だと思う?」

「それはマヤさんに決まっています。下手をすれば全滅ですから、本当にお願いしますよ」

「貴様は今、酷いことを言っているからな。自覚があるならば良く反省しておけ」

 最初は多数決の結果なんて知ったものかという風でしたが、必死に懇願した結果、渋々ながら了承を得ることが出来ました。

 今回の作戦は単純明快。まずは今までと同じように突入。それから部屋の中で例の黒い腕、マヤトーレの屋敷を真っ二つにしたあいつを呼び出して扉を閉めます。茨の触手が全滅した頃合いを見計らって再度突入。マヤトーレの浄化の炎で魔法陣を消してもらい、生き絶え絶えになっているであろうコルアナを捕まえてやるというもの。

 恐ろしい力に頼ることになりますが、それ以外は実に完璧な計画です。

 冷凍爆弾を使い切ってしまった今となっては、あの触手の増殖に対抗できる手段がこれしか見つからなかったんです。非常に危険な方法ですし、マヤトーレに対しては気の毒だという気持ちもあります。けれど、これならば上手くいく。そんな予感を強く抱いているのも事実でした。

「私だって危険は重々承知です。もう絶対に使わないって決めていました。でもここまで頑張ってきた以上、後には退けませんよ」

「良く言ったぜ。それでこそロンベルンの修道士だ」

「修道士というのは一度決めたことを簡単に曲げてしまうんだな。知らなかったぞ」

 実際そんな物です。教会の司祭連中は口先だけ達者で、やることはいつも反対のことばかりでしたから。私は勿論違いますけど、今回だけ特別なんです。

「町を救い、世界を救うためですから。この身を犠牲に捧げる覚悟です」

「ならば、呼び出した腕を消すのも自分でやってみたらどうだ。やり方を教えてやろうか?」

 そこは天才のマヤトーレにお願いしたい所だと思いました。私なんかじゃ失敗して切り刻まれるのが目に見えていますから。

「まあいい。やるというなら、さっさとやってしまおう。ところでミステル、仮に上手くいったとしても扉を開けたらコルアナが跡形もなく消え去っているという可能性もあるからな。それを忘れるなよ」

「時期を見誤らないように動かないといけませんね。まあ、何とかなるでしょう。修道士の勘は良く当たるんです」

 それについては神に祈るのみ。駄目だった時はもう仕方がないでしょう。けれど、少しでも息があれば私のコロリで何とかできるはずです。

 シャロには扉から離れてもらうことにしました。さすがに壁や扉を破壊することはないと思いましたが念のため。

「天使のお姉ちゃん、頑張れ!!!」

「任せておいてください。後先考えなければ私だって、誰にも負けない戦いができるんです」

 こうして禁断の魔法が解禁されることとなりました。三度目の突撃。相手も慣れたものでまずは様子見といった感じです。牽制するように茨の触手が伸びてきますが、ここで全力を出してこなかったのが運の尽きです。

「残念でしたね、コルアナさん。もう貴方に勝機はありませんから、せいぜい頑張って耐えて下さい!!!」

 パリン・シールド・ドゥームを展開し、魔法陣を描き出します。深い淀みの中へ手を伸ばすように、エル・リール様の目の届かない領域へと意識を向けます。そこがどこなのか、どこへ向かえば出会えるのか。最初に呼び出した時から私には何となく分かっていました。

「見つけました。まさかもう一度貴方を呼び出すことになるとは思いませんでしたよ」

 シールドが茨の触手に割られ、光の破片が宙を舞います。ジークベルトとマヤトーレが反転、撤退していきました。

「デイモン・スローター!!!!」

 魔法陣を割るようにして、巨大な黒い腕が姿を現しました。振るわれるのは血塗られた大鉈。まるで空間を突き抜けるように、天井を無視して触手を切断していきます。

「どうか死なないでくださいね。貴方とお話しできる時を楽しみにしていますから」

 そう一言告げて大広間に避難します。閉じられた扉を見つめてホッと一息、まずは上手くいきましたね。後はきっとマヤトーレが何とかしてくれるでしょう。

「壁が揺れてやがるぞ。本当に大丈夫か……?」

「相変わらず、滅茶苦茶な強さです。こっちまで鉈が飛んでこないのが幸いですね」

 まるで宮殿全体が震えているかのようでした。目に見えない衝撃に大広間の反対の壁までが音を立てているんです。

「……おい、ミステル。それは何だ?」

 マヤトーレが私を見て驚いたような顔をしていました。左手の中指。客間で拾った指輪が黒く光っているんです。

「えええ、何ですこれ!?」

 とても不気味な感じがしました。身体に異常はないと思いますが、見ているだけで不安になってしまいます。

「その指輪、見覚えがあります。客間で拾ったなら誰かの持ち物だった奴ですね。貴重品はしっかり保護してから仕舞うようにしていましたから」

「シャロ、その持ち主に心当たりはあるのか?」

「ええと……。あるような、ないような。客間には物凄く沢山の魔物人がいましたから。ごめんなさい、誰のだったかは思い出せそうにないです」

 果たしてこの黒い光には何の意味があるのでしょうか。どうして今になって急に光り始めたのか、謎は深まるばかりでしたが、今はそれよりもコルアナの無事が心配です。

「マヤさん、さすがにもう限界だと思います」

「そうだろうな。全く面倒な仕事を押し付けられたものだ」

 扉を開けて、マヤトーレが素早く飛び込んでいきます。その頭上に鈍色の輝きが降り注ぎました。


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