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stage1_ゴロツキと魔女 1

 町の喧騒を抜けて浮浪者の溜まり場になっている広場の一角へ、小銭をせびってくる彼らを無視して、隣接する一軒の店へと足を向けます。嘔吐物を避けて進んだ先、麦と骸骨をモチーフにした鉄屑の看板が今回のロージィに関する緊急対策会議の会場です。

「ミステル・テトマイヤ到着しました。おや、珍しい。ちゃんと役員が揃ってるじゃないですか」

 ここはロンベルンにいくつかある酒場の一つ、『死人よ永久に眠れ』という悪趣味な名前だからか多くの人は『シニトワ酒場』と呼んでいます。扉をくぐると、木製のテーブルを囲む町の有力者たちの姿が目に入りました。

 普段なら面白おかしく騒いでいる人たちですが、今日はさすがに緊張した面持ちをしています。真面目に会議に出席しているだけでも大したもの。それどころか杯の中に入っている液体も酒ではなく水のようで、この件に関する事態の深刻さを窺わせます。

「ちょっと、皆さん死人のような顔になっていますよ。まさか全員、お腹を壊している訳じゃないですよね?」

 暗い空気を吹き飛ばすべく軽めの冗談を飛ばしてみましたが反応なし。シニトワ酒場で死人共が項垂れています。

「嬢ちゃん、この町はもう終わりだ。ロージィの酒が飲めなくなったら俺たちに生きている意味なんてねぇよ」

「またまた大げさな。お酒が飲めなくたって死にやしませんよ」

 水を飲めば良いんです。実に健康的じゃないですか。ついでに酔っ払いがいなくなって私は大助かり。町の治安だって改善されることでしょう。これを機に方向転換するのも一つの策ですね。丁度、観光に力を入れ出した所ですし、ロージィ人形を流行らせて酒の町から人形の町に変えてしまえば全てが丸く収まります。

 そうやって考えてみると良い事ばかり。だけど、口には出しません。目の敵にされたらたまらないですからね。

「いいや、俺たちは死ぬんだよ」

「はいはい、冗談言ってないで会議を始めますよ。まずは現状の確認から」

 料理屋の亭主、ジョリー・ジョリーの報告に耳を傾けます。いつもなら茶色から赤色に変化していくはずのロージィの穂が収穫期を迎えても未だに変化なし。誰もが知っている情報で聞こえてくるのは溜息ばかり。何とも絶望的で世も末って感じです。

 こう言っては何ですが私は所詮余所者だということもあり、他の役員たちよりは今回の事件を気楽に受け止めています。今は麦の成長が止まっているようですが、どうせすぐに色変わりが始まるだろうと楽観視しているんです。

「はい、ありがとうございました。ジョリーさんに盛大な拍手を」

 パチパチと私一人の拍手が店内に響きました。聞こえてくる広場の喧騒はまるで別世界のよう。たった一枚のレンガ壁を隔てているだけとは思えませんでした。

「皆さん、もっと前向きになりましょうよ。エル・リール様も仰っていますよ。下を向いていては希望が遠ざかっていくって」

 修道士的な発言で鼓舞してみますが、哀れな迷い人たちは項垂れたまま。陰鬱とした感じです。これじゃ埒が明きませんね。

「とにかく対策を話し合いますよ。ファン・ズーさん、お酒を出して下さい」

「いや、重要な会議で酒はまずいだろ」

「そんなこと言って、いつもは飲んでるじゃないですか!」

 そういえば、これまでの会議は何だったんでしょうか。思い返してみると、大抵は酒を飲んで騒いでいるだけだったような気がします。落ち込んでいても良い案は浮かんでこないと思ったので、この酒場の主ファン・ズーにお酒を配ってもらうことにしました。私はいつものようにミルクを注文。飲めない訳じゃありませんが、修道士的なイメージを損ないたくないんです。

「心して飲めよ。これが最後になるかもしれないんだから」

「いやいや、まだ奥に結構残っていますよね?」

 ロンベルンでは造酒から貯蔵まで全部が酒場で行われています。シニトワ酒場でもそれは同じで、狭い店内の奥と床下にもそれらしいスペースがあったはずです。

 酒は魔法とは良く言ったもので、死人のような顔つきだった男たちも見る見るうちに生気を取り戻していきました。一杯だけのはずが何杯も。このままじゃ全員酔っぱらってお開きってことにもなりかねませんから、無理やり杯を奪い取って隠してしまいます。

「おい、修道士。これは一体どういうつもりだ?」

「終わってからまた飲めば良いじゃないですか。このままじゃ本当に最後の一杯になってしまいますよ」

 酒を奪われて暴動が起こるかと思いましたが、事件のことは忘れていなかったようで、何とか落ち着きを取り戻してくれました。ようやく真面な話し合いが始められそうです。

「それでだ、嬢ちゃんに何か策はあるのかい?」

「いきなりそれですか。まずは皆さんで考えて下さいよ」

「でもよ、こんなことは初めてだぜ」

 考えろと言ったのに考えようとしない。だからここの連中は駄目なんです。

「仕方がないです。ええと、そうですね」

 天性の面倒見の良さを発揮しようとしましたが、考えても良い案は浮かんできませんでした。たまにはこんな日もあります。

「ベルモンさん、何か心当たりはないですか?」

 この中では最年長、町長のベルモンに声をかけます。近頃は老眼も進んできているという噂ですが、大そうな肩書を持っているんですから、きっと目が飛び出るような対策を思いついてくれることでしょう。

「子供の時分からロージィを見てきたが、こんなことは一度もなかった。もう収穫期はとうに過ぎておる。これは手遅れかもしれん……!!!」

「何だって!!?」

 手を組んで渋い顔。流れる汗が彼の苦悩を現しているようでした。聞こえてくる落胆の溜息。早くも諦めの雰囲気が漂い始めます。

「ベルモンさん、貴方がそんなこと言ったら駄目ですよ。仮にも町長を任されているんですから!!」

 こんな姿を町の人間が見たら必ずや肩を落とすことでしょう。例え実力はなくても、最低限の気概くらいは見せて欲しい所です。

「女神は努力する人間に希望を与え、怠惰な人間には罰を与える。最初から駄目だと決めつけてはいけません。頑張って考えて下さい。エル・リール様はいつも貴方を見ていますよ」

 本当に存在していればですけどね。疑わしい話ですが、修道士なのでそれらしいことを言っておきます。

「確かにそうかもしれんな。私がしっかりしなければ、解決できる問題も解決できないか」

 愚か者はこんな私の言葉にも簡単に騙されてしまいます。けれど、良いじゃないですか。結果としてベルモンはやる気を取り戻しました。これも全部エル・リール様のおかげです。

「さあ、皆さんも知恵を絞って下さい。名ばかりの有力者会議だなんて笑いものにされたくはないでしょう?」

「そうは言っても、ロージィの世話だってほとんど任せきりだったしな」

「そういや、人型たちの様子に変わりはないのか。普段、ロージィの近くにいるのは奴らじゃないか」

 ロンベルンの人間を駄目にしている原因とも言えるのが人型という存在です。魂を持たない人間の偽物で、どうしてか私たちの代わりに畑を耕してくれます。

 彼らは森に多く生息していますが、昼間は町の方にも下りてきて、意味もなく彷徨い歩いて帰っていきます。総じて従順で、簡単な命令なら理解して実行してくれますから、町では重要な労働力として歓迎されています。昔は少なかったけれど、近年になって増加中だとか。

 地域によって差はありますが、単純な仕事は人型にやってもらうというのが一般的になってきています。ロンベルンなんかはその典型で、仕事はなるべく彼らに任せて自分たちは昼間からお酒を飲んで騒いでいるという訳です。ロージィの管理も彼らに頼りきりでしたから何かしらの原因になっている可能性は高いと言えるでしょう。

「あっ、もしかしてこれは人型さんたちの逆襲じゃないですかね。今まで仕事を押し付けていた分の付けが回ってきたんですよ」

「何だと、そんな馬鹿な……!?」

 戦々恐々の大人たち。くすりと笑ってやったらなぜか怒鳴りつけられてしまいました。

「ほんの冗談じゃないですか。大丈夫ですって、ちゃんと人型の監視はしているはずですし、そもそも彼らは無害な物。逆襲とか復讐とかを考える頭もなければ、そういう感情を抱くことだってあり得ませんよ」

 だからこそ多くの町が彼らを受け入れているのでしょう。子供学校でもそう習いましたし、実際に彼らの目を見れば人間よりも機械に近い存在だということは誰にでも理解できるはずです。

 普段なら酒の肴になっているような話なのに、今日ばかりは本気で考えてしまう。ロージィの異変が、それだけ町の人間に重く圧し掛かってきているということでしょう。

「まあ、念のため、一応監視を強めておいた方が良いかもしれませんね。今後はそちらの線でも聞き込みをしていきましょう」

 解決に繋がるかは分かりませんが、何もしないよりはましでしょう。役員たちの顔付きも少し変わってきています。これで役に立つ意見が出てきてくれれば良いんですけどね。そうならないのがロンベルンという町の人間なんです。

「他に気になることはないですかね。最近、何か変わったこととかありませんでした?」

「変わったことなんて何もねぇよ。ああ、何もねぇ」

 自分たちの身に火の粉が降りかかっているのに大したものです。彼は若頭のアイラット。事件と聞けば駆けつけていきますが、何をするでもなく大声で騒ぐだけの無能者です。だいたい、若頭なる役職がどういったものかも不明。エル・リール様はこういう輩にこそ天罰を与えるべきでしょう。

「アイラットさん、少しは考えてくださいよ。町の一大事なんですから」

「俺だって考えてんだよ。お前に言われるまでもなくな」

「そうですか、じゃあ頑張ってください」

 せめて考えている振りでもすれば良いのに大あくびをする始末。そのままアイラットはテーブルに顔を伏せてしまいました。

「そういえば……!」

「何かあったのかよ!?」

「いや、これは関係ないだろう」

 微睡に沈みかけたアイラットが跳ね起きます。思わせぶりな態度を取ったのは土産屋のエルヴィン。会議ではいつも会計を任されてる、ロンベルンの住人にしては珍しい真面目な性格の人間です。

「些細なことでも教えてください。何かの切っ掛けになるかもしれませんから」

「実は最近森に魔物が増えてきたって、この間ジークの奴が言っていたんだ」

「そうなんですか、この辺りに魔物が出るなんて珍しいですね」

 魔物が出た時の撃退も当然修道士である私の仕事です。けれど、これはちょっと不思議なんですがロンベルンは森に囲まれている割に魔物の出現が少ない地域と言われているんです。実際に畑へ魔物が下りてきたのも数えるほど、私が魔物を懲らしめる機会もほとんどありませんでした。

 ロージィのことと関係があるかは分かりませんが、これは重要な情報かもしれません。魔物の出現が作物に何かしらの影響を与えていると考えることもできますし、少なくともこの町を取り囲む環境が普段とは違う状態にあることは間違いないようです。

「魔物の種類とかは分かりませんよね。というか、どうしてジークベルトさんは森のことを知っているんでしょう?」

 ジークベルトは町の有名人。昼間から仕事もせずに喧嘩に明け暮れているいわゆるゴロツキという奴で、誰彼構わず喧嘩を吹っかけていく狂人として名が通っています。

 普通の人は森になんて入ろうとしませんが、何か特別な用事でもあったんでしょうか?

「魔法修行という奴じゃないかな」

「えっ、あの人魔法使いだったんですか?」

「なんだ、嬢ちゃんは知らなかったのか」

 全くの初耳ですが、周りの反応を見る限りロンベルンでは良く知られた話のようです。これは驚きました。ジークベルトには以前一度だけ話しかけてみたことがありますが、怖い顔をされたので、挨拶もそこそこに退散したことを覚えています。

「あまり町中で見かけないとは思っていましたけど、そういう理由だったんですね。てっきり、他の町のゴロツキに喧嘩を売りに行っていたんだと思っていました」

 魔法使いならば人目を避けて修行に精を出すのも理解できます。実際に私がそうでしたし、静かな森の奥はもってこいの環境でしょう。

「それはそれで間違ってないよ。良く、他の町へ遠征に出かけているらしいから」

「ああ、やっぱりそうなんですか」

 私を除けば町で唯一の魔法使い。熱心な信仰者という感じはしませんが、一体どの派閥に属しているのでしょうか。気になる所ですが、今はロージィの問題について考えなくてはなりません。見ると、何人かが眉間に皺を寄せていました。

「あいつの言うことなんて、信用できるのかね?」

 いつもは大抵暴れ回っていますから、ジークベルトの評判は相当悪いみたいです。

「私はそんなに面識がないですけど、噂通り危険な人なんです?」

「ジークの野郎は気が狂ってるからな。だいたい魔法使いなんてのは頭のおかしい奴ばっかりなんだ」

「アイラットさん、私も一応魔法使いですからね?」

 どこかから失笑が聞こえてきました。腹が立ちますね。こういう場じゃなかったらロッドでぶん殴ってやっているところです。

 直情的にそう考えてしまって反省。無暗に手を上げたりしないって決めているんです。世間でもとても優しい修道士として通っているんですから。

「ジークはまぁ、何というか変わり者だからな。だが、嘘を吐くような奴じゃないよ。あいつにも色々あるんだ。町で喧嘩をしても後味が悪いと言っていたし、森を駆けまわっていた方が落ち着くんだろう」

 エルヴィンだけはジークベルトのことを信用しているようです。以前聞いた話では家が隣同士だとかなんとか。土産屋の仕事を手伝ってもらうこともあるようですし、随分と親交が深いみたいですね。町で一番の常識人と、ゴロツキが幼馴染で仲良し。これはちょっと面白いです。

「分かりました。後でジークベルトさんにも話を聞いてみましょうか。人型さんたちも森からやってきますし、森で起きた変化が回り回ってロージィの異変に繋がっているということもあるかもしれません」

 ジークベルトと関わるのは余り気が進みませんが、エルヴィンが間に入ってくれれば突然殴りかかられるということもないでしょう。まずは事件解決へ一歩前進です。

「……そういえば!!!」

「ちょっと、びっくりするじゃないですか!!」

 急に叫びを上げたのは材木屋のランディです。彼は今まで何の発言もしていませんでした。てっきり眠っているのかと思いましたが、そうではなかったようです。

「ランディさん、声が大きいです」

「頭のおかしい魔法使いといえば!!!」

 喧嘩を売られているような気がしましたが、私の気のせいでしょうか?

 このランディという人もジークベルトとは違った方面で森について詳しいはずです。森と隣接する町の外れに作業小屋を持っていて、そこで木材の加工をしています。

 材木を扱っているだけあって力持ち。人型に指示を出すだけかと思いきや、自ら斧を振るうこともあるというから驚きです。ちなみに町の工事に欠かせない樹液の収集も彼の役目。建物とタイルを張り合わせるのに必要ですから見かけによらず重要な仕事を任されているんです。

「マヤトーレだよ。少し前に町の近くをうろついていたらしい」

「ああ、森とは全然関係ないんですね……」

 ジークベルトの件と関連して森の話が出てくるかと思っていたので拍子抜け。そんな私の思いとは反対に、他の役員たちは驚愕の表情を浮かべていました。

「あの馬鹿女か!!!」

 犯人見つけたり。血気盛んなアイラットが椅子から立ち上がって叫びを上げます。ファン・ズーがテーブルを叩きました。温厚なエルヴィンですら拳を握りしめています。

「そうか、奴に違いない。どうして気づかなかったんだ!!?」

 全員が色めき立っています。もう森がどうだとか、ジークベルトがどうだなんて話は忘れてしまったかのよう。それだけマヤトーレというのが怪しい人物なんでしょう。

「マヤトーレさんですか。私、その人に会ったことないんですよね」

 森の魔女マヤトーレ。ロンベルンからさらに西、森の奥に住んでいると言われている魔法使いです。以前は良好な関係にあったようですが、町で放火事件を起こして立ち入り禁止になっているとか。私が来るよりも前の出来事なのでそれ以上のことは良く分かりません。

 人里離れた場所で暮らす魔法使いというのはそんなに珍しくありませんが、大抵は性格に何かしらの問題を抱えていることが多いと言われています。特別な力を持っているがために世間と上手く付き合っていくことができない者たち。そういう意味ではジークベルトも同類かもしれませんね。

「あいつはやべぇぞ。町中で魔法をぶっ放して大笑いしてやがったんだ」

「アイラットの言う通りだ。うちの料理を食べに来た事もあったが、あの女は金も払わずに出ていきやがった!!」

「ジョリーさん、落ち着いて下さい。血管が切れそうですよ」

「落ち着いていられるか。犯人は奴で決まりだ。間違いない!!!」

 あの放火魔が犯人に違いない、異変の原因はマヤトーレで決まり。もうそんな雰囲気になっていました。奴をどうやって懲らしめてやろうか。そういう声すら聞こえてくる始末です。

「決めつけるのはちょっと早くないですかね。町の近くで見かけたというだけで、ロージィ畑の中に入っていた訳でもないんですから、もう少し他の可能性も探ってみるべきでは?」

「そんな必要はない。あの女はこの私の料理を食べるだけ食べて不味いと言いやがったんだぞ。偉そうな態度も鼻にかかる。その上、町に火を放ったんだ。絶対に許せん!!!」

 どちらかといえば、食い逃げや放火よりも不味いと言われたことに腹を立てているように聞こえました。ジョリー・ジョリーの怒りに拍車をかけるようにアイラットが囃し立てています。普段は役に立たない癖に、こういう時ばかり元気になるんだから質が悪いです。

「ほらな、俺も最初からあいつが怪しいと思ってたんだ」

「さあ、殴り込みだ。奴の家も燃やしてやろう!!」

「いやいや、それは駄目ですって。何言ってるんですか。もしかして、酔っぱらってます?」

 喧騒の続く店内。これはもう駄目ですね。可能性が薄いような気がしなくもありませんが、取りあえずはマヤトーレを疑う方向で話を進めていくのが得策のようです。

 失敗したら失敗したで良いんです。結局はロンベルンの問題なんですから、住人である彼らが満足してくれるなら私としては何も言うことはありません。

「分かりました。じゃあ、マヤトーレさんが犯人ということで……」

 盛大な拍手が店内に活気をもたらします。今回の会議は大成功ですね。議長を務めた私も鼻が高いです。

「お前に拍手した訳じゃねぇからな」

「別に良いじゃないですか。こんなこと、滅多にないんですから」

「サイコロで決まった司会役だってことを忘れんなよ」

 若頭とかいう意味不明な役職の人間には言われたくありません。アイラットを無視して会議の総括に入ります。でも、その前にもう一つ決めておかないといけないことがありましたね。

「それで、どうやってマヤトーレを調べますか?」

「いや、そいつは……」

 さっきまで元気良く騒ぎ合っていたのに、急に静かになってしまいました。皆の視線が私に集まってきます。

「ええ、嫌ですよ。話を聞く限り危ない人じゃないですか」

「だからお前が行くんだよ。町で唯一の修道士だろうが」

 この人たちは修道士を何だと思っているんでしょうか。全員が行けという目をしています。色々と優遇されている分、こういう状況だと断り辛いんですよね……。

「分かりました。でも、一人じゃ嫌ですよ。誰でも良いから一緒に付いてきてください」

 どうせ誰も手を上げないでしょうから、こうやって言っておけば面倒ごとを回避することが出来ます。渋い顔色で互いを見つめる大人たち。このまま有耶無耶になってしまえば万々歳です。

「どうやら、皆さんお忙しいようですね。さすがの私も一人では荷が重いですから、今回はマヤトーレさんを調べるのは……」

「そうだ、ジークの奴を用心棒に連れていけば良い」

 エルヴィンが立ち上がりました。ロンベルンの良心だと思っていましたが、これは余計なことを思いついてくれましたね。

「そいつはいいや。俺たちみたいなのが付いて行っても、嬢ちゃんの足手まといになりそうだしな」

「いやいや、ちょっと待って下さいよ」

 反論しようとしましたが、その前に誰かが拍手を始めました。すぐに広がってもう決まったかのような雰囲気。この連帯感は何なんですかね。

「なるほどな。頭のおかしい奴には、頭のおかしい奴をってことか」

「ちょっと、今何て……。だいたい、あの人が私の言うことを聞くと思いますか?」

「そこは俺に任せとけ、奴は俺に借りがあるからな。ツケを帳消しにしてやるって言えば何でも言うことを聞くはずだ」

 ジョリー・ジョリーが胸を叩きます。ファン・ズーも同様の対応をすると名乗り出ました。どうやらジークベルトは至る所に借金を抱えているらしいですね。

「これは名案だ。しかも自分の損を顧みないなんて中々できることじゃない。帳消しにした分はジークの友人として私が支払いましょう」

 エルヴィンの心意気にまたも惜しみない拍手が響きます。もう後には退けない状況。今更、サイコロで決めようと提案しても誰も耳を貸してはくれないでしょう。

「おい、修道士。こいつは慈愛の心って奴だぜ。エル・リール様の教えの賜物だな」

「アイラットさん、調子に乗ってると今にぶっ飛ばしますからね」

 私を置き去りにして騒ぎ出す大人たち、その手にはもう杯が握られていました。もう会議は終了。事件解決も間違いなし。ここには酔っ払いしかいないみたいです。

「こうなったら自棄ミルクです!!」

 酒飲みに囲まれながら、私は注文したミルクをゴクゴクと飲み干していきました。ぞろぞろと入ってくる町の住人たち。どうせ聞き耳を立てていたんでしょう。私の方を見てにやにやと笑っています。

「もう、分かりましたよ。この事件を解決した暁には広場の真ん中に銅像を建ててもらいますからね!!」

 ああ、どうして私がこんな面倒な仕事をしなければならないのでしょう。口の周りを真っ白にしながら、私は心の中でエル・リール様を呪いました。


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