stage6_酔っ払い淑女 3
新たな武器を手にコルアナとの再戦が始まりました。迫りくる茨の触手をものともせず進んで行くジークベルト。飛び込んだ私とマヤトーレが冷凍爆弾を投げ込みます。
「やりました!! コルアナの触手がカチンコチンです!!!」
扉越しにシャロが歓声を上げています。作戦は大成功。そう思ったのも束の間、私たちを悲劇が襲いました。
「体を低くしろ、巻き込まれるぞ!!!」
凍り付いた茨の触手が次々と爆発していきます。その凄まじさと来たら、まるで大量の鉄屑を頭の上から注ぎ込まれたかのような想像を絶するものでした。
「もう少し早く言って欲しかったです!!!」
頭が吹き飛ばされるかと思いましたが、床に思い切り叩き付けられる程度で済んだのは幸いでしょうか。爆発慣れしているマヤトーレは上手いこと回避したようで、もう立ち上がって次の攻撃の準備を始めています。
「休んでいる暇はないぞ。すでに新たな触手が顔を出している」
次々と茨の触手が伸びてきます。その様子からは先ほどは感じられなかった慌ただしさ、焦りのようなものが感じられました。間違いなく私たちの攻撃が効いているんです。
「今が好機ですね。畳みかけます!!」
投げてはしゃがみを繰り返し、爆ぜていく氷の中に魔物人の影がないか目を凝らします。ジークベルトが正面を、マヤトーレが左側を、私が右側を制圧していくことで徐々に空白地帯が広がっていきました。
ついに壁の一部が露出し始めます。まるで牢獄のような窮屈な石造りの壁、装飾もなく地の素材が剥き出しのそれはどこか哀愁を感じさせました。
「おい、あそこに何かいやがるぜ!!!」
正面を突破し、手当たり次第に触手を殴りつけていたジークベルトが声を上げます。部屋の隅、赤い椅子らしき物が見えました。その間にあるのは妙に細かい密集した触手の束。茨がまるで人の足を形作っているかのようでした。
「コルアナさんですね。ついに見つけましたよ!!」
茂みの奥に向って冷凍爆弾を投げつけます。やったかと思いましたが、一斉に動き出した茨によって阻まれてしまいました。もう一発、そう思ってローブの内側に手を伸ばしましたが筒状の物はどこにもありません。夢中で投げているうちに手持ちの冷凍爆弾を全て使い切ってしまったんです。
「うおらああああああああああっ!!!!!!!!」
標的を見つけて駆け出したジークベルトに凄い勢いで茨の触手が襲い掛かっていきます。やはりコルアナはあそこにいる。必死の迎撃がその証拠です。
「ミステル、こっちを手伝え」
見るとマヤトーレの側の茨の量が凄い事になっていました。彼女も冷凍爆弾を使い果たしているようで火炎弓で相手をしています。恐らく一瞬で膨れ上がったのでしょう。コルアナは自分自身を囮に使い、その隙に反対側の触手を復活させていたんです。
「ぐああああああああああっ!!!!」
そうこうしている間に、コルアナ側の茨も勢いを増していきます。やはりこの再生力は驚異です。見る見るうちに中央に追い込まれる私たち、茨の海の中をジークベルトだけが必死に前へと泳いでいました。そしてついに、石のガントレットが敵を捉えたんです。
「食らいやがれっ!!!!!!!」
その光景を見て、私は以前マヤトーレが言っていたことを思い出していました。ジークベルトのギガトン・バニッシュは魔物にしか通用しない。人間相手に使えない魔法が、果たして魔物人に効くのだろうか?
答えは残酷でした。確かにコルアナ本体に触れていたはずです。けれど、その肉体は砂に変わらず、怒涛の勢いで押し寄せる茨の触手に押し戻されてしまいました。気づけばもう赤い椅子もコルアナらしき茨の足も見えません。
「畜生、どうして俺は……!!!」
「これは撤退だな。体制を立て直すぞ」
「分かりました!!!」
我先にと逃げ出しますが、この中では一番足が遅い私が最後尾です。でももう少し、もう少しで扉に辿り着くという所でやられてしまいました。横から伸びてきた葉っぱの触手に足を取られ、倒されてしまったんです。
「ひいいいいいいいいいいっ!!!!」
まさに絶体絶命。足を引きずられながらも、迫る槍の触手をロッドで払い除けます。けれど、その隙をつくように今度は別の茨が襲い掛かってきました。
「ミステル!!!」
「けほ、けほっ……」
強烈な鞭打ち連打に血の味を覚えます。必死でロッドを振ろうとした手を、新たな茨に絡め取られてしまいました。
「おい、何やってんだ修道士!!!」
もう駄目だと思ったその時に何かが飛んできました。自由になる手足。地面に転がっているのは銀色に輝くナイフでした。
「天使のお姉ちゃん、早く!!!!」
「シャロちゃん!?」
ロッドを振り回し、無我夢中で大広間へ飛び込んでいきます。振り返ると閉まっていく扉の隙間から槍の茨が一本飛び出してきました。
「いぐっ……!!」
肩を掠めて戻っていきます。これには戦慄。逃げ帰った私を迎えて、シャロが頬ずりをしてきました。
「はぁ、はぁ……。今度こそ死ぬかと思いました。私、生きていますか?」
「ああ、良かったです。本当に良かったです」
喉の奥がカラカラになっています。倒れればどんなに優秀な修道士もそこで終わり。生の喜びを噛み締めると同時に、私は強くエル・リール様に感謝の祈りを捧げました。
「今のって、シャロちゃんが投げたんですよね?」
「はいそうです。こう見えて、ナイフ投げは得意なんですよ」
「じゃあ、シャロちゃんにも感謝しなくちゃいけないですね」
思い切り抱きしめてあげます。気が動転してそれどころではありませんでしたが、正確に触手を切り裂いたナイフの腕前はかなりのもの。箱を使うだけが取り柄だと思っていましたが、こんな特技があるとは驚きです。今回は本当に彼女に救われましたね。
「私にもってどういうことです?」
「修道士には色々あるんですよ。兎に角、助かりました。ありがとうございます」
「えへへ、褒められてしまいました」
照れ隠しをするように、シャロが私の周りを飛び跳ねます。微笑ましい光景。けれど、今度も失敗してしまいましたね。あと一歩のところまではいったと思いますが、その一歩がとてつもなく遠く感じられました。
「それにしても、向こうが本気で触手を増殖させてきたら、普通のやり方じゃ対抗できませんよ。凄い速さで部屋が埋まってしまいました」
「冷凍爆弾を持ち込めるだけ持ち込まないと駄目だろうな。現状、奴を叩きのめすには、あれで押し切る他ないだろう。触手のあの爆発力、反撃を許したらそれまでだ」
マヤトーレの言う通りだと思いました。鍵になるのはシャロの持ってきた冷凍爆弾。あれを効果的に使えば勝利の道も見えてくるでしょう。そう思ったんですが、やはりエル・リール様は私に優しくないようです。シャロが申し訳なさそうな顔をして言いました。
「ごめんなさい、冷凍爆弾はあれで全部なんです。火薬庫にあった他の武器も誰かが殆ど使ってしまったみたいで」
「全く、どこの馬鹿がそんなことを!!!」
マヤトーレが声を荒げます。そういえばレミーニャがミノタウロスの中に爆弾を仕込んでいましたね。花火だと言って爆発する様子を楽しんでいましたから、多分その時に使ってしまったんでしょう。
「これは困りましたね。やっぱり諦めます?」
「はぁ!? 何を言ってやがる。諦めるわけねぇだろうが!!!」
必殺の魔法が通用しなかったというのに、ジークベルトの闘志は全く衰えていないようでした。空中に向って拳を繰り出して叫んでいます。反面、どこか無理をしているように見えるのも気のせいではないしょう。今回のことで証明されてしまいました。コルアナは勿論、今後戦うことになるかもしれない他の魔物人に対しても彼の魔法は効果を発揮しないんです。
「逃げちゃ駄目ですよ。お姉ちゃんだって、鞭で打たれていたじゃないですか!!!」
シャロがぴしぴしと腕を振ります。今にも鞭の音が聞こえてきそうですが、見た目が見た目なので可愛らしいだけです。彼女のためにも頑張りたいところですが、引き際を見極めるのも大切なことだと思いました。特に今回の相手は性格が悪いですから、捕まったら何をされるか分かったものじゃありません。
「それはそうですけど、今回は本当に……」
本当に八方塞がり。そう思いかけた、私の脳裏にある恐ろしい作戦が思い浮かび上がってきました。これならばコルアナを倒せるかもしれません。けれど、果たしてこれを実行して良いものか――。
「ええと、マヤさん。ちょっと相談が……」
怒りに震えるジークベルトに、元気良く腕を振るうシャロを見て決心が付きました。成功するかは分かりませんが、やれるだけのことはやってみようという気持ちになったんです。




