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stage5_客間を統べる者 5

 小部屋の迷路で出会ったのはミミックの少女シャロでした。胸躍る魔物人との邂逅。話を聞けば何でも箱を無くして困っているのだとか。

「なるほど、事情は分かりました。要は別の小部屋にある箱を取ってこれば良いんですね」

「そうです!! 天使のお姉ちゃん!!!」

 なんて可愛らしい生き物でしょう。やっぱり魔物人を悪と断定するのは間違っていますね。このまま町へ連れて帰ってやりたいと思いました。

 彼女の話はこうです。コルアナという別の魔物人が大切な箱を奪っていってしまった。箱は近くにあるけれど、守りが厳重で簡単には取にいけないと。

「大丈夫ですよ。こう見えて百戦錬磨の修道士ですから、必ずやシャロちゃんの箱を取り返してあげます」

「ちょっと待て、どうして俺たちがこいつの言う事を聞くんだよ。話が逆だろうが!!」

 勿論、最終的な目的のことは忘れていません。けれど、ここはまず先に相手の希望を叶えてやることが得策でしょう。これは都会での暮らしが長い私ならではの発想。情報を得るのはシャロの信用を確実なものにした後でも遅くはありません。むしろ、そちらの方が上手くいくはずです。世間に疎いジークベルトはそういう考えに辿り着けないかもしれませんが、例えば今の話から魔物人たちも一枚岩ではないという事が分かります。内部で仲違いをしているのなら、そこに付け込むのが定石というもの。シャロを手懐けておくことは後々重要な意味をもってくるはずなんです。

「それで、箱のある小部屋へはどう行ったら良いんですか?」

「今、教えますね。この部屋を出て右の扉、次の部屋を今度は左、その次は真ん中で、それからそれから……」

 説明が延々と続いていきます。すぐ近くだと言っていたような気がしますが、私の聞き違いだったでしょうか。早口で喋る言葉が呪文みたいです。

「次の部屋は扉が一つです。その次を右に曲がって、一番左……」

 ミミックジョークって奴ですかね。良くこれだけ覚えているものです。いくら何でも長すぎると思いましたが、どうやら本気のよう。頭の中の地図はもうぐちゃぐちゃ。私は相当に記憶力が良い方ですが、これはさすがに無理です。覚えられたら人間じゃありません。

「ふぅ、ここまでは分かりました?」

「ああ。だが、かなり時間がかかりそうだな」

「覚えられたんです!?」

 さすが天才を自称するマヤトーレ、ちょっと頭がおかしいです。とはいえ彼女が指摘したように、シャロの言う通りに進んでいったとしても到着までに結構な時間がかかってしまうでしょう。しかも、説明はまだまだ続きそうですからね。

「ええと、さっき近くだって言っていませんでした?」

「いつもは箱を使って移動していましたから、歩いたらちょっと大変かもしれません」

「何がちょっとだ、日が暮れちまうだろうが!!!」

 小部屋嫌いのジークベルトが地団太を踏みました。気持ちは分かりますけど、怒鳴ったってどうしようもありません。

「この人すぐ怒るから嫌いです……」

「ジークさん、駄目ですよ。シャロちゃんが怯えています」

 私の背に隠れて震えています。本当に可愛らしいと思いました。これは修道士でなくても守ってあげたくなるに違いありません。

「ごめんなさい。箱があれば送ってあげられるんですけど」

 その箱を取り戻しに行くのだから、無理な話です。チキンや水を出すことは出来るみたいですが、今はそれくらいで精一杯のよう。真面に立つことすらできないみたいです。そういえば、シャロは箱のことを足に例えていましたっけ。

「箱があれば良いんだな。分かったぜ、じゃあこいつだ」

 ジークベルトが衣装棚の引き出しを引っこ抜きました。確かに箱であることには違いないでしょう。だからって、こんな物を出してどうするつもりなんでしょうか。

「あー、それなら出来なくはないですね。さすがに全力とはいきませんけど、いつもの半分くらいの力なら出せそうです!!」

「えっ、そうなんです!?」

 どうやら本物の箱で無くても代用が効くようです。半分も力が出せるならそれで良いのではないかと考えてしまいますが、ミミックのシャロにとって箱は足らしいですからね。代用品のままというのも可哀想だと思いました。

「やっぱり箱の中は落ち着きます!」

 座り込むようにして箱に入ってしまいました。何だか不思議な力を感じます。歩くことすら出来なかったシャロですが、水を得た魚のように部屋の中を飛び跳ね始めました。それにどういう仕組みなんでしょう、着ている服が急にボロじゃなくなりましたね。

「ずっと動けなくて退屈だったんです。ありがとう、怖いお兄ちゃん!!」

「へっ、俺は何もしてねぇよ」

 シャロが嬉しそうで何よりです。ジークベルトも満更ではない様子。鼻の下を擦ってにやけています。

「それじゃあ、さっそく行きますよ。私の近くに集まって下さい」

 私たちが輪になると、シャロの入った引き出しが眩い光を放ち始めました。

「はい、到着です」

「もう着いたのかよ!!」

「転移魔法ですから」

 目の前には扉が一つ。そこから禍々しい邪悪な気配が漂っていました。

「コルアナが生み出した茨の触手で一杯だと思います。くれぐれも注意してください」

「触手を使う魔物人ですか。まあ、大丈夫でしょう。シャロちゃんは安全な場所にいて下さい。あとは私たちが何とかしますから」

 扉を開けた瞬間に襲い掛かってくるかもしれませんから、ここは事前の打ち合わせが重要になってくるでしょう。とはいえ、そんなに難しい事でもありません。私たち三人の得意分野を考えれば自ずと答えは出てきます。

「マヤさんは後衛をお願いします。私がフォローしますからジークさんは……」

「要するに、中の魔物を倒せば良いんだろうが!!」

 扉を蹴り開けてジークベルトが突っ込んでいきました。はい、それで合っていますよ。

「ぐあっ、何だこの野郎!!」

「ああ、さっそく触手にやられています」

 何も言わなくても危険な前衛の仕事を買って出てくれるんだから、本当にありがたい存在です。あとはもうちょっと慎重に動いてくれれば、色々上手くいくと思うんですけどね。

 シャロが目を覆っています。奥から伸びてきた触手に捕まって、ジークベルトは身動きが取れなくなってしまいました。

「畜生、ギガトン・バニッシュが使えねぇじゃねぇか!!!」

 手足を絡め取られています。食い込んだ棘が痛そうですが半分は自業自得。無視して中の状況を確認します。部屋の奥、半分ほどがうねる触手に埋め尽くされていました。一見すると木の枝のようにも見えますが、表面は棘だらけで所々に葉っぱのようなものも付いています。茨の森の中に盛り上がっている塊がありますね。あれがシャロの箱でしょうか?

「大変、串刺しにされちゃいますよ!!」

 葉の付いた触手の奥から飛び出てきたのは先の尖った鋭い触手でした。群れになってジークベルト目がけて突っ込んできます。

「全く、何をやっているんだ」

 マヤトーレの火炎の矢が触手に突き刺さりました。さらに続けて連射、今度はジークベルトの束縛を狙ったようですが効果が今一つ。ここは私が助けるしかないみたいですね。

「えいやっ!!」

 まずは茨の槍を払いのけます。鞭のような動きをする葉っぱの付いた触手に対して、尖った触手は直線的で単調な動きしかできないようです。

 こちらには棘も付いていませんでした。突くことに特化した形状になっているんです。

「いいぞ、ジークベルトを助け出せ」

 マヤトーレが火炎の弾幕を張っている間に、ロッドでジークベルトを縛っている触手を引き千切ります。結構力がありますね。油断すると絡め取られそうです。

「いいぞ、修道士。その調子だ」

「早く抜け出してください。こっちも厳しいです」

 火炎を抜けて尖った茨が体を掠めてきます。マヤトーレが矢継ぎ早に矢をばらまいていますが、炎に包まれても動きを止める様子はありません。

「植物のくせに燃えないなんて反則じゃないですか」

 葉っぱ付きの触手が伸びてきて、鞭みたいに体を叩いてきます。複雑な動きで避け辛く、しかも棍棒に殴られるような衝撃。思わずロッドを手放してしまいそうです。

「天使のお姉ちゃん、頑張れ。コルアナの触手なんかに負けるな!」

 シャロの応援に背を押されるように、モルゲンロッドで茨を引っ張ってやります。マヤトーレの炎が鋭さを増しました。寸分たがわぬ正確さで、ジークベルトの手首へ向かって火炎が連射されていきます。

「厄介だな。だが、私に不可能はない!!!」

「無茶苦茶しやがる。だが、これで右手が開いたぜ!!!」

 手首を伝う一滴の血。それは燃やすのではなく、切り裂くための一撃でした。

 ジークベルトが力任せに左手の拘束を引き千切っていきます。いつもの魔法が効いているようで、掴んだ部分が脆くなり砂のように変化していきました。

「よし、そのまま触手を砕いていけ。ミステルは陣魔法を試してみろ。いつまでも力比べをしているんじゃない」

 ジークベルトに周囲の触手を引き受けてもらい、パリン・シールド・ドゥームを展開。持って数秒ですが、その間に陣魔法の準備を終わらせてしまいます。

「一旦退避、それからエンジェル・フープ・カノンです」

 砕け落ちる光の破片に包まれながら、天使の一撃を叩き込みます。密集した茨の触手は光に飲み込まれ、もがき苦しむようにその体を震わせました。

「効いています!?」

「わぁ、天使のお姉ちゃん凄いです!!」

「今が好機、箱を取り返しますよ!!」

 がむしゃらに突き進むジークベルト。彼に茨の触手が集中している隙に横を素早く駆け抜けていきます。

「モルゲンロッドに光が宿る。全力、ライト・インパクトです」

 これでもかという程に魔力を注ぎこんで、モルゲンロッドを振り回します。私は回りました。尖った触手を打ち砕き、こちらの動きを封じようとしてくる鞭の触手を巻き込んでいきます。

「もう誰にも止められませんよ。食らえ必殺、エターナル・モルゲン・ブーメラン!!!」

「まるで、お星さまです!!!!!!」

 あまりの勢いにすっぽ抜けたロッドが激しく飛んでいきました。その様はまさにシューティングスター。触手を引き千切り、壁に跳ね返りながら小部屋を飛び回っていきます。壁から剥がされる触手の群れ、そこに隠れるように脈打つ球体が埋まっていました。

「弱点が見えたな、切り裂いてやる。ファイア・アロー・クロスシュート!!!」

 マヤトーレの火炎の矢が低い軌道を疾走していきます。弧を描き急上昇。刃を振るうような軌跡を描き、球体型の触手を深々と抉り込みました。

「やりました!! でもロッドが止まらないです!!!」

「何だ、この音は。うるせぇ!!」

 耳を劈くような嘶き。触手たちが悲鳴を上げているんです。

 始まる猛攻。最後の足掻きと茨の触手が迫ってきます。けれど、私は慌てませんでした。武器を失っても私には心強い仲間たちがいるんです。激しさを増す攻撃をジークベルトが食い止めてくれました。マヤトーレの火炎が弱った触手たちを焼き払っていきます。 

 やがて茨の触手は掃討され、部屋には空っぽの箱だけが残りました。シャロが引き出しから飛び出して、両足を突っ込みます。

「皆さん、本当にありがとうございました。もう取り戻せないと思っていたから、凄く、凄く嬉しいです!!!」

 眩い光が小部屋を包み込みます。何も入っていなかった箱の中には金貨や宝石、煌びやかな装飾品が詰まっていました。そしてそこから体を覗かせるシャロはまるでお姫様のような美しい衣装を身に纏っていたんです。

「おお、こりゃ凄げぇや……!」

「シャロちゃんが、まるで遠い所へ行ってしまったみたいです!!」

 今までボロ布を纏っていたのが嘘のよう、貧民が一夜にして貴族の仲間入りをしてしまったかのような衝撃。けれど、こちらが彼女本来の姿なのでしょう。

「本当にありがとうございました。そうだ、これを受け取ってください。皆さんとの友情の証です」

 箱の中から金貨を取り出して一枚ずつ分けてくれました。初めて手にする魔物人の金貨。これは一生の宝物になりそうです。

「ミミックから財宝を貰うのは縁起が悪いって言いますけど、あんなのは嘘ですから大丈夫ですよ」

「それ、初めて聞きました。どうせなら知らないでいたかったです」

 無くさないようにポケットに入れておきます。これでシャロの問題は一段落。そう思ったんですが、箱が戻ってきて活気に満ち溢れているんですかね。続けてこんなことを言い出したんです。

「それじゃあ、次はコルアナ本人を懲らしめに行きましょう!!」

 箱が光りを放ち周囲の景色が一辺します。どうやら強制的に転移させられてしまったみたいです――。

「ちょっと、待って下さい。私たちは別に……」

「おい、ここは!!」

 そこは見覚えのある部屋でした。広い部屋、天井にはシャンデリアがあって、奥の方にオルガンが置いてあります。

「あれ、大広間じゃないですか!?」

「やっと小部屋の迷路から解放されたな」

 迷宮の中には変わりありませんが、妙な安心感を覚えてしまったのは何故でしょうか。少なくとも敵地だとは思えませんでした。とはいえ、まだまだ厄介事は続きそうですね。

「コルアナはあの扉の向こうにいます」

 シャロが指さしたのはアデルから鍵を貰って通った扉、客間へと続く道だったんです。


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