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stage5_客間を統べる者 4

 小さい頃の私は家が好きで、両親曰く滅多に外に出ようとしない子供だったと言います。今でこそ活動的ですが、昔は隅っこで考え事をしたり、借りてきた昔物語の本を眺めたりするのが楽しみな、どちらかと言えば物静かで引っ込み思案な女の子だったんです。

 私の部屋は天井の下、元々は物置に使っていた場所がいつしかお気に入りの場所になっていました。多分、高い所が好きなんでしょう。高くてちゃんと天井のある場所。今だって良く展望台に上っていますが、外の景色を見ているよりも座り込んで壁や天井を眺めていることの方が多いくらいです。

 屋根が近くにあるというのは落ち着きます。立ち上がると頭をぶつけそうになるくらいが丁度良い。最初は窮屈に感じるかもしれませんが、これが意外と居心地良くなっていくんです――。

「ちょっと、可哀想じゃないですか?」

 哀れ、謎の少女はジークベルトに叩き起こされ、家具で作った檻の中へと放り込まれてしまいました。逆さにしたテーブルの脚の上にベッドを乗せ、その前後を椅子で囲っただけという簡単な造り。考案したマヤトーレは満足げですが、今にも崩れてきそうでちょっと心配です。

「見た目に騙されるなよ。油断してると噛みつかれるぜ」

「そうだな、今のうちに歯を抜いてしまうか」

 さらっと物騒なことを言うから困りもの。驚いた少女が跳ね上がって天井に頭をぶつけてしまいました。

「そんなに怖い顔しなくても良いじゃないですか。ここは平和的に話し合うべきです」

「馬鹿を言ってんじゃねぇ。こいつは魔物人だぜ」

「それはそうでしょけど……」

 こんな場所に普通の女の子がいるとは思えませんからね。それに、何やら邪悪な気配が漂ってきます。角も尻尾も生えていませんが魔物人で間違いないでしょう。でも、向こうから襲ってくる様子もありませんし、話を聞くだけならこんな喧嘩腰でなくても良いと思いました。

「それにな、こういうのは最初が肝心なんだよ!!」

「たたた、助けてぇ……!!」

 無駄に威嚇しているせいで、少女は完全に委縮してしまっています。兎に角怖い顔をすれば上手くいくと思っているんでしょう。まさにゴロツキの本領発揮、子供を泣かせたら右に出る者はいませんね。

「おい、この迷宮のことを色々と教えてもらうぜ。ええと、まずはなんだっけな?」

「はぃ!! ええと、えっと……!!」

 全身汗ダラダラ、ヒィヒィ言って頑張っています。対するジークベルトも緊張しているようで自分が何を聞きたいのかもきちんと整理できていないよう。しばらく言い淀んでからとんでもないことを言い始めました。

「あのロンベルンヒトクイドリを使って空からロージィに細工をしていたことは分かってるんだ。鳥を操ってるのは誰か言ってみな?」

「おい、こいつは何を言っている?」

 ロンベルンヒトクイドリだなんて、そんな魔物がいたこと自体すっかり忘れていました。彼はあの鳥が新種の魔物でこの迷宮が発生源だと考えているようですが、それは多分間違っていると思います。何たって魔物図鑑で似たような鳥の魔物を見たことがありますから。

「ジークさんも緊張しているんですよ」

「鳥なんて知りません。本当です。ああ、でもチキンを食べました!!」

「そんなことは聞いてねぇ。ロージィがどうすりゃ元に戻るか言えってんだ!!!」

「ロージィなんて鳥、私は知りません。本当です!!!」

「馬鹿野郎。鳥の仲間じゃねぇよ!!!!」

 もう何が何だか分からなくなってきました。今度は何を思ったのか、庭園で見たという翼の生えたゴブリンについての質問を始めています。ジークベルトにこういう役回りは無理なようです。少女の方も失神寸前。そろそろ助けてやろうかと思いましたが、その時不思議なことが起こったんです。

「そうだ、チキンです。チキンをあげるから許してください」

 少女がそう言うと、何もなかった空間から茶色っぽい物が降ってきました。とっさに矢を放とうとしたマヤトーレがその手を止めます。香ばしい匂いにあの独特の形、それは間違いなくチキンだったんです。

「何だこりゃ、こいつが出したのか?」

 ジークベルトが拾い上げ、匂いを嗅いでいます。そのまま、何の躊躇もなく噛り付きました。警戒心剥き出しで少女に接していた癖に、毒の心配を一切しないとは大したものです。

 よもや死んだかと思いましたが、取りあえずは大丈夫そう。美味しそうな顔をして頬張っているからこっちまで涎が出てきてしまいます。

「あの、欲しいですか?」

「えっ、私にもくれるんですか!?」

 思わずごくりと唾を飲みます。目の前に現れた迷宮チキンの誘惑はすさまじく、罠の可能性を疑いながらもころりと手を出してしまいました。そういえば、昔物語でこんな話がありましたね、腹をすかせた修道士が、毒入りのパンを食べて死ぬという何とも嫌な話が――。

「このチキン、とっても美味しいです!」

 まあ、結果として死ななければ別に良いんです。変な感じは全くしませんし、カリッとしていて香ばしい。町の料理人ジョリー・ジョリーより腕が上なくらいでしょう。

「あのう、マヤさんも食べませんか?」

「私はいらない。肉と野菜は食べないんだ」

 屋敷では果物の料理をご馳走してもらいましたけど、マヤトーレは結構な偏食家だったみたいですね。私たちがチキンを食べる様子を珍しい物でも見るように眺めています。

「毒は入っていないようだから安心しろ」

「へぇ、どうしてそんなこと分かるんです?」

「私はそういう神から力を授かっているからな。それよりもジークベルト。貴様、そのチキンと同じ物を食べた覚えはないか?」

 マヤトーレの信仰する神様についても興味がありますが、どうやらもっと重要な話があるようです。私もこれと同じチキンを食べたことがないか思い出してみることにしましょう。

「町の料理屋や酒場で出てくるのとは違いますよね。美味しいんですけど、ちょっと独特な味付けというか」

「そういやそうだな。だが、確かに最近食った味だ」

「大広間の隣の食堂、貴様が勝手に食べていたアデルの食事。あれもチキンだったと思うが?」

「おお、そうだぜ。あの時と同じ味だ。間違いねぇ!!」

 そういえば、そんなことがありましたね。あれは守護者であるアデルのため迷宮に潜む何者かが出してくれていたものでした。アデルは管理者だと言っていましたが、少女が同じ料理を出したということはつまり――。

「食べてもいないのに、良く気が付きましたね」

「見た目と匂いで分かる。気が付かない貴様らの方がおかしい」

 ジークベルトを押しのけて、マヤトーレがテーブルとベッドの隙間を覗き込みます。彼女ならきっと上手くやってくれるだろう。安易にそう思いましたが、それは大きな間違いでした。

「私の質問に正直に答えるんだ。さもなければ、足を吹き飛ばすからな」

「ごめんなさい、今私足がないんです」

 いきなり物騒なことを言い出すから、恐怖で混乱してしまったんでしょう。ボロ布からはしっかりと素足が見えていました。

「こいつ、さっそく嘘を付きやがった!!」

「ひぃ!!」

 怒鳴る男に、首を傾げる女。少女の頭上を火炎の矢が通っていきます。

「ああ、済まない。訳の分からないことを言うから手が滑ってしまった」

 絶対にわざとです。この人もジークベルトと同じ、子供相手の会話には全く向いていないよう。そもそも物心ついた頃からレミーニャと森で二人暮らしをしているということでしたから、他人と話をする経験が絶対的に足りないのかもしれません。

 ここは適材適所。修道士にとって、この手の仕事は慣れたものです。少なくとも他の二人よりは上手に出来る確信がありました。

「私が代わります。こんな時こそ私の出番、修道士として日々子供の相手をしていますからね!」

 まず少女と視線を合わせます。ゆっくりと頷き合い、彼女の牢獄の入り口、椅子をどかして中へ入りました。

「ごめんなさい。足はあるんです。でも、箱を取られたから動けなくて」

「箱ですか?」

 やはり怯えているのでしょうか。要領を得ない少女の言葉。私はその手を取ってぎゅっと優しく握りしめました。

「大丈夫ですよ。私はミステル・テトマイヤ、修道士です。貴方のお名前は?」

「……シャロ・ミミックです」

 茶色の瞳が涙に濡れています。名前を聞いてピンときました。

「ミミックと言えば有名な魔物ですね。でも、私が見た図鑑では箱のような格好をした姿で載っていましたけど」

「ああ、それは普通のミミックです。私は凄いミミックだから皆とは違うんです」

 少しだけ少女が笑みを見せました。誇らしげに胸を張り、それからちょっと恥ずかしそうに下を向きます。

「守護者の子が食事を出してもらっていたみたいですけど。もしかして、あれはシャロちゃんが?」

「はい、こう見えて客間の管理を任されているんです。大広間は隣ですけど、あの子のお世話も私の仕事だと思って」

 迷宮ではなく客間のという所が気になりますが、色々知っていそうな相手に出会えたのは幸運でした。この子がアデルの言う管理者。苦労して走り回った甲斐があったという物です。

「ああ、ここって客間だったんですね」

「そうなんですよ。あの子は久しぶりのお客だったから張り切っていたんです。だけど……」

 急に悲し気な顔になって俯いてしまいました。私は修道士としての経験から直感します。この子は何か問題を抱えているのではないかと。

 どうやって探りを入れていくかが悩みどころでしたが、これはチャンスかもしれませんね。恐怖で従わせるのではなく、手を貸して懐柔する。それが利口なやり方って奴です。

「困ったことがあるなら相談に乗りますよ。チキンを貰ったお礼もしたいですし、折角こうして出会ったんですから仲良くなりたいです」

 良くもまあ、こうも簡単に適当な台詞が出てくるものです。自分自身で呆れそうになりましたが、これも才能の一つでしょう。

 魔物人と仲良くしようだなんて、教会から背信者扱いされかねない発言。慈愛を強調しているエル・リール派でさえ魔物は悪と断定していますから、普通なら口が滑ってもこんなことは言いません。

 けれど、私は並みの修道士とは違います。だいたい手引書や、教会の教えは古いんです。こんな状況を想定しているとも思えませんし、魔物人だって今はもういないと考えられていたくらいなんですから。

 神の教えが不変だと考える者もいますが、そんなことはありません。各派閥の記録を辿ってみれば、実際は時代によって移り変わっている物だということがはっきりと分かるでしょう。こうして彼女と出会い、話をしてしまった以上、今までの考え方なんかもう通用しないんです。

「さっ、話してください。私たちが力になりますよ!!」

「ありがとうございます。実は私、箱が無いと上手く力が使えないんです。今じゃせいぜいチキンを出すくらい。それも全部あいつが……」

 私の胸の内など知りもせず、ミミックの少女が語り始めます。その顔に希望の笑みを浮かべて、まるで救世主を見るかのように。


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