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stage5_客間を統べる者 3

 あてもなく小部屋を彷徨い、自らの過ちに気が付いて急いで駆け戻る。まるで自分が迷い人にでもなったかのような気分でした。

 何をやっても上手くいかない、どうすれば救われるのだろうか?

 こうしていると彼らの不安な気持ちが手に取るように分かってきます。目を閉じて闇雲に、けれど必死にもがきながら、彼らは地を這うようにのたうち回っているんです。

 そう考えて、現代の腐った教会の活動を見ると本当に反吐が出そうな気分になります。私たちはどこで間違えてしまったのか、信仰者を増やすのは決して勢力を拡大するためではありません。本来の目的は右も左も分からない彼らに救いの手を差し伸べること。そのはずなのに……!!

 走って最初の小部屋に戻り、修道士的思考に没頭しながら家具という家具を滅多打ちにしてやりました。皆鬱憤が溜まっていたよう。破壊活動は盛大に行われ、火炎と木片が小部屋という小部屋を覆いつくしたんです。

 もしも傷つけられない家具があれば、そこに何らかの仕掛けが隠されているはず。私たちの素晴らしい作戦に穴はありませんでした。それどころか、まるで塔の横に塔を建てるかのように、新たな作戦が同時に発動されることになったんです。

 血気盛んな私たちに油を注いだのはハピートリガーでした。これが第二の塔です。ジークベルトが庭園の様子に気づいたのは彼が特殊な精神状態にあったから。完璧に再現するには彼を爆破しなければなりませんが、それは修道士的に罰点です。ならばと、私の魔法で皆の気持ちを上向きにしてやりました。いつもと違うことには変わりないですから、上手くいけばこれで抜け道か何かが見つかるかもしれません。

「何だか、見えない物が見えてくるような気がします。それに、凄く楽しい気分です。物を壊すのがこんなに楽しいなんて知りませんでした!!」

 町のゴロツキたちが意味もなく蹴飛ばしたり殴ったりする理由が分かったような気がしました。酒場の椅子は座るためにあるのではなく、投げるためにある。酔っ払いが言っていた戯言が今では世界の真実のようにさえ思えてきます。

「おい、何だこのベッドは凄げぇ跳ねるぜ!!」

 ジークベルトがベッドに乗ってピョンピョン飛び跳ねています。天井に頭をぶつけてもお構いなし、元々頭が悪い人なので、これ以上悪くなる心配もないでしょう。

「部屋が並んでいるというのも存外悪くないかもしれんな。見ろ、一直線になっているから纏めて撃ち抜けるぞ!!」

 マヤトーレが開いた扉に向って矢を放っています。あちこちで爆発が起きているので、隠れているトカゲの魔物たちも泡を吹いていることでしょう。

 私もモルゲンロッドをクルクルと回してやりました。それからサイクロン・モルゲン・ブーメラン。最初は普通に放っていたんですが、聖なる力を込めてからひょいと投げてやると、壁に当たってどこまでも跳ね返るんです。偶然にも新しい技を開発してしまうあたり、やはり私には才能があるみたいです。

「食らえ必殺、エターナル・モルゲン・ブーメラン!!!!」

 こんなに楽しい気持ちは生まれて初めてかもしれません。けれど、時間は瞬く間に過ぎ去っていきます。暴れに暴れた私たちを待っていたのは、いつか見た別れ道と全て元通りになった吐き気のするような小部屋の迷路でした。

「結局何も見つからなかったな。それに、物凄く疲れた気がする。やはりあの魔法は封印しておくべきだろう」

 仕掛けも抜け道も見つけることができないまま、杖倒しをした小部屋まで戻ってきてしまいました。ハピートリガーの効果も切れて、何だかもうしょんぼりです。

「もう一回、ロッドを倒してみましょうか。気休め程度にしかならないかもしれませんけど」

 エル・リール様にお祈りして道を示してもらいます。まずは右の扉、もう一度やってみると左の扉に向って倒れました。

「これだから修道士って奴は!!」

「私は悪くないですよ!!」

 悪いのはエル・リール様です。思えば、今まで何度も何度も騙されてきました。女神なんて所詮は幻想、最初から期待したら駄目なんです。

「どうしましょうか。さすがにこれは、途方に暮れそうですよ」

 目の前には二つの扉。振り返ると、延々と続く小部屋の道が広がっています。泣きたい気持ちになりましたが、ふと目を凝らすと通り過ぎた小部屋の床に何やら光っている物が見えました。

「あれは、何ですかね?」

「小部屋だろ。見なくても分かるぜ」

「そうじゃなくて、床に何か落ちているみたいです」

 これが迷路攻略の重要な鍵になる。私はそう直感しました。いくつかの扉を潜って光る物の正体を確認しに行きます。

「あっ、指輪です!!!」

 光って見えたのは金色の指輪でした。真ん中に小さな黒い宝石が付いています。

「貸してみろ」

 マヤトーレが宙に放り上げました。素早く弓を生み出して連続して火炎の矢で貫きます。私はその様子を目を凝らして観察しました。固そうな指輪なので傷がついたかの確認は難しいかと思いましたが、弾かれるような火炎の動きで簡単に判断することが出来ました。この指輪は特別な物に違いないようです。

「やりました!! 私たち、見つけてしまいましたよ!!!」

「どうやら、燃やした服か何かの中に入っていたらしいな。危うく見落とすところだった」

「それで、この指輪をどうすりゃ良いんだよ?」

 そんなこと言われたって私にも分かりません。指輪なんですから、取りあえずつけてみるのが正解でしょうか。

「私が嵌めてみます。ちょっと大きいですね……」

 魔法がかかっていたようで指に通すと、縮んで私の指にぴったりの大きさに変化しました。同時に何かが割れるような感覚。どうやら、マヤトーレの矢を弾いた防御魔法が解かれてしまったようです。

 かざしてみたり、宝石を覗き込んだりしてみましたが、特に何かが起こるということもありません。もしかしたら、扉が複数ある部屋でこそ効果を発揮する道具なのかもしれませんね。昔物語で似たような話がありましたから。

「正解の扉を指し示す道しるべに違いありませんよ」

 それにしても、指輪の持ち主はどんな魔物人だったんでしょうか。少し気になりましたが、棚の中の服が燃えてしまっているので想像すらできません。

「さあ、聖なる指輪よ。私に真実の道を示し給え!!!」

 扉が二つある部屋に戻ってきてさっそく試してみます。エル・リール様の聖なる魔力を流し込んでそれらしい言葉を唱えてみますが、指輪は光りもしませんでした。

「これ、本当に意味があるんですかね?」

「知らねぇよ。お前が始めたことだろうが」

 試しに別の部屋でも色々やってみましたが効果は無し。何かの鍵になっているのかと思いましたが、それらしい反応は一切ありません。

「これは、また振り出しに戻ってしまったんでしょうか……」

「椅子やテーブルですら再生するようになっているんだ。指輪というのはそれ自体貴重な品だからな。特別な用途のあるなしに関わらず、強力な防御魔法がかけられていたとしてもおかしくはないか」

 マヤトーレの言う通りかもしれません。目の前に横たわる絶望。小部屋がこんなに恐ろしい物だとは思いもしませんでした。

「エル・リール様、今回の試練は厳しすぎます」

 無言で先へ進む私に、後の二人も何も言わず付いてきてくれました。次々と扉を開けて小部屋の迷路を進んでいきます。扉を引いて敷居を跨ぐ、そんな簡単な動作が酷く面倒で仕方がありませんでした。もう誰も、家具を触ろうとはしません。ジークベルトがトカゲの魔物を無視した時には、いよいよ来る時が来たかと思いました。

「はい、次。何もありません。次……」

 私は扉を開ける機械になっていました。もう部屋の様子なんか気になりません。だから椅子に座っている小さな女の子がいたって全く気にならないんです。

「ひぃ、誰か来ました!!」

「ひぃ、誰かいます!!」

 私も驚きましたが、向こうも同じだったようです。立ち上がって逃げるような素振りを見せましたが、足がもつれたのか転んでしまいました。それでも這ってベッドを乗り越えようとする少女の目の前へマヤトーレの火炎の矢が突き刺ささっていきます。

「ひいいいいいいぃ!!!!!!!!!」

 少女は泡を吹いて気絶してしまいました。明るい髪にボロ布のような服。外見だけなら子供と呼べるくらいでしょう。

「分かったぜ。こいつが小部屋脱出の鍵だ!!!!」

「そうですね。でもこの子は……」

 何となく邪悪な気配がします。けれど、角も尻尾も生えていません。人間か魔物人か、彼女の正体は果たして――。


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