stage4_天才庭師 4
庭園での戦いの後、私はすぐに横になって目を閉じました。もう全身が悲鳴を上げていましたから、固い床の上でもくっすりと眠ることができたんです。
「危うく締め出されるところだったぜ。誰も触っていないのに独りでに閉まりやがったんだ」
「そうですか、それは奇妙な話ですね」
目を覚ますと、何やらジークベルトが窓を叩きながら喚いていました。昨晩は殆ど眠らなかったと言います。何でも一人で庭園を探索していたのだとか。あんなことがあった後なのに良くやります。
「ちょっと仮眠をとって、もう一回外に出ようとしたら開かなくなってやがるんだ。最悪だぜ、折角新種の魔物を見つけたっていうのによ!!」
黒く焦げた垣根の山の下、翼の生えたゴブリンが埋まっていたと言いますが、真偽のほどは定かではありません。勿論、もう一度庭園へ降りようだなんて気にはなりませんでした。
「シャツに涎の跡が付いてますよ。やっぱり、夢の中の話なんじゃないですか?」
ジークベルトはその後もずっと窓の外を眺めていました。新種の魔物に余程未練があるのでしょう。どうせゴブリンと重なってインプが下敷きになっていたとか、そういう下らない話に違いありません。私は無視して、水道の水で顔を洗うことにしました。
「おはよう、昨晩は大変だったわね」
ジャブジャブと洗い、広間に帰ってくるとオルガンの椅子にアデルが座っていました。無事に回復したみたいで何よりです。私への感謝よりも先に、町へ帰るからと別れの挨拶を切り出してきたのはどうかと思いましたが。
「そういえば最近、ラッカに新しい遊び場ができたらしいですよ。メリーゴーラウンドと言って、何でも馬が回るんだそうです。ピカッと光るって話ですよ」
「それは楽しそうね。貴方にお似合いの遊び場だわ」
「今度、是非一緒に行ってみましょう。それから甘いデザートを食べるんです。知っていますか、今の流行りはチョコプリンって噂です」
「悪いけど、チョコは嫌いなのよ。食べたければ一人で食べて頂戴」
夜の庭園での戦いぶりを見ていればアデルが戦力になることは一目瞭然です。何だかんだ言って私には甘いですからね、無理に引き留めれば手伝ってくれるんじゃないかと考えましたが、中々首を縦には振ってくれませんでした。
「じゃあアデルちゃんはバニラです。二人で半分こして分け合うんです。これは楽しみですね。今のうちに新しい服を用意しておかなくっちゃ」
世間話をしながら心変わりするのを待つ作戦です。それに折角、真の友人になったのだから、女の子トークに花を咲かせるのは良い事だと思いました。
「それにしても、ロージィ人形ってのはどうなんですかね。あのへんちくりんな人形が流行るとは思えないんですけど、土産屋のエルヴィンさんもいよいよ焼きが回ったんですかね?」
軽い悪口は会話のエッセンスです。こいつは上級テクニック。失敗すると目も当てられない結果になりますが、相手が共感してくれたら儲け物、一気に距離が縮まること間違いなし。
「そういえば言っていなかったわね。あれは私が考えた人形よ。展望台に置いておいたらエルヴィンさんが町のマスコットにしようって言ってくれたの」
「へんちくりんですけど癖になる可愛さがありますよね。私も大好きです。あっ、もしかして人形のモデルはデルフィの獣たちじゃないですか。兎に豚に狼もいます」
「ミステル、悪いけれど私は町へ戻るわ。受付の仕事があるから、こんなところで無駄話をしている暇はないのよ」
人形を馬鹿にされたことが余程気に障ったのでしょう。私の手を振り切ってアデルは広間の外へ出て行ってしまいました。今日は展望台を開けるのが遅くなるから、その分終わりの時間を遅くするとか。
妙なところで律儀なアデルですから、今夜はこっちには帰ってこないかもしれませんね。
「さようなら、アデルちゃん。私の一番の友達。また展望台に遊びに行きますから、その時はきっと沢山お喋りをしましょう」
振り向いてもくれませんでした。しばらく残念な気持ちに浸っていましたが、動く人影を視界に捉えて気分を切り替えます。どうやら最後の一人、マヤトーレが起きたみたいです。
「おはようございます。マヤさん、昨日は大変でしたね」
「なに、大したことはない。少々体が痛むがこんなものだろう」
瞬く間に傷を治す私のコロリでも、溜まった疲労までは消し去ることが出来ません。エル・リール派の回復魔法の中にはその手の物もちゃんとあるんですけどね。肌に合わないのか、修業したけれど覚えることができなかったんです。
「おお、起きやがったな。ちょっと話を聞けよ、お前が滅茶苦茶にした庭園に何が倒れていたと思う?」
「それはもう良いですって、そんな事よりも……あのう、今後の迷宮探索についてなんですけど」
レミーニャの一件が解決したことで、マヤトーレが迷宮探索を進める理由はなくなってしまいました。もしも彼女が帰ってしまったら探索続行は一気に苦しくなってしまうでしょう。私の心配を察したのか、マヤトーレはこちらが聞く前に首を縦に振ってくれました。
「これも縁というやつだろう、せっかくだから最後まで付き合ってやる」
「マヤさん、ありがとうございます!!」
他にもレミーニャのような化け物が潜んでいるかもしれませんから、彼女が手伝ってくれるのは本当に心強いです。
「ああ、良かった。これで強い魔物が出てきても安心です」
「まあ、任せておけ。ロージィや黒いタイルのことも気になるしな。それに、レミーニャの事もだ」
「どういうことです?」
昨夜の様子を見る限りでは、互いに納得してのお別れだったように思えますが、何か気掛かりなことでもあるんでしょうか。立ち上がったマヤトーレが窓の方へと歩いていきます。ジークベルトと同様に開けようと力を入れていますが、鍵をかけられたのか全く動く気配はありませんでした。
「レミーニャの奴は明らかにおかしかった。元から変わり者ではあるがな、あれはそれだけじゃない。何か特別な理由があるんだろう」
「私は初対面だったので何とも言えないですけど、具体的にどうおかしかったんですか?」
「恋がどうだと言っていただろう。奴が恋愛などするものか。私以外の人間とは殆ど真面に話したこともないような人間だぞ。町へ買い出しに行く時だって、奴は適当な理由を付けて留守番を決め込んでいた。腹が痛いだとか、修業がどうだと言ってな」
「でもマヤさん、恋心というのは突然目覚める物ですよ」
「いいや、奴に限ってそれはない。私には確信があるんだ」
ちなみに私の場合は子供学校の一年目。勇気を出して素敵な彼に告白しましたが、顔が嫌いと言われ撃沈してしまいました。それからは恋愛なんてと思っていましたが、教会に所属するようになってからは数人の男性とお付き合いしたことがあります。
これは修道士としての修行の一環ですね。全員三日以内にこっちから振ってやりました。ちなみにエル・リール派は恋愛OK。エル・リール様は慈愛の女神と呼ばれていますから、拡大解釈して愛だの恋だのを奨励しているんです。
「ジークさんはどう思います?」
「知るか馬鹿野郎。テメェらだけで勝手にやってろ」
「子供みたいな人ですね。もしも好きな人が出来たら私にも教えて下さいよ。ちゃんと相談に乗りますから」
赤くなるのが面白いからちょっとからかってやりました。睨み付けられたのでこれ以上は何も言いません。田舎町のゴロツキらしく恋や愛には疎いんでしょう。何が恥ずかしいのか知りませんが、熱心に窓を調べている風を装って興味がない振りをしているんです。
「兎に角だ、奴は嘘を吐いている。だいたい、あんな男と付き合っていけるのは私くらいのものだ。仮に相手が魔物人だとしても三日と持たないだろう。私だって、拾ってもらった恩があるから仕方がなく……」
何となく向きになっているような気もしましたが、マヤトーレがここまで言うのならそうに違いないのでしょう。取りあえず納得することにします。それにしても気になるのは一緒にいた少女の方です。頭に角を生やした不気味な存在。あれはやはり魔物人なのでしょうか?
「あれって、やっぱり魔物人なんですかね……」
「纏う気配からして間違いないな。デルフィの村に石像があっただろう。姿形が随分と似通っていた。像が造られるくらいだ、奴こそがこの迷宮の支配者なのかもしれないな」
確かにマヤトーレの言う通り、何かしらの影響力を持った者である可能性が高いと考えられるでしょう。像の出どころが不明なので憶測にすぎませんが、私たちの追っている謎の真相に近い人物なのかもしれません。
魔物人と言えば悪の象徴。昔物語の中では人々を恐怖に陥れ、英雄に退治されるというのがお決まりのパターンですが、彼女から私たち人間に対する敵意のような物は特に感じられませんでした。レミーニャとも仲良くしているようですし、話せば分かる相手ならありがたいんですけどね。
「普通の人とは愛し合うことができないレミーニャさんだからこそ、魔物人である彼女と恋に落ちてしまった。そうは考えられませんかね?」
「ミステル、どうも貴様は奴が本当に恋をしていると主張したいようだな」
「恋愛相談はエル・リール派修道士の得意分野ですから。ロンベルンに来てからはご無沙汰ですけど、その手の話には私も敏感なんですよ」
「まあいい。何にせよ、あの魔物人に直接話を聞いてみる必要があるだろう」
マヤトーレが扉の方へ向き直りました。鍵がないと開かないというのに、ジークベルトが我先にと駆けていきます。やることもはっきりとしたので休憩終了。促されるまま、アデルからもらった鍵を差し込んで扉を開け放ちます。果たしてこの先に何が待ち構えているのか。警戒する私をあざ笑うかのように、誰もいない、がらりとした小部屋が姿を現したんです。




