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stage3_塔の槍使い 3

「貴方たちはっ……!!?」

「あれ、アデルちゃんじゃないですか」

 扉から現れたのは見知った顔の少女。彼女の名はアデル。ロンベルンに住んでいる数少ない私のお友達です。

「ミステル、知っているのか?」

「私の親友です。展望台で受付をやっている子ですよ」

 アデルは驚いた様子で固まっていました。私もはっとしてしまいます。ハンカチに縫い込まれていたA・Lの文字。フルネームが何だったかは忘れてしまいましたが、AはアデルのA。きっと多分、恐らくそうに違いありません。

 これはどういうことでしょう。なぜ彼女がこの迷宮に現れたのか?

 混乱する頭を落ちつけながら、私はあくまで冷静に素知らぬ顔で探りを入れてみることにしました。

「そうだ、アデルちゃんに謝らないといけないことがあるんです。ハンカチに鼻水をつけてしまいました。仕方がなかったんです。本当です!!」

「ミステル・テトマイヤにマヤトーレ。なぜ貴方たちがこの場所に?」

 ハンカチを拾って渡そうとしましたが、アデルは受け取ってくれませんでした。怖い顔をしています。そりゃそうですよね、自分のハンカチに鼻水をつけられたら誰だって頭に来ますよ。

「ごめんなさい。ちゃんと綺麗に洗って返すべきでしたね。今から洗ってきます。向こうに水道がありますから」

「アデルとやら、貴様は一体何者だ。ここは展望台ではなく危険な魔物の巣窟。まさか、こんな場所で受付の仕事をするつもりではないだろう?」

「迷宮で受付なんて、アデルちゃんはそんな馬鹿な子ではありませんよ。夜中にトイレに行こうとして、ふらふら歩いているうちにここまで来てしまったんですよ」

 マヤトーレが訝しそうな目でこちらを見ています。そりゃそうですよね、いくらなんでもそんな馬鹿はこの世界に存在しないでしょう。私だって茶番を演じてアデルの反応を観察しているだけなんです。

 いつもの彼女と同じなら良いですけど、この迷宮に入ってきた時点で普通の町娘ではないと考えた方が賢明でしょう。今だって明らかにこちらを警戒しているよう。半円を描くようにしてゆっくりと広間の奥へと移動していきます。

「滑稽だな、貴様の友人はあんな格好で眠るのか?」

「私も気になりましたけど、マヤさんだって下着みたいな格好で寝てたじゃないですか」

 革の鎧にスカート、ブーツを履いていますが、普段町で見る服装とは全然違います。あんな格好が流行っているなんて話は聞いたことがありませんし、間違っても寝間着ということはないでしょう。

「いや、やはりおかしい。見てみろ、手に持っているのは武器じゃないか?」

 オルガンの前まで歩いて、アデルはこちらへと顔を向けました。その手になぜか槍が握られています。

「決まりだな。奴はこの迷宮の関係者だ」

「そんな馬鹿な事ありえません。だって、アデルちゃんですよ」

 槍を持っているのは不思議ですが考えてみれば簡単です。あのオルガンは妙な動作をしていましたから、私たちが鍵盤を押して扉の装飾をカタカタ言わせた結果、偶然あそこを通りがかったアデルの手に槍が投げ込まれたということなんでしょう。

 いや、さすがにありえませんか。やはりアデルはこの迷宮の関係者のようです。ほら、何やらそれっぽいことを話し始めましたよ。

「私は聖域の守護者アデル。この地に足を踏み入れた者には容赦しないわ。立ち去りなさい。さもなければ、バーニャル・コーダが牙を剥くことになるわよ!!」

「素敵な黒槍です。禍々しい瘴気が出ています。それも、よく見ると動物の形をしているじゃないですか」

 ウサギやブタの影が黒槍に纏わりついているのが見て取れます。あれはマヤトーレの火炎弓と同じ魔法で生み出した武器でしょう。アデルが魔法使いだったなんて話は聞いたことがありませんでしたが、迷宮の関係者というなら納得です。昼は展望台の受付人。夜は迷宮の守護者なんて中々どうして格好良いじゃないですか。

「バーニャル・コーダ。デルフィの獣か。知っているぞ、夜中に森歩きをしていた人間が、魔物とも獣ともつかない黒い影に襲われたと。デルフィに伝わる昔物語だ」

「さすがマヤさん。何でも知っていますね」

「さっき書庫で見たんだ。妙な古代文字ばかり中、数少ない読める本だったからな」

 鍵を探していたはずが、どうして本なんて読んでいたんでしょう。気になりましたが今は追及しないことにします。問題はアデルをどうするかです。守護者というなら倒さなければ先へ進めないのでしょうが、彼女は掛け替えのない私の親友ですから。修道士的に考えてもできれば争いは避けたいところ、ここは話し合いで解決するべきでしょう。

「アデルちゃん話を聞いてください。私たちはロージィの異変を解決するためにここへやってきました。決してこの聖域を荒らすためではないんです」

 聖域というのがどういう意味を持つのかは皆目見当も付きませんが、こういう時は相手に話を合わせておくのが得策でしょう。お互いの目的が理解できれば妥協点の一つも見つかるはずです。

「ロージィの異変ですって?」

 ロージィと聞いてアデルの顔つきが変わりました。彼女もロンベルンの人間なので当然の反応。それに展望台から眺める景色と言えば、せいぜいが色変わりしたロージィ畑くらいです。真剣に受付の仕事をしていた彼女だからこそ、この問題には人一倍関心があるはずなんです。

「貴方たちの目的は分かったけれど、ロージィとこの場所にどんな関係があるっていうのよ?」

「今回の異変を引き起こしている元凶が、この迷宮のどこかにいるかもしれないんです。私たちはそれを調べに来ました」

 町長の依頼書を見せながら、迷宮の出現した時期と、異変の始まりが合致することを説明します。もしもアデルがこの迷宮のことを詳しく知っているのなら、事件解決に関わる重要な情報を握っているかもしれません。

「出来れば私たちに協力して欲しいです。奥まで案内してくれれば後はこっちで何とかしますから」

 そして、できればあの黒いタイルについても。相手が相手ですから、ここは聞き出せるだけ聞いておかなければ損だと思いました。

「それは無理な相談だわ。私だってこの迷宮のことは良く知らないんだから」

「ええっ、どういうことです?」

 守護者を名乗っている癖に良く知らないとは。思わず素で反応してしまったじゃないですか。

 私の疑念が伝わったのか、アデルは急に忙しない素振りで髪を触り始めました。

「仕方がないでしょ。ここは長いこと封印されていたんだから。私は守護者だから、他の人よりは早く入れたけど。それでも自分の受け持ちを把握するので精一杯だったんだのよ」

「その守護者っていうのが良く分からないです。アデルちゃんは誰かに頼まれて守護者をやっているんですか?」

「さあ、知らないわ。私の家は代々ここの守護を任されてきたの。お爺ちゃんのそのまたお爺ちゃんの……いいえ、もっと昔からね」

 要するに訳も分からずにこの迷宮を守っているということでしょうか。情報を聞き出そうにも、向こうが何も知らなければどうしようもありません。何という役立たず。それなら適当にあしらって帰してしまうべきでしょう。

「アデルとやら、もしや貴様はデルフィの生き残りか?」

「いいえ、私はロンベルンの人間よ。けれど、父さんと母さんはデルフィの出身で……、病に苦しみながら私に精霊術を伝授してくれたわ。もう一族の使命を果たせるのは私だけなの。だから、私は絶対に負けられない!」

 そんな家庭事情は知りませんでした。まあ、私には関係ないですけどね。同情なんかしていたら修道士の仕事は務まりません。マヤトーレも似たような境遇のようですが、彼女もそんなことで手を抜くような性格はしていないでしょう。

 それに、精霊術なんてのも冗談みたいな話です。恐らくはデルフィ村の魔物崇拝が生み出した間違った知識を植え付けられているのでしょう。実際にはどこかの神様から力を受けて魔法を使っているのに、自分で理解できていないんです。

「まあ、事情は色々ってことですね。分かりました。取りあえず茶番は終わりです。心苦しいですが私にも修道士としての使命がありますから、やり合うというなら親友のアデルちゃん相手でも容赦はしませんよ?」

 むしろ、アデルの方が流されやすい性格をしていますから、ちょっと押してやれば泣いて戻っていくに違いありません。こちらが正しいと捲し立ててやれば良いんです。

「ロージィを失えば町がどうなるか、アデルちゃんにも分かりますよね。だいたい守護者の使命だなんておかしな話ですよ。ここが封印されていたと言いますけど、ならアデルちゃんのお爺さんは何もない村の端っこを守っていたってことですよね?」

 少し前までは普通のタイルしかなかった場所ですから、仮に迷宮の出現場所を知っていたとしても、森の小道を守るだけなら畑から案山子を引っこ抜いてきて、脇にでも刺しておけば十分でしょう。

 当たり前の質問をしたはずなのに、どうしてかアデルは目を吊り上げて怒ってしまいました。

「お爺ちゃんを馬鹿にするな。やっぱり、貴方のことは気に食わないわ。勝手に人を友達呼ばわりするし、他にも色々とあるんだから!!」

「別にアデルちゃんのお爺さんを馬鹿になんてしていません。ちょっと案山子っぽいって思っただけじゃないですか!!」

 つい口が滑りました。頬を膨らませたアデルが地団太を踏んでいます。歳はそんなに変わらないはずですが、妙に子供っぽいところがあるんですよね。その癖、お姉さんぶった口調で喋るから可愛らしいんです。

「お爺ちゃんはね、例えこの聖域が封印されていても使命を果たすために守り続けてきたのよ。他の村人から馬鹿にされたこともあったかもしれない。それでもずっと休まず道の端っこに立ち続けたの」

 私の友人は一体全体、何を言い出すんですかね。多分大半は妄想の類なんでしょう。私にも経験があるから分かります。自分だけの役目だとか使命だとかいうのは人をヒロイックな気分にさせる効果があるんです。

 アデルは急に涙ぐみました。拳を震わせて熱く語り始めます。聞いているうちにこっちが恥ずかしくなりそうな馬鹿らしいエピソード。恐らくは彼女の幻想、作り話。けれどどうしてか、じんわりと胸の奥に熱い物が染み渡っていくような気持ちになってしまいます。

「流行り病で人がいなくなって、それでもお爺ちゃんは端っこに立ち続けたというわ。作物が腐っても、家畜の鶏が骨になっても。たった一人で代々続いてきた役目を全うしたのよ!!!!」

 アデルのお爺さんは、迷宮に入ることすら出来なかった。入り口の魔法陣を目にすることもなく死んでいった。彼の行為を間抜けだと笑う人もいるでしょう。けれど、私は笑いませんでした。その姿は実に修道士的で、幼い日の私が思い描いていた未来の私とどこか重なって見えたんです。

「両親に話を聞かされた時は驚いたわ。自分たちの代で終わりにしても良いってそう言ってくれた。でも、私は私の運命だって受け入れたの。難しいバーニャル・コーダだって使いこなせるようになった。そして私の目の前に魔物人様の像が現れた。扉が開かれたのよ。ついに使命を果たす時が来たの!!!!」

 禍々しい黒い瘴気が唸り声を上げたような気がしました。それは幻聴だったかもしれません。アデルの気迫が私にそう感じさせたんです。

「ロージィのことは私だって残念に思っているわよ。けれど、この大広間は私の聖域。私がそう決めたの。誰一人として突破させるつもりはないわ」

 アデルがスカートのポケットに手を突っ込みます。自らの決意を証明するように、金色の鍵を取り出して見せました。


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