stage3_塔の槍使い 1
物探しの仕事は修道士ならば誰もが一度は通る道と言って良いでしょう。盗まれた靴から道に迷った子供の捜索まで。物だろうが人だろうが頼まれれば何でも探し出しますが、これは何も面倒事を任されているという訳ではありません。新たな信仰者を獲得するため、少しでも評判を集めるための作戦なんです。
下っ端の修道士というのは言わば何でも屋さん。彼らの小さな仕事の積み重ねが水面下での勢力拡大に繋がっていきます。ラッカのような都会では教会も乱立していますから、他の派閥に負けないようどこも躍起になっているんです――。
「よし、始めますか」
私にも下積みの時期がありましたから、物を探すのは大得意です。
まずは広間の隅、テーブルの傍にある飾り戸棚を調べることにします。変に邪推して訳の分からない場所を調べるのは素人がすること。慣れた人間はシンプルに正解へと辿り着くんです。
背の高い上品な戸棚の前へ。透明な板の向こうにグラスが見えます。その下に並ぶ四つの引き出し。中身は殆どスプーンやフォークばかりでしたが、最後の一つにだけ変わった物が詰まっていました。
まずはハンカチが一枚。丁寧に丸められた布の束と、それから裁縫道具でしょうか。針や糸、布切れや綿が入った箱が見つかりました。
「A・L……?」
ハンカチにそう縫ってあります。持ち主の名前でしょうか?
「貴重な古い時代のハンカチでしかも名前入り。愛好家に売りつければ結構な値段がつくかもしれませんね」
ごくりと唾を飲みました。思わず周囲に目をやってしまいます。人様の物を盗むなんて、修道士としては絶対に許されない行為でしょう。けれど、持ち主はどこにもいませんし、迷宮といえば財宝が付き物ですからね。
「駄目です、駄目です。絶対駄目です」
普段は考えもしないことを思いついてしまうのは、迷宮という特別な場所にいるからでしょうか?
私の中の良心と悪意が殴り合いの喧嘩を始めました。人は欲深い生き物です。けれど私は修道士、鋼の理性を持っているんです。
「ああ、良心の方が負けそうですよ。このままじゃ不味いです……」
とっさに機転を利かせ、ハンカチで鼻をかんでやりました。これで骨董品としての価値も一気に下がったことでしょう。見事、自らの欲に打ち勝つことができたんです。
「ふぅ、すっきりしました。エル・リール様も大喜びでしょうね」
ハンカチを畳んで元に戻します。こんな馬鹿なことをやっている場合ではありません。さっそく布束や裁縫セットを調べてみますが鍵らしき物の姿は見当たりませんでした。どうやらこの飾り戸棚は外れだったようです。
「可能性を一つ潰してやりました。さて、お次はと……」
テーブルや椅子の下、燭台の溝なんかも注意深く確認しますが、やはりそれらしい物は発見できませんでした。マヤトーレが一度探しているはずですから、そう簡単に見つかる場所には置いてないのかもしれません。
「やっぱりあそこが一番怪しいですね」
広間の奥、扉の横に置かれたオルガンに目を向けます。教会のパイプオルガンよりは背が低いですが、凝った装飾が施されていて格式の高さを感じさせます。あからさまなので敢えて調べていませんでしたが、この部屋で一番目を引く物と言ったらこれしかないでしょう。
「良く手入れされています。埃も付いてないですし、誰か使う人がいるんですかね?」
試しに鍵盤を叩いてみると綺麗な音色が部屋中に響き渡りました。
しっかりとメンテナンスされているようです。しかし、外の世界ならそう考えれば良いとしても、ここは迷宮の中ですから、そもそも埃なんてものは溜まらないのかもしれません。
「レミーニャさんの足跡なんかも残ってはいなさそうですね」
マヤトーレの話では、迷宮内の物を傷つけても元に戻ってしまうとのこと。ミノタウロスとの戦いの跡も綺麗さっぱり無くなっていますし、多分、汚れや足跡も同じなのでしょう。
試しにオルガンの椅子を壊してみることにしました。思い切りモルゲンロッドを叩き付けます。
「絨毯を燃やした時と同じですね」
小さな破片が消えていき、同時にゆっくりと椅子が直っていきます。それを見て、私は一つ名案を思い付きました。
「オルガンも粉々にしてやりましょう」
中に鍵を隠しているならそれで分かるはずです。モルゲンロッドを振りかぶります。叩き付けると、手に強い衝撃。思わずひっくり返ってしまいました。
「えぐっ……オルガンにやられました!?」
攻撃を跳ね返す魔法でもかかっていたんでしょうか。簡単にロッドが弾かれてしまいました。その上、倒れた先には直りかけの椅子の足が。剥き出しのそれが背中に突き刺さったから痛くてもう泣きそうです。
「ぐすっ、私としたことが、エル・リール様の教えを忘れていました」
無暗に物を壊してはならないのです。
反省して、取りあえず鍵盤を叩いてみることにします。これは以前聞いた話ですが、ある教会の一室にあるオルガンは、鍵盤を決まった順番に叩くことで隠し扉が開くという仕掛けになっているのだそうです。子供が偶然にも正解を引き当てて、中にあった秘密の財産が見つかってしまったのだとか。もしかしたら、今回もそれと似たような感じなのかもしれません。
「子供は何を弾いたんでしたっけ?」
オルガンなんてほとんど弾けないんですけどね。物は試し、探り探り知っているメロディを奏でていきます。しばらくそうやっていると、書庫の方からマヤトーレが戻ってきました。
「騒がしいと思って様子を見に来てみれば。ミステル、貴様は一体何をしているんだ?」
「鍵盤が何かの装置になっているんじゃないかと思って調べているんです。知っていますか、ある教会で隠し部屋が見つかったという話があるんです!」
「強欲な司祭が弾劾されたという奴だな。貴様の考えも分かるが、その方法では時間がかかりすぎるだろう。他を探す方が賢明だと思うぞ」
マヤトーレの言うことは最もでしょう。仮に方法が合っていたとしても、組み合わせが膨大で、しかもどれだけ弾けば良いか分からないですからね。けれど、それ以前に私には一つ、とても気がかりになっていることがありました。
「鍵なんて本当にあるんですかね。少なくとも広間にそれらしい物はなさそうですけど」
これが昔物語の中の話ならば、扉を開くための鍵がどこかに隠されているというのは様式美、お約束という奴です。けれど、現実の迷宮で果たして都合良く鍵など用意されているものでしょうか?
「貴様の言うことは理解できる。だが、レミーニャの奴は恐らくこの先へ進んでいる。迷宮の外にいると言われればそれまでだが、近隣の町は全て調べたからな」
どうやらマヤトーレには確信があるようです。疑っても仕方がないのでしばらくは探索を続けてみようと思いました。
けれど、果たして本当に見つかるのでしょうか。だんだんと自信が無くなっていきます。探し物が得意だと言っても、修道士の専門は無くした物に限られますから。意図して隠されている物を探す機会なんて普通はありません。こんなのは完全に畑違いでしょう。
「なら、もうちょっとだけ弾いてから他を探してみます。そういえば、さっきロッドでオルガンを叩いてみたんですけど、魔法がかかっているみたいで弾かれちゃったんです」
「価値のある物を守るのは当たり前だろう。例えば本棚は壊せるが、魔導書は焼くこともできない。恐らく特別な防御魔法が働いているんだろう」
驚いてくれるかと思いましたが、マヤトーレも既に知っている情報だったようです。
私はオルガニストになった気分で指を滑らせます。特に変化は起きませんでしたが、美しい旋律に耳を澄ませていると、途中で妙な違和感を覚えました。
「あれ、扉の方で何か鳴っています?」
鍵盤の右側、端の方を叩くと何やらカタカタと音が鳴るんです。微かに聞こえるそれは扉の方向から響いているような気がしました。
「どうしたんだ?」
「これはもしかすると……!」
「何だ、何だ。何か分かったのか?」
調べてみると右から六つまでの鍵盤を押した時だけ、カタリと音が鳴ることが判明しました。その部分だけを何度も繰り返し、色々な順番で押してみることにします。
「あれれ、何も起こりませんね。もしかして、もう扉が開いていたりして」
引いたり押したりしてみますが、扉の鍵は締まったままです。けれどこれは怪しいと思いました。マヤトーレに扉を見てもらいながら、色々な順番で鍵盤を叩いていきます。
「また駄目ですか、絶対に何かのスイッチになっていると思うんですけどね」
この辺りの考え方はラッカで暮らしていたからこそでしょう。これでも鉄屑技師の娘ですから、機械仕掛けの細工は見慣れたものです。
あれこれ悩みながら試した結果、ついに私たちはオルガンと扉に施された仕掛けを発見することができました。重要なのは鍵盤と、それから扉の装飾でした。
「この部分を見て下さい。六枚の板が並んでいます」
扉の装飾の一部が六つに仕切られています。その並び方がどこか不自然、それぞれ高さが違っているんです。
「どうやら、特定の鍵盤を叩くと板が上下に動く仕組みのようだな」
一番右の鍵盤を叩くと一番右の板が動く。鍵盤の順番と動く板の順番が一致していたんです。こうなると後は簡単。装飾の板を特徴的な並びになるように動かせば扉が開くに違いありません
「よし、いいぞ。私が指示を出すから鍵盤を叩け。まずはそうだな……」
扉の向こうには何があるのか、期待しつつ鍵盤を叩きます。今回は私の大手柄、知恵と経験が遺憾なく発揮されてしまいました。
「これは違うな。次だ」
最初に試した並びは外れだったようです。まあ、構いません。仕組みが分かっていれば正解に辿り着くのも難しくはないでしょう。叩く鍵盤は右から六つ。板は上下にしか動きませんから手当たり次第に試したってそれほど大変ではありません。
そのはずなのに、何がいけなかったのでしょうか。私がどれだけ鍵盤を叩いても、扉は頑なに閉じたまま、決して開いてはくれなかったんです。
「マヤさん、次は……?」
「駄目だ。全て試したが開く様子がない!」
怒ったマヤトーレが扉に矢を浴びせました。物凄い火花が散りますが、ここにも魔法が働いているようで傷一つ付きません。
「この方法で絶対合ってると思ったんですけどね」
「残念だが外れだな。こんな話を聞いたことがある。どこかの教会にあるという変わった鍵の付いた宝箱の話だ。その宝箱には数字の書いてある回転する板が取り付けられていたのだが……」
本当の鍵穴は箱の底についていて、間抜けな盗人が板と格闘している間に司祭が戻ってきてしまった。哀れ盗人は檻の中だとマヤトーレはそう話してくれました。
私たちが落胆していると、隅のほうで何かが動き出しました。
「ジークさん。やっと起きたんですか」
ふらふらしているので手を貸してやります。まだコロリの反動が抜けきっていない様子。倒れて頭でもぶつけられたら面倒です。
「おお、修道士。こいつは一体どういうことだ。ミノタウロスの野郎はどうした。マヤもいなぇな、やられちまったのか?」
「マヤさんはそこにいるじゃないですか。ゲロを吐きすぎて頭がおかしくなったんじゃないですか?」
これもオルガンの椅子と同じなんでしょう。かなり酷いことになっていたと思いますが、ジークベルトの吐瀉物は影も形もなく消え去っていました。
マヤトーレはと言えば、憂さ晴らしのつもりか、シャンデリアに向かって思い切り矢を放っていました。私は花火を眺めつつ、記憶の飛んでいるジークベルトに気絶した前後のことを教えてやることにしました。




