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stage2_ミノタウロス 4

 倒しても湧き上がってくる魔物の群れ、果ての霞む長い廊下。永遠に続くかとも思いましたが、それもようやく終わりのようです。突き当りに大きな扉が見えます。炎と砂の飛び交う中、私は懸命にロッドを振るい前へと進みました。

「やりましたね。私たち頑張りました」

 振り返ると綺麗な通路が広がっています。そこには魔物もいなければ、黒い淀みだってありません。

「忘れるなよ、ほとんど俺が倒してやったんだからな」

「そうだな、貴様は良く倒れていたな」

 何かをやり遂げたような達成感と、次なる戦いへの期待に胸が高鳴ります。今日の私は本当に好戦的。どんなに優しい修道士も、町を離れると勇敢な戦士に変わってしまうんです。

「この扉の向こうに何が待っているんですかね?」

「前と同じなら大広間だ。中に入るとデカブツが襲ってくるから覚悟しておけ」

 どうやらまた魔物と戦うことになるようです。どんな敵が姿を現すのやら。意味もなく指をポキポキ鳴らしてやります。

 大扉には美しい装飾が施されていて、左右は柱のようになっていました。私の想像する神々の楽園が丁度こんな感じ。魔物人が住んでいるという割に中々良い趣味をしていると思いました。

「おっ、あれはミノタウロスじゃねぇか!?」

 扉の隙間を覗き込みながらジークベルトが大はしゃぎしています。

 上半身が牛に似ていて、下半身は人間。町を荒らし回っては人々を恐怖へ陥れ、最後には英雄に打ち倒される。良く読み物や劇の題材にされているミノタウロスですが、実際に見たことがあるという人はかなり限られてくるでしょう。

 力が強く、獰猛で残酷な魔物だと言われています。そして何より、子供も泣き止むネームバリュー。まさに魔物界のトップスターです。

「自分だけ狡いです。私にも見せてください」

「まあ待て、騒ぐと気づかれちまうだろうが」

 押し合い圧し合いしながら中の様子を覗き見します。ジークベルトが邪魔で良く見えませんが、確かに牛のような顔をした魔物が立っています。手には大きな斧を持っていますね。

「本物のミノタウロスです。魔物図鑑で見るよりも大きな感じがしますね」

 下手をすればロンベルンの民家と同じくらいの背丈でしょうか。逞しい両腕に厳つい角。町に戻ったら自慢話ができそうな、実に立派なミノタウロスです。

「貴様らは何をやっている。さっさと扉を開けろ」

 そう言って、マヤトーレがジークベルトを蹴り飛ばしました。見た目より軽い扉だったのでしょうか。衝撃で全開になってしまいます。

「こっちを見ましたよ!!」

「さあ、始めるぞ」

 ミノタウロスの巨体が迫ってきます。立ち上がったジークベルトに向かって、大斧を一閃。何とか防御したようですが、いきなり壁まで吹っ飛ばされてしまいました。

「ジークさんがやられてしまいました!!」

 続けてこちらに向かってきます。突然のことに私はもうパニックです。ロッドを前に出しますが、足がガクガクで動けません。

「ミステル、しっかりしろ!!」

「ひぃい……!!」

 今までハピートリガーに頼ってきた反動でしょうか。自分でも不思議ですが体が言う事を聞いてくれません。

 魔法を使う暇すらありませんでしたが、マヤトーレが矢を連射してミノタウロスを怯ませてくれました。突撃の勢いが弱まった隙に、さっと横へ回避です。

「取りあえず距離を取りましょう。三人で挟み込むんです」

「一人、隅の方で倒れているがな」

「テメェのせいだろうが、馬鹿野郎!!」

 マヤトーレは右、私がミノタウロスの後方に位置を取ります。起き上がったジークベルトが左へ回れば包囲網が完成しますが、さすがは有名な魔物。ミノタウロスは反撃の余裕を与えてくれませんでした。

「私の方へ来るか、愚か者め!!」

 巨体はマヤトーレの方へ向かっていきました。移動しながら矢を浴びせかけていますが、止まる様子もなく突っ込んでいきます。

「マヤさん!!」

 とっさに床を蹴ってミノタウロスを追いかけます。斧を振り上げた隙を突いて、伸びる尻尾へと手を伸ばしました。捕まえて引っ張ってやります。

 私の唇はまだ震えたまま。勇気を出せたのは敵が背中を向けていたからにすぎません。思えば、こんな大きな魔物の相手をするのは初めての経験。纏わり付いてくる恐怖心はハピートリガーで消せるかもしれませんが、それでは駄目だとエル・リール様が私を見ていました。

「尻尾が動いています。まるで蛇のようです……」

 蛇のようというよりは、蛇そのものといった方が良いかもしれません。硬そうな鱗に長く伸びる舌、キラリと光る眼がこちらを睨みつけていました。

「気を付けろ、蛇の吐く液は猛毒だぞ」

「もっと早く言って欲しかったです!!」

 そうだと知っていれば後ろになんか回らなかったのに。魔物図鑑にだってそんな情報は載っていなかったと思います。私は必死で蛇を押さえつけました。素早く距離を取ったマヤトーレがミノタウロスの顔面を射撃します。

「もう無理、限界です」

 さっと手を放し、ロッドを拾い上げて全力で逃げ出します。ミノタウロスの怒りはどこへ向かうのか、マヤトーレの方を向いてくれれば良かったんですけどね。奴は逃げる私に狙いを定めたようでした。

「ひいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!」

 後ろから凄まじいプレッシャーを感じます。迫る恐怖に身が竦んで力が抜けてしまいそうでした。例えばゴブリンやオーク、奴らに群で囲まれてもここまでの威圧感を覚えることはないでしょう。やはりミノタウロスは別格。やられるかと思いましたが、そこへ反対側からジークベルトが突っ込んできました。

「牛野郎め、良くもやってくれたな!!!!」

 そのまま横っ面をぶちのめしてしまいます。剥き出しの左目、砂と血が舞い上がり、白っぽい骨が露出しました。

「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 その時、誰かに背を押されたような気がしました。あるいは心の中のエル・リール様が見えない手で私を突き動かしたのかもしれません。刹那の勝機、反転してモルゲンロッドを振り上げます。マヤトーレの射撃が背中を焼き、私のフルスイングがミノタウロスの脳天を捉えました。

「逃げる修道士だって牙を剥くんです。食らえ、ライト・インパクト!!」

 光るロッドが頭を砕く。アンデッドではないので魔法の効果は無いに等しいですが、モルゲンロッドはそれ自体が強力な鈍器です。巨体がどうと倒れました。当たり所が悪ければミノタウロスもこの有様、聖なる力の勝利です。

「やりました。有名なミノタウロスを倒しましたよ」

 嬉しさのあまり拳を握ってしまいました。三人で戦いましたが最後の止めを刺したのはこの私です。これは一生誇れることでしょう。

 思わず本心からエル・リール様に感謝しそうになってしまいましたが、何だが照れくさくなって口を噤みます。あれは私自身の勇気。女神の後押しなんて幻想にすぎないんです。

「油断するな。何かおかしいぞ」

 ミノタウロスの身体が小刻みに震えています。かなりのダメージを与えましたが、それにしても異常な動きでした。恐れ知らずのジークベルトが近づいていきます。とても嫌な予感がしました。

「止めておけ、何が起こるか……」

 その時でした。ミノタウロスの尻尾が急に激しく暴れ始めたのです。

「うおっ!?」

「ひぃ、危ないです!!」

 飛沫が飛んできました。大蛇が毒液をまき散らしながらのた打ち回っています。

「痛てぇ、俺のガントレットが溶けやがった」

「避難です。隅っこに逃げましょう」

 ビュービューと毒液が飛んできます。大蛇は随分と長い間暴れまわり、時には壁際まで液を飛ばしました。岩をも溶かす溶解液ですから、顔にでもかかったらもう最悪です。

「やっと終わりましたか。傍迷惑な魔物です」

「服を溶かされちまったぜ。最後に一発殴ってやる」

 馬鹿なジークベルトが近づいていきます。もう、マヤトーレも何も言いませんでした。ミノタウロスの身体の震えが大きくなります。奴にもう意識はないでしょう。けれど、敵を倒すという魔物の本能が最後の抵抗を試みたんです。

「何だこりゃ、凄げぇ震えてんな」

 突然の大爆発。ミノタウロスの身体が内側から膨れ上がりました。物凄い閃光が迸り、壁際にまで衝撃が伝わってきます。奴がこんな魔物だったとは、劇の最後がこれなら客も大盛り上がりでしょう。その分、チケット代を返せと言われるかもしれませんが。この爆発の結果、ジークベルトは死にました。本当は生きていますけどね。それはもう酷い有様です。

「ジークさん!!!!!!」

「驚いた。前に戦った時は爆発なんてしなかったんだがな」

 二人でジークベルトを引き起こします。エル・リール様の力を借りて一撃コロリ。まさか最上位のコロリを使うことになろうとは。取りあえず一命は取り止めることができるでしょうが反動で物凄い悪夢にうなされます。ゲロだって吐くでしょう。それはもう、死ぬほど気分が悪くなるんです。

「しばらく寝かしておけ。放っておけば勝手に目覚めるだろう」

「はぁ、本当に世話が焼けます。ここで一旦休憩にしますか?」

 綺麗な模様の付いた石床に、シャンデリアの輝く高い天井。隅の方には椅子やテーブルも置かれています。辺りには魔物もいないようですし、黒い淀みが発生する気配もありません。休むには持って来いの場所でしょう。

「いいや、鍵を探す」

「鍵ですか?」

 マヤトーレが正面を指さします。広間の奥、正面に扉がありました。

「なるほど、そういうことですか」

「あの扉には鍵がかかっている」

 腕が鳴ります。実は私、物を見つけるのは得意なんですよ。

「前来た時には見つけられなかった。レミーニャと二手に分かれて探していたが、その最中に奴が姿を消したんだ」

「もしや、レミーニャさんはこの辺りに?」

 あらためて大広間を見渡してみます。奥の扉の横、すぐ近くに絨毯が敷かれ、その上にオルガンが置いてあります。パッと見て怪しい場所はそこくらいでしょうか。

 テーブルと椅子、飾り戸棚。明かりはシャンデリアと、所々に並ぶ燭台の蝋燭、あとは窓から差し込む月の光、カーテンは開いていますね。それから広間から伸びる通路が二つ。左右それぞれ別の部屋へ繋がっているようです。

「あちらの通路は書庫へ通じている。向こうは食堂と厨房だ。私は書庫を探すから、貴様も気になる場所があれば調べてくれ」

「分かりました。取りあえず広間を探してみます」

 マヤトーレが右の通路へ消えていきました。魔物との戦いは一先ず休憩、私も鍵探しを始めましょうか。


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