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stage2_ミノタウロス 3

 どこまでも続く長い廊下に、空を切り取ったような荘厳な天井。

 この規模の建物はラッカでもちょっとお目にかかれません。良く磨かれた白亜の床に、均等に続いていく柱と壁。灯りらしき物は見当たらないのに、ずっと遠くまで明るい空間が広がっていました。

「よし、やっとここまで辿り着いたな。少々時間がかかったが、上出来だろう」

「前に来た時はどんな感じだったんです?」

「もっと早かった。レミーニャが前衛で私が後衛。奴が勝手に進んで行くから、私も適当に前進しつつ後ろから矢を撃ち込んでいた」

「それなら、今と一緒じゃねぇか?」

「全然違う。今回は私がお前たちの援護をしているが、レミーニャと組めば奴が私の援護をしてくれるからな」

 前衛が後衛の援護をする。どんな感じか想像できませんが、壁役として頑張ってくれていたという意味でしょうか?

 レミーニャも相当に腕が立つ魔法使いだったようですが、実際の所、マヤトーレのような天才を弟子に持つというのは師匠としてはどうだったのでしょうか。もしかしたら、彼女の壁になるのが嫌になって逃げ出したのでは。そんな冗談のような邪推をしてしまいます。それに教会では特にそうでしたが、上の人間が才能のある下の人間を羨み嫉むというのは良くある話です。

「組んでいると戦いは楽だったぞ。何も考えず、好き勝手に射ちまくっていれば良かったからな」

 楽しそうに笑うマヤトーレ。そこに厳しい上下関係だとか、師匠を尊敬しているような気持ちは全く感じられませんでした。

「しかし、良い眺めだ。視界が開けているというのは実に良い」

 目の前に広がる長い廊下を見ていると、自分が途方もない場所に来てしまったのだと強く実感します。前方で淀みが蠢き、何もなかったはずの床が次々侵食されていきます。これはかなりの数の魔物が出てきそうですね。

「前と同じなら大群が襲い掛かってくるはずだ。良かったな、貴様等の求めていた物だろう?」

「はあ、まあそうですけど」

 ゴブリンにインプにオーク、それからマーシーにケルビットの姿も見えます。

 無言で駆け出すジークベルトの背中に続き、私も魔物の群れの中へと突撃していきます。

 こちらに気づき、顔を見合わせるゴブリンたち。奇声を発する姿は、まるで会話をしているかのよう。中には手に凶器を持ち、布切れや防具を身に着けている者もいます。

 魔物とは戦うために生まれた存在。錆びた剣に、歪な形の肩当、片足だけに履いた足鎧。纏う衣服が不完全なのもそこに装飾性や、利便性を求めていないからでしょう。

 服を着ている魔物は、この迷宮に来るまで目にする機会がありませんでしたが、外の世界でも一定数目撃されていると聞いたことがあります。長い歴史の中で、人間と対立してきた彼らは、身から噴き出る瘴気を武器や防具へと変える力を獲得した。同族を屠る人間の英雄の姿を真似た結果だと言われていますが、せいぜいが出来の悪い盗賊のような装備です。

「手当たり次第に殴らないでください。こっちが大変になるんですから」

 ジークベルトが取りこぼした分を私が片付けていきます。傷を負った魔物は凶暴で、それこそ死に物狂いになるから質が悪いです。

 片翼になったインプが爪を立てて飛び込んできました。小柄ですが、全身が鋼のような筋肉に覆われています。ロッドを掴まれると厄介。例え絶命しても、地面に溶け落ちるその瞬間まで手を放そうとしないんです。

「数は多いが所詮は有象無象だ。手早く片付けていくぞ」

 足を止めたまま淡々とマヤトーレが射抜いていきます。次々に倒れていく魔物たち。今までは特に気にせず動いていましたが、私やジークベルトを避けて隙間を狙い撃つ技術はさすがの物。もんどりうって倒れたケルビットが、火炎に包まれて手を伸ばしています。

 揺らめく炎の中、赤い瞳がこちらを睨み付けていました。長い耳をしたケルビットはどこか兎を思わせる風貌、マーシーは猿に似ていて、四つ足で跳ねては囃し立てるように手を叩いています。

 ゴブリンを始めとした「人の魔物」に対して、彼らは「獣の魔物」と呼ばれています。昔物語の中では対立することもある両者ですが、こうして一丸となって戦う姿を見る限り、所詮は人間が考えた単なる外見上の区別に過ぎないのかもしれません。

 両手にガントレットを纏ったジークベルトが物凄い勢いで前進していきます。殆ど触れるだけで砂にしてしまっているようで、その推進力は相当なもの。彼が通った後には、身体に穴が開いた哀れな魔物たちが列をなしていました。

「ジークさん、ちょっと先行し過ぎです!!!」

 案の定、敵に包囲されて身動きが取れなくなっています。それでも前へ進もうとするから大したものですが、あれでは一人で戦っているのと同じです。やがては消耗して袋叩きにあってしまうことでしょう。

「人の話を聞かないんだから、あんなに囲まれたら厳しいですよ」

「頑丈なのも考え物だな。なんて馬鹿げた戦い方だ」

 マヤトーレが矢を飛ばしてなんとかジークベルトを脱出させました。距離が開いていますが、まだまだ射程の範囲内のようです。

「ジークベルト、こちらへ向かって走れ」

「ああ!?」

「いいから、早くしろ!!」

 高く弓を構えます。生み出されたのは槍のような巨大な矢。さらにその形状が変化して先端が大きく膨らんでいきます。

「姿勢を低くしろ、一気に燃やしてやる」

 空中に緩やかなアーチが描かれていきます。火炎はジークベルト頭上を飛び越えて、さらに魔物の群れを超えて、遥か後方に落下しました。轟音と共に熱波が押し寄せてきます。

「ファイア・アロー・エクスバーニング。見たか、これが天才の一撃だ」

 その威力は大爆弾です。奇抜な衣装を身に着けたマヤトーレが楽しそうにマントを揺らしています。見るも無残な魔物たちの姿。かろうじて動ける者もいましたが、再び走り出したジークベルトが瞬く間に蹴散らしてしまいました。

「これは良いですね。一瞬で片が付きましたよ」

「とはいえ、まだ先は長いぞ。無理をせずに進むことだな」

「ああ、分かったぜ」

 話を聞いているのかいないのか。次なる敵を求めるようにジークベルトが走って行ってしまいます。果たしてこの長い廊下の先に何が待っているのか。苦笑しつつ、気づけば私もその背中を追いかけていました。


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