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stage2_ミノタウロス 2

 魔法陣の向こう側はまさに別世界。蝋燭に照らされた仄暗い横穴を突き進み、並みいる魔物たちを次々に撃破していきます。

 坑道のような道が続くかと思えば、目の前に現れたのは石壁で囲まれた広い通路。そして、あちこちに広がる黒い淀み。危険地帯に足を踏み入れてしまったようですが、これくらいで音を上げていたら救世主になんてなれる訳がありません。連戦に次ぐ連戦で研ぎ澄まされていく修道士の本能。今や私自身が一本の杖となっていました。

「さあ、どんどん魔物を倒していきますよ!!」

 ロッドの先端に聖なる光を灯します。エル・リール派魔法術の基本中の基本。こいつは簡単な攻撃魔法で、特に対アンデッドでは抜群の効果を発揮します。

 狙う敵は褐色のインプ。筋張った翼で空を舞う厄介な魔物です。アンデッドではありませんが一向に構いませんでした。なぜなら、修道士という生き物は光を纏ってこそ輝くのですから。

「食らえ、ライト・インパクト!!!」

 辺境の迷宮に閃光が駆け抜けます。モルゲンロッドに叩き潰される華奢な体躯、独特の前傾姿勢で襲い掛かってくるインプを蹴散らして、次なる敵に狙いを定めます。

「グギャアアアアアアアアアッ!!!」

 獰猛なゴブリンも私の手に掛かればこの通り。そのまま流れるように前進し、目をぎらつかせて迫るオークの鼻っ柱をへし折ってやりました。

 突き出た牙の恐ろしさと、それを潜り抜ける時の疾走感。私を援護するように、マヤトーレの火炎の矢が魔物を吹き飛ばしていきます。昂っていく衝動に身を任せて眼前の敵を打ち倒していると、まるで浮遊しているかのような陶酔感に溺れていきました。 

「大したものだ。やはり私の目に狂いはなかったな」

「いえいえ、マヤさん程じゃありませんよ」

 前方の魔物に集中していられるのは彼女のおかげ。マヤトーレが周囲の警戒を怠らないでいてくれるからこそ、私は夢中になって杖を振るうことが出来るのです。

 ここに至るまでの道のりで芽生えた信頼感は、つい昨日出会った相手だとは思えない程に揺るぎないものでした。後方からの援護と並行して、黒い淀みを消し去っていってくれます。あの黒い腕を追い返した浄化の炎という魔法がここでも有効なよう。気づけば通路に魔物の姿は見えなくなっていました。

「さっきのでこの辺りの魔物は一掃できたらしい」

「前方にはまだ淀みがありますね。それにしても、森で見た時より魔物が出てくるペースが速くないですか?」

「独特の空気の流れを感じるだろう。これはレミーニャの受け売りだがな、淀みが活発に働いているのは迷宮に吹く古の風の影響らしい」

 瞳を閉じて感覚を研ぎ澄ましてみます。意識しなければ分からない微細な変化。魔物の瘴気を薄めたような、それでいて邪悪というよりは神聖な感じがする妙な空気を捉えました。

「だいたい片付いたみたいだな。向こうに目ぼしい物は無かったぜ。ところで修道士、お前はなんで寝てやがるんだ?」

「眠ってなんかいませんよ。ちょっと風を感じていたんです」

 やっぱりこの通路は真っすぐで間違いないようですね。

 目の前にはジークベルト。左右へ伸びる道の先を調べてもらっていましたが、マヤトーレが以前入った時と構造は変わっていないようで、どちらも同じような行き止まりになっていたみたいです。

 広いアーチ型の天井に、左右対称の造り。外見は分かりませんがかなり巨大な建造物のようです。最初こそ土壁が続いていて、まさに魔物の巣穴といった感じでしたが、石造りの壁に変わってからは、まるで昔物語に出てくる宮殿やお城の中に迷い込んだかのような印象です。

 燭台の炎に照らされる通路は人間が作るそれに似ていて、知らなければどこかの地下施設だと勘違いしてしまうかもしれません。長い年月の積み重ねを感じさせる絨毯の染みに、壁の擦れ模様。明らかに昔の物なのに削れたり破れたりしている箇所は見受けられませんでした。

「見て見ろ、壁を壊そうとしても跳ね返されてしまう」

 マヤトーレが壁に向かって矢を放ちます。勢い良く衝突したはずですが、傷の一つもできていないよう。小さく弾んだかと思うと、火花を散らして落ちていってしまいました。床の絨毯に火が付いて、一部が燃えて灰になりましたが次の瞬間にはゆっくりと元の形に戻っていきます。

「とっても不思議です。それにしても、マヤさんは随分迷宮に詳しいですよね。他にも似たような場所を知っているんですか?」

「全てレミーニャから聞いた話だ。私と出会うまでは各地を放浪してこういった場所に足を踏み入れていたらしい。趣味は魔法の研鑽と迷宮探索。他には何の興味も持たない変わり者という訳だ」

 ゆっくりと歩きながら、師匠の受け売りだという迷宮に関する知識をあれこれと教えてくれます。

 多くの迷宮で共通しているのは古の風が吹いているということ。大抵はここと同じで、通常の空間から離れた場所に存在しているのだと言います。

 内部は魔物の住処になっていて、外では見かけないような珍しい魔物と出くわすことも多いとか。それから迷宮内では食事は不要で、排泄のような生理現象に悩まされる心配もないようです。唯一睡眠に関しては例外のようで、探索が長期に及ぶ場合は眠るために安全な場所を確保する必要があるということでした。

 ここでは数々の不思議な現象が起こりますが、詳しい仕組みについてはマヤトーレにも分からないようです。恐らくは迷宮の住人が関わってきているという話ですが、住人と言っても人間ではありません。人は人でも魔物人。現代の迷宮は彼らの住居のようになっている場合が多いのだそうです。

「じゃあ、やっぱりあの像は魔物人だったんですかね。デルフィの住人は近くに魔物人が住んでいることを知っていた?」

「さあな。だが、迷宮というのは封印状態にあるのが普通で、それも人間の一生より遥かに長い期間に及ぶものらしい。知っていたとしても、直接目にした者はいないだろう。せいぜいが、伝承か何かで残っているくらいだ」

 世間の常識がどこかへ行ってしまったかのよう。果たして、どれだけの人間が迷宮や魔物人の存在を認めているのでしょうか。これらは教会の司祭連中だって知っているかどうか怪しい知識です。

 昔物語に描かれていたことは幻想ではなく真実だった。今ならそう確信することが出来ます。けれど、私は考えます。それならば神々は、最も幻想に近い彼らはどこにいるのでしょうか。彼らの楽園は、私たちが知らないだけで、もしかしたらすぐ傍にあるのかもしれません。それは魔法陣の向こう側か、あるいはもっと身近などこかか――。

 反響する靴音はどこへ続いていくのでしょう。迷宮の奥へと歩く私は、以前よりもずっと自分自身が女神に近い場所に立っているような気がしてなりませんでした。

「それから、一応釘を刺しておくが、出来るならその魔法は使わない方が良いな。昨日のようなことになったら、次も助けられるかは分からないぞ」

「気づいていたんですか。さすが、マヤさん。そうですね、つい夢中になって使ってしまいましたけど、次からは控えるようにします」

 恐怖心を消失させ、意欲を増大させる魔法、ハピートリガー。隠れて使っていましたが、マヤトーレにはお見通しだったようです。確かにこいつは諸刃の剣、昨日の失敗だって原因はここにあるのかもしれません。

 もう効果も大分切れてきているようで冷静な思考が働いていきます。自制は大切。私だってそれは心に留めていたんですが、初めて見る大量の魔物に気分高揚してどうしても気持ちを抑えきれなかったんです。

「向こうでまた淀みが蠢き始めましたよ。次の敵を倒しに行きましょうか」

「手を出す必要はないぜ。あいつらは俺が倒してやる」

 ジークベルトがゴブリンの群れを殴りつけて砂に変えていきます。私も負けずに参戦しますが、殆ど全部平らげられてしまった後でした。

「アンデッド相手ならもっと戦えると思うんですけどね」

 エル・リール派の教会では仮想敵のような感じでしたから。共同墓地に現れる死霊の掃除をする時には私たちの右に出る者はいませんでした。他の派閥の修道士も参加していましたが、大抵はエル・リール派の独壇場です。

「俺はどんな魔物が相手だろうが関係ないぜ。こいつで一撃だ」

「羨ましい限りです。私も攻撃魔法の才能があれば良かったんですけどね」

 得意なのはコロリを始めとした回復魔法。だからこそ、モルゲンロッドを使った接近戦に磨きをかけてきたんですが、ジークベルトのような特別な力を見るとちょっと憧れてしまいます。

 彼我の差に少しだけやるせない気持ちになりましたが、落ち込んでもいられません。偶に転がってくる魔物をロッドでぶちのめし、奥へと進みます。

 やがて通路一杯に広がる階段へと辿り着きました。マヤトーレが素早く階上を抑えます。跳ねるような華麗な動きに、魔物の急所を狙った射撃。前後左右に加えて空中の敵も瞬く間に殲滅していきます。まるで後ろにも目が付いているかのよう。彼女の戦いを見ていると、その正確な動きに、思わず唸ってしまいます。

 最後のインプが炎に包まれて落ちていきました。翼は焼かれ灰に変わり、古の風へと溶けていく。亡骸を踏み越えて上っていくと、そこには高い天井と向こう側が見えないほどの長い長い廊下が続いていました。


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