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prologue_天使 1

本文完成済み。プロローグ以降は一日一話、適当な時間に投稿予定です。

この作品はフィクションです。実在する修道士とは異なる設定・表現が含まれています。

 私の名前はミステル・テトマイヤ。清く正しい修道士です。貧しい家の子供たちに読み書きを教え、傷ついた人々に救いの手を差し伸べる。そんな私のことを、時に人は天使と呼びます。

 こいつはとても心地の良い呼び名。可憐な感じがして愛らしい、背の低い私にはぴったりの言葉です。意味としては「天上の女神の意思を預かる使者」ということになるでしょうか。苦労して考えただけあって、個人的に凄く気に入っているんです。

 何とか広めようと努力しているんですが、実際に天使と呼んでもらえる機会なんてそう多くはありません。ああ、何て詰まらない世の中。そう悲観するのは簡単ですが修道士的には罰点ですからね。例え実質的に無意味な取り組みだと分かっていても、一度始めた以上はそれなりに頑張らなくてはならないと思うんです。

 だから私は、子供たちに「私のことは天使と呼ぶように」いつもそう言って語り掛けています。

 本当はどうでも良いことなんです。これは私が勝手にやっていること。「修道士である私の行いは全て女神様に監視されている」そう思ってやっているだけのことなんですから。

 けれどこれも面倒な話で、女神に監視されているというのも実の所本当ではありません。私は修道士ですから、一応はそういうつもりで生活しているというだけなんです。要はポーズですね。はっきりと言ってしまえば「女神なんていない」心の奥底ではそう思っているんです。

 どうしてこんな面倒な考え方をしているかといえば、それは私が本当の意味で天使だった頃、つまりは熱心な信仰者であった頃に積み重ねてきたものが、今でも完全には抜け切れず心の中に残っているからでしょう。簡単に言えば、これは癖のようなもの。無理に変えようとしてもしっくりとこないんです。

 全ての始まりは忘れもしない子供学校の時分、女神は何の前触れもなく私の前に姿を現しました。「世界に慈愛の光を灯しなさい」そう言って、私に魔法という奇跡の力を授けたんです。

 鉄屑技師の娘に過ぎない私にとって、あまりに衝撃的な出会いでした。女神の名前はエル・リール。彼女との出会いが、多感な時期にあった幼い私に大きな影響を与えたことは言うまでもありません。それまでは何の取り柄もなく、どちらかといえば人より劣ることが多かった私ですから、女神が降臨したという事実はそれだけで自信と勇気を与えてくれたんです。

 勿論、子供らしく父親と母親に報告しましたが、返ってきたのは実に微妙な反応でした。仕方がないので学校の友人たち――本当に友人と呼べるかちょっと怪しかったですが――に話してみましたが、今度はどうしてか笑われるばかりだったんです。

 これは仕方のないことで、多分エル・リールという名前が今ほど知られていなかったせいでしょう。信仰の道にも色々ありますから、両親も手放しには喜べなかったんだと思います。魔法が使えるということは将来の進路が一つ増えるという意味でもありますが、どうやら彼らは、私に鉄屑技師の仕事を継がせたかったみたいなんです。

 幼かった私にそんなことは分かりませんでしたから、悔しくて泣きたい気持ちで一杯になったことを覚えています。私は考えました。天井に近い狭い部屋で丸くなりながら、どうして誰も私の言葉に耳を傾けてくれないのだろうと悩み続けたんです。

「神々への感謝を忘れた愚か者共にエル・リール様の素晴らしさを教えることこそが私の大いなる使命ではないか?」

 そう気づいた瞬間、新しい世界への扉が開けたような気がしました。今思えばただの錯覚。こんなものは視野の狭い間抜けな考えにすぎません。けれど、当時の私にとってはそれが全て。存在理由そのものと言っても過言ではなかったんです。

 その日、私は修道士になることを決意しました。修道士とは神の名を背負う者。かつては世俗から離れ禁欲的な生活を送っていたとも言われていますが、今では教会組織の下っ端の総称として使われている言葉です。当時はそんな定義を知りませんでしたから、ただ単純に言葉の響きの格好良さに憧れて修道士だと名乗っていました。

 ちょっと危ない方向へ目覚めてしまった私ですが、それからが苦難の連続でした。私の住んでいたラッカはあの有名な機械と娯楽の都。歯車模様のタイルの上に沢山の建造物が立ち並ぶ、この辺りでは知らぬ者のいない大都市です。機械の神ギルマンテスの信仰者が多い中、私は真に素晴らしい神が誰であるかを熱心に説き続けました。

 時には馬鹿にされ、鉄屑を投げられたりもしましたが決して挫けることはありませんでした。ギルマンテス派の人間に捕まって軟禁されたことだってあります。奴らは本当に酷いんです。可憐な少女である私を金具で固定して、ギュインギュイン回るドリルで頭の天辺から足の先まで弄繰り回して――。

 後に分かったことですが。これは私が正式な修道士として認められていないことが原因でした。無知だと笑う者もいましたが、当時は一介の学生に過ぎなかった私にどうしてそれが分かるでしょう。幸いにも、ラッカにはエル・リール派の教会もありましたから、私はそこで正式な修道士として認めてもらうよう手続きを取ることに決めました。

 けれど、そう上手くいかないのが世の中というもの。同じエル・リール派ならば快く迎え入れてくれるだろう。そう思ったのは浅はかでした。必要な情報を書き込み、書類を提出するとどうしてか渋い顔をされてしまったんです。

 これも後で分かったことですが、教会の修道士として認められるには最低でも子供学校を卒業していなければならなかったんです。学業を放棄して布教活動に精を出していた私にとって、これは余りにも酷い仕打ちでした。それでも私は諦めませんでした。歯を食い縛り、皆からは遅れながらも何とか学校を卒業して、正式な修道士になることができたんです。

 晴れて修道士となった私は一生懸命に教会の仕事を始めました。先輩方に付きしたがって集会の手伝いをしたり、寄付の呼びかけや、街路の清掃活動を行ったりしました。充実した日々でしたが、組織というのは窮屈なもので以前のような自由は失われてしまいました。それでも暇をみてはギルマンテス派の建物に殴り込みをかけたり、同世代の若者たちと魔法修行に明け暮れたりと中々に楽しい生活を送っていたんです。

 とはいえ、それも長くは続きませんでした。若者は夢を抱くと決まっていますから、私の中にも自分の可能性に挑戦したいという欲求が芽生え始めたんです。


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