破綻
必ず死ぬ人間が生きている。
今回の件で久子ちゃんが常人より早く世界をループしている事は確信がもてた。
不運な人間を知ってしまったら助ける。それが久子ちゃんの在り方だな。
「塩一つ」
目の前にいる店主が、注文しない私を睨み付けていたので注文も済ませる。
「あいよ。塩いっちょう!!」
店主は威勢のいい声を上げて厨房の奥に引っ込んでいった。
さて、百人体制で監視していたのだけれどやっぱり決定的な手が動かないと分からないものだ。
人件費の無駄でもある。
正直、監視って監視できない時を相手が持っていたら意味ない。
それでも、百人いればナンとやらだと思っていたけど無駄だった。
人の可能性を信じて裏切られたわけだ。悪い意味で。
やっぱり、私を良い意味で裏切ってくれるのはあの姉弟だけだ。
弟はたいした事はないと踏んでいたけどこのループでも武装している警察から逃げてるあたり、裏切ってくれた。
だからこそ、私が本気で騙り殺したい。
あの冴木姉弟を。
語り尽くせない予想外の相手を殺すのは最高に気持ちがいい事だから。弟はついでで。
私は飛び抜けた才能を持つ人に自分を言葉で刻み付けて殺したい。
「はいよ。お待ち! 塩ドワーフパンだ」
注文がきた。見かけはフランスパンだ。
「あまりに質素じゃないかい?」
前はすごいパンが出てきたような。
「ああ。あの時はぶち殺してスープの出汁に使って悪かったな! お前が凄いいきおいで喋るからついやっちまったんだ! これはお詫びの名物パンだ」
愛想のいい笑いを浮かべて店主が言う。
「気にしてないから大丈夫。生き返るしね。これが名物かい?」
私も笑顔を浮かべて言う。名物を質素と言われて怒るかもしれない店主が笑顔だし。
「ああ! このパンは優れものでな! そんじょそこらのパンより固いんだ! これで頭を殴り付けたら殴られたやつ脳ミソぶちまけるぞ!!」
「それってパンじゃなくて凶器だね。本来の用途なのにそんな固さじゃ食べれないじゃないか。また私を殺すつもりかい? それに叫ばないでくれないか? 五月蝿い」
「懐のポケットに音声を保存できる機械かなんか仕込んでるだろ? それを寄越せば殺さないでおいてやるぜ? 一度冤罪で捕まったせいか決定的な証拠がなけりゃ捕まらなくなったしな!」
見破られたか。
「やれやれ。何が君をそこまで変えてしまったのか……君のご両親が創るラーメンは私は好きだっだよ。実は中学生の頃常連だったんだ。君はご両親の手伝いをしていたね。私と君は同い年だ。ご両親と話したときに君の年齢を聞いたよ。今の君を見て、ご両親はとても悲しむだろうね。ラーメンの営業をやめて何故かパンを造り、肝心のラーメンは自分の苛立った相手をぶち殺し出汁にして食べる、異常な殺人嗜好に使われるだけになったのだから」
前に殺された時はひたすら異常殺人について馬鹿にしたけど、今度は両親の情を混ぜながら良心の呵責とかいうあるか分からないもので責めてみる。
「……相変わらず意味の分からないやつだな。何でこんなことをするんだ?」
「そこはうるさいと言いつつ、私を殺す所だろ?」
役者が役を演じないのは契約違反だ。
「豚骨ラーメン飽きたんだよ。後は繰り返しの日々にも飽きた。いい加減、決着をつけたらどうなんだ?」
「君は最悪だね。これからキュートでポップな感じにするんだから口を挟まないでくれよ」
「無理だろ? ここの世界の設定はイカれちまってる。ここから建て直しをしようにも、どうしようもねえんだよ」
「そうかい。ではしょうがないね。久子ちゃんに幕を下ろしてもらおうかな?」
「それがいい。さっさと終わらされてきな」
「分かったよ。ではまた次で会おう」
「ああ。次があればな」