落とし続けた女
「さて、君が高層ビルの屋上から突き落とした犯人だ。大人しく警察で罪を償いたまえ」
なんでこいつは人によってかなり喋り方を変えるんだろ?
疲れないか?
「な、なんで知ってるの!? あ、わ、わたしは何も知らない!!」
わかりやすっ。認めちまってんじゃねーか。
「さあ、久子ちゃん。犯人は自供したから捕まえて! 殺してもいいけど」
「殺す!?」
おいおい。警戒心を与えすぎだろ。この女も人一人殺しといて自分が殺されないとか思ってんじゃねえ。
「少し待てよ。俺も聞きたい事があるんだ。殺さねえから安心しろよ」
そう言ってびくついてる犯人を落ち着かせつつ俺は知りたい事を話す。
「なんで殺したんだ?」
ただ一つの明快な疑問。動機だ。
「……妬ましかったのよ。姉はなんでも持ってた。性格もよくて、エリートな会社に勤めて安定した高収入もあって、母親似で美人。そして色んな素敵な男達と恋をたくさんしていたの!!」
殺されたのは姉かよ。なんかかぶるわ。俺も弟に殺されたわけだしな。
こいつの姉ほど俺はリア充じゃねえけど。
「対してわたしは何も持ってない……フリーターだし、父親に似ちゃって親戚から姉と比較されて可哀想とか言われるのよ!! ふざけないでよ!!」
加えて妬みで姉を殺すような性格悪い女だから彼氏もできないわな。後、全国の父親に謝れ。
「よし。妬みか。よく分かった。で、後悔とかしてる?」
動機は妬みだって分かったから続けて浮かんだ気になる事を聞く。
「後悔? はあ? してるわけないじゃない!! むしろせいせいしたわ。それに姉を殺した時に世界が巻き戻る世界になって本当によかったわ。姉を突き落とす手の感触を何度も味わえて落ちた後に体が変な形に曲がった姉を何度も何度も見れるんだから!! 最高よ! ほんとにほんとにほんとに最高!!」
誰にも犯罪を喋ってないぶんの反動か分からんがすげえ喋るなこいつ。引くわ。
「で、これでいいか?」
理愛に聞く。
「オッケイだよ。ボイスレコーダーにバッチリ録音しました」
「えっ? えっ?」
「おらあああっ!!」
犯人に腹に素人丸出しなキックをくらわせた。
「ウグッ!」
突然の事に対応してないみたいなのでのけ反って絶好の隙になった顎に肘をかます。
「あああっ!!」
悲鳴をあげつつ倒れたので何度もキックする事にした。やっぱり倒れてる人間が一番、蹴りやすい。
「どうした? どうした? うずくまってないで反撃しろよ?つまんねえだろ? ほらカス! 何とか言えよ! おらっ」
「久子ちゃん。久子ちゃん」
「はあはあ……どうした?」
「顔面を何度も蹴ってた時に気絶してたから反撃出来ないし、喋れないと思うよ?」
「……マジか。悪いことしたな。ごめんな。無駄に蹴っちまったわ。これから警察で拷問されるのにな」
聞こえてないと思うが一応は謝っておく。
「お疲れさま。あとは警察を呼んどくよ。決定的な自供も手に入ったし」
「あー最後に一つ。お前に聞いていいか?」
「なんだい?」
「なんでこいつは墓場にいるんだ?」
動機があれだったから、ここに来る意味が分からん。
「お姉さんの恋人が決まった時間にここに来るんだよ。お姉さんの墓参りにね。墓にはお姉さんは入ってないけど」
「そいつにこの犯人は恋でもしてんの?」
「お姉さんの持ってる物を盗もうとしたんじゃないかな? 失礼。人間をもの扱いしちゃった」
「どうしようもねえな。こいつ」
同情の余地はなしだな。
「気持ちは分からなくもないけどね」
その言葉にどっちだよといつも思うので聞く。
「それってさ分かってんの? 分からんの? どっち」
「私の場合は分からないほうかな? 人の気持ちなんて普通分かんないからね」
そうだよな。
他人の気持ちなんて分からない。
どうせこの世は色んな奴の自己満足で回ってんだから。
……難しい事を考えようとしちまったが、とりあえず自分の気持ちに正直になろう。
自分の気持ちまで偽ったらダメだからな。
「どうしたの? 黙りこんだけど?」
「ああ? 少し考え事って奴だ。気にすんな。俺はもう帰るぞ」
「ふーん。まあいいや。じゃあ次の世界でね」
「ああ。じゃあな」
一緒に警察を待とうとか言われるかと思ったが、言われなかった。
ほら。やっぱり他人の気持ちなんて分からない。