戻る世界の騙り屋青年
十月八日。
少し肌寒い。
僕は自販機でコーヒーを買いつつ、思い返す。
『ドワーフのパン屋』
あそこの店主が食べていたのは豚骨ラーメンならぬ人骨ラーメンだったわけだ。
『ドワーフのパン屋』に最初に行ったループの時に僕はパンを食べなかった。
その時、店主にパンを伸ばすときに使う棒みたいなもので殴られてループしたわけだけどその後の死体の僕はスープの出汁に使われたわけだ。
前のループの時に気付けなかったその後の僕が分かると少し楽しくなる。
先輩の事を出汁にして分かった。
そして十月十日を無意味に時間潰ししてまた十月八日に戻ってきた。
終わらない三日間のループ。
それが僕の今の世界だ。
最初は感謝した。
ああ。やり直せるって。
僕が姉を殺したのをやり直せるって。
だけど段々と飽きていった。
もうループしたのは千を越えているのではないか。
姉を同じ手順になぞって殺してみたけれどループは終わらなかった。
今の僕はこのループの中で違う行動や話をする田中先輩の話をいつも聞いている。
たまにそういう奴がいるのだ。
僕はそういう奴をいっぱい見つけて関わる事こそがこのループを解き明かすヒントになるのではないかと思っている。
僕が接触する事でループに気づく人もいるかもしれないしね。
僕はこのループの世界が嫌いなわけじゃない。
退屈が嫌いなんだ。
退屈は姉の次に嫌いだ。
だから今日も変化を求めて田中先輩の所に向かう。
田中先輩は違う行動や話をする人間の一人だ。
「やあ、冴木くん今日も話をしようか」
彼女の語る話はこの三日間のなかでの同じ時間帯、同じタイミングで話をしたとしても内容が変わる。
他の、ループして変化しない人と比べるならお弁当の感想で、旨そうしか言わないのに対して先輩は美味しい、旨いな、今日の気分じゃない、など様々な返しをしてくれたりする。
何度も思うが同じ時、同じ時間帯でもだ。大事な事だ。
これでループしていることに気付き、次の世界にその記憶を持ち越せたら僕と同じ立場になるわけだ。
何十回もループしている事を話しても持ち越してくれなかったが。
「私がいつも話しているような気がするな……たまには冴木くんも話してくれないか?」
ループする前の僕も人の話を聞いて楽しむのが好きでいつも田中先輩に話を聞かせてもらっていたわけでこういう認識だけれど、ループの説明とか今になっては見苦しい誰もループしている事に気付いてくれない苦しさを話しているのでこの台詞は割とイラつく。
「僕の話はいいので田中先輩の好きに話して下さいよ」
「うーむ。『ドワーフのパン屋』か『世界を見通す眼』だな。前者は日常系で後者は伝説系だ。どっちがいい?」
僕は喜んだ。
後者はまだ一回も出てない話だったからだ。
後、先輩。言わないですけど前者は刑事事件系です。
「『世界を見通す眼』が聞きたいです」
「よし。では語ろうか」
「さて、この話のタイトルでどう思った?」
「厨二病だとおもいましたね」
「そうだね。内容的にも厨二病みたいだしね」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ『世界を見通す眼』だけれども、これは世界の本質に気付いた人物達の事をしめす言葉なんだ」
「……どういう事です?」
「そうだね。スケールをでかくするならばこの世界が実はすでに滅んでいて人間はみんなコールドスリープで眠りについて同じ夢を見ているみたいな世界だとしよう」
「それに一人だけ気付いているみたいな感じですか?」
「その通り。この『世界を見通す眼』に該当する人は一人じゃないらしいけどね」
「……気付く人はいっぱいいるんですか」
「ああ。複数人いるらしい。きっとその中の一人が物語の主人公みたいな立場になるんだろうね」
「主人公ですか……」
「うん。私の例えだとすると一人コールドスリープで見ている夢の世界から抜け出して、現実の世界で目覚めて、全ての人間を叩き起こして滅びた世界を復興させるみたいな感じだよ」
「時間が巻き戻るループ的な世界から抜け出すとかですか」
「はははは!! 時間が巻き戻るほうがコールドスリープより非現実的だね。その通りだよ。時間が巻き戻るのはある種の停滞であり滅びだからね」
「……そうですね」
「どうしたんだい? 元気がないね?」
「いや。興味深い話なんでいつもより考えてしまっただけです」
「そうか。まあ私には無理だが『世界を見通す眼』に君がなったなら君はきっと主人公になれるさ」
「……」
「君は流されない自分の意志を持っているし何よりもイケメンだからな。主人公補正バッチリさ」
「はは。ありがとうございます。先輩も可愛い美少女なんですから主人公になれますよ」
「ッ!! ま、まったく君はお世辞が上手いな」
「本心ですよ。先輩は可愛いですから」
「そ、そうか」
「そうです」
「……」
「……」
「今日は帰ります。ちょっと用事を思い出しました」
「あ、ああ!! 気を付けたまえよ!」
「はい。先輩ありがとうございました」
『世界を見通す眼』か。
なんと厨二病臭い名称だろう。
しかし、嫌な気分だ。
千回ぐらい繰り返して収穫が、自分の今の状況を何て言うかだけだ。
とりあえず調理室から包丁を借りて田中先輩を刺し殺した。
ちょっと励ましてきたのもイラっときたから。
どうにもループしすぎて沸点が低くなってる。先輩が言ってたけど気を付けないといけない。
同じ殺しかたでも台詞と悲鳴が変わる先輩なので退屈しなくて楽しかったけど。