お前達、それはdiscussionー議論ーだ
「そろそろ肯定、否定どちらにするか決めたか? ディベートを始めるぞ」
瀬那月先生の声がかかる。その時には俺は否定側に決めていた。
理由としては、やはり入学早々クラスメイトと不仲になるような行動は避けたい。嫌いな奴がいないなんて綺麗事を言うつもりはないが行動としては間違っていないと思う。
他のクラスメイトや上級生も俺と同じ考えなのか、ほとんどが否定側のようだ。どうやら、上級生にとってもこの議題は初めてらしい。動揺しているのが分かる。
そんな中で肯定側に迷わず進んでいく人物がいる。凛々しい顔とロングの黒髪が特徴的な女生徒だ。瀬那月先生のような美人と言うよりかは可愛いと表現すべきか。おそらく上級生だろう。
「湯谷、お前はそちら側だと思っていたぞ」
瀬那月先生がその生徒に対してそうすると分かっていたかのように話かけた。湯谷という名前なのか。
「当然です。むしろ私には他の人達の行動が理解出来ません」
「相変わらず手厳しいな」
「事実をいったまでです」
「ま、いいか。早速開始しよう。まずは肯定側の意見から」
肯定側ということは湯谷先輩からか。先程の会話を聞く限りでは自分に自信を持った人物といえる。どんな意見を出すんだ?
「まずは否定側にいる人達に問いたい。本当にあなたたちにはクラスに嫌いな人がいないの? 私はクラスの半数が嫌いな人だけれど」
これには一年A組の生徒は唖然としている。
「いい? これはディベートよ。世間の目を気にしているようでは好成績なんて取れない。自分の意見が本当に自分の言いたい事でなければ発言とは言えない」
確かに筋は通っている。俺にだって嫌いな奴くらいいる。だが、それを言ってしまっていいのか? 俺にそんなことは出来ない。
「確かにそうだ。先輩の言い分はもっともだ。けどな、俺はこの議題には率直な気持ちを言えない」
気付けば俺は湯谷先輩に対して反論していた。
「こんな議題を出されたら、嫌いな奴がいたっていないフリしたくなるだろ。皆が先輩みたいに強い訳じゃない」
「落ち着きなさい。論点がズレているわよ、新入生。それに、今の言い分だとあなたは肯定側の人間じゃないの? あなたも嫌いな人がいるのにいないフリをしている一人のようだし…… 」
「いや、俺には嫌いな奴なんて……」
「その言葉はあなたの本心? 」
俺が返答に窮したその時、瀬那月先生が間に割って入った。
「お前達、それはdiscussionだ。ディベートじゃない」
「先生、これもディベートの一部じゃないんですか?」
成績の件で質問した生徒がまたしても瀬那月先生に質問する。
「ディベートは肯定側、否定側のそれぞれのグループの意見を出し合うものだ。今のがグループの意見を言ったように見えるのか?」
「い、いえ……」
「それに重要な事を言っておく。ディベートには勝敗が必ず存在する。第三者をより説得出来た方が勝ちだ。つまり、今回の場合、もしこれがグループの意見なら肯定側の勝ちだ。これも覚えておくように」
そう言ったところで授業終了のチャイムが鳴った。
「それじゃあ、今日はここまで。ポイント減点は今日は無しとする。ディベートじゃないからな」
そういい残すと、瀬那月先生は会議室を出て行った。
湯谷先輩…… あの人は一体どういう考えを持っているのだろう? 今後は注意して授業を受けなければ。
俺も決心を固めてディベートに挑む。本当の授業はこれからだ。