激突
「フッ…ヌゥン!」
ようやく日の出が昇る頃、朝もやを断ち切るほどの衝撃が空間を走る。青年の呼吸に合わせて足元の草が同心円状に靡いている。
「ヌハッ!」
ひときわ大きな発声と共に突き出された掌から不可視の刃が放たれる。触れるもの全てを切断せんと飛び出した煌めきは、数メイル進んだ後に勢いを失い、10メイルほど先の木の葉を揺らして霧散していった。
「今日こそは成功すると思ったんだけどな…」ユースケがこの拳技を練習しはじめたのは半年も前である。集中力を
極限まで高め体外に魔力を放出する高等技術だが、一度も成功したことはない。どうしても魔力が空中に溶けてしまうのだ。再び魔力を循環させようと集中しはじめたとき、青年の横を紫色の煌めきが轟音を響かせて通り過ぎる。
「え…なんだこれは?」
ユースケは唖然として紫光の進む先を目で追いかける。その輝きは勢いを失うことなく20メイル先の大岩にぶつかる。一瞬の静寂の後に岩はボロボロと崩壊し、石礫となった。
「ユースケ、これが本物の激掌だ。」青年の背後から大柄な人影が現れる。保安官のショーンである。
「ショーンさん、今の技は一体?」
「紫光の撃掌、お前さんの親父が編み出したものだ。対象を振動で崩壊させるちゅう技やったな」大技を放ったというのに息一つ乱さないショーン。
「さて、ユースケよ。朝早くから鍛錬を積むとは見上げたものだな。だがお前さんの魔力の流れは不自然に途切れちょる」
「あれが親父の技…ショーンさん、その技を俺に教えてくれ!この通りだ」その場で土下座をするユースケ。
「いや、わしではお前さんに教えることはできん」
「なんで教えてくれないんですか!」ガバリと頭を上げ逆ギレするユースケ。髪には大量の草が絡みついており、頭のサイズが倍増している。吸引力の変わらないただひとつの天パ。
「…まあ落ち着け。まず根本的にお前さんと俺の魔力は別物だ。魔力の質が違えば使い方も違うちゅうのを知らんのか?」
知るわけがない。他にこの技を使える者がいることすら知らなかったのだ。そうでなければ半年も独学で訓練はしない。
「むむむ…じゃあどうすればいいんですか」ぶっきらぼうに問う。
「魔力の質が同じ者に教えを請うのが1番良かろう。お前さんは青の魔力をもっちょる…そうだな、皇都で青の魔力使いを紹介してやろう」
「あざっす!マジリスペクトっすよショーンさん」軽い男である。
「紹介してやるが、相手はドワルフ族だ。その軽い性格では教えを受けられんかもしれないぞ」ハァ…と溜め息をつくショーン。
ドワルフ族は短躯の部族である、しかし矮小ではない。背丈こそ低いが体重は他の種族よりも重いのだ。肥え太っているわけではないことは一目見ればわかるだろう。分厚い体には強靭な筋肉が蓄えられているのだ。その見た目から性格も豪放かと思われがちだが決してそうではない。繊細にして礼義を重んじる者が大多数である。ドワルフ族に気に入られた者は同胞の扱いを受けるが、嫌われる者は口を聞いてすらもらえないという。雲より軽い男、ユースケがどちらの対応を受けるかは考えるまでもない。
「でもドワルフ族にも愉快な人もいるんで大丈夫ですよ、たぶん」頭の草を払いのけながら適当なことをぬかす。
「残念だが、俺が紹介するのはドワルフ族の中のドワルフ族だ。俺も最初は随分と嫌われたもんだ。」懐かしそうに遠くを見つめるショーン。
「あ、そうだ。折角だから模擬戦やりましょう、ショーンさん」急に話題を変えるユースケ。面倒くさいことは全て後回しにする男なのだ。
「ほう、小僧、随分とでかい態度がとれるようになったな。ではその実力を見せてもらおうか」ノリノリで模擬戦に賛成するショーン。そもそも彼が早朝に出張って来たのはこれが目的である。
「ショーンさんはもう年だから無理はダメっすよ」
ユースケの軽口を皮切りに両者は10メイルほど離れた位置で構えをとる。闘士は武器や防具を使うが、こと模擬戦となると無手で闘う。暗黙の掟があるのだ。
「ヌフゥ…」ユースケは魔力を体内に循環させる。これにより防御力が格段に上昇するのである。生身の体にして鋼鉄の鏃をも跳ね返す、闘士の魔闘術。青年の体を覆うように青白い光が輝く。中年は黙ってその様子を観察しているだけである。
「ヌリャ!」青年が一足にして距離を詰める。相手は動く気配さえ感じられない。(まずは様子見で…)
突進の勢いのままに脚を半回転させサイドキックを叩き込む。
ズシリと重い一撃がショーンの腹を襲う。が、ザザッと僅かに地面を後退したのみでダメージを与えた気配がない。
激しい衝撃が青年を襲う。蹴りを放った姿勢のままで5メイル後方まで弾き飛ばされたのだ。(一体なにをされたのか、どうして自分の蹴りが通用しなかったのか)困惑する青年をショーンは黙って見つめている。
「ふん、今のはまぐれだろ!」再び距離を詰める。体当たりを叩き込む、と見せかけて急停止、体を転換させ背後をとる。旋回の勢いを利用して裏拳を顔面に打ちつける。ズバンという衝撃音が響く。腕に鈍い痛みが走ると同時に数メイル先まで弾き飛ばされる。
「なかなか鋭い攻撃をする。しかしその程度では“鉄壁のショーン”を超えることはできんぞ」肩をすくめながら青年を見つめる。片腕が痺れて動けない青年はギリッと奥歯を噛みしめる。
「立ち上がれんだろう。敗北を認めるなら種明かしをしてやるが、どうする?」ニタニタと笑いながら顎髭をさする。
(クソ…こんなに強いとは。流石は元A級闘士というわけか。今の自分が敵う相手ではなかった)
「やっぱりショーンさんは強い。今回は戦略的敗北ということで降伏しときます」相変わらず減らず口を叩く青年。
「戦略的ねぇ…はいはい。俺やったのはお前さんの攻撃を反射しただけだ。それ以外に種は無いぞ」やれやれと首を振りながら説明を始めるショーン。
「全神経を集中させ、攻撃予想部位に魔力を循環させインパクトとともに解放する。これが反激掌、修得すれば格上の相手にも通用する技でな。」
簡単簡単と言うショーンだが、修得するのは容易なことではない。魔力を瞬時に移動させるのは高等技術であり、誰もが使えるような技ではないのだ。
「昼には村を出るぞ。明日の朝には皇都につくやろ、たぶん」そう言って踵を返し、詰所へと帰っていくショーン。ユースケが立ち上がれたのは、それから数分後であった。
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詰所に戻ったショーンは周囲に誰もいないことを確認し姿見の前に立つ。ゆっくりと真麻のシャツを脱いでゆく。目線を上げると筋肉隆々とまではいかないが引き締まった体が視界に映る。その鳩尾にはクッキリと青白い蹴り跡が残っている。その上を静かに触ると鈍い痛みが体内に響く。
「攻撃の速度を読みきれなかったか…俺も年老いたものだ。」
紫色の循環薬を痣に塗り付け、魔力を流していく。すぐに回復するわけではないが、何もしないよりは格段に早く治る薬である。
もう何年も使っていなかった鎧を身に付けながら、若き日の活躍を思い出し郷愁にふけるショーン。「ユースケならあるいは…」誰もいない部屋の中でボソリと呟きをもらす。