キャサリン
チリンチリンと扉上のベルが鳴る。
「あら、ゆーちゃんじゃないの!待ってたわよ〜」
上機嫌で宿に戻ったユースケを出迎えたのは美少女ではなく、妖怪である。半裸に純白エプロンのマッチョはたくましい体を揺らし、リズム感あふれるステップで接近してくる。ビクビクと震える大胸筋が目の前10サントで止まるまで、ユースケは動くことができなかった。圧倒的な筋肉は人間の本能的な恐怖なのだ。さしずめ彼は蛇に睨まれたカエル、動けないのは仕方ない。ユースケが恐る恐る目を上げると、厚化粧を施したおっさんの顔面が間近に迫っていた。
「さっきはモンスターと間違われたんだって? かわいそうに…私が慰めてあげるわぁ」筋肉オカマの鼻息が天パを揺らす。
「声も出せないなんて、よっぽどショックだったのねぇ」野太い声と共に丸太のような腕がユースケに迫ってくる。
「…いやいやいや、何してるんすか!ショックの原因はあんただよ!」素早く部屋の隅に飛び退くと筋肉オカマに対峙する。
背丈は保安官のショーンと同じ位はあるだろう、だが身体の厚みは倍ほども違う。保安官は細身に見えるが、眼前の♂は同じ人類とは思えない巨躯である。太い首には岩塊のような頭が乗っている。濃ゆい顔に濃い化粧、坊主頭にはフリルをあしらったカチューシャが鎮座している。オカマで筋肉のオカマッチョだ。これが村唯一の宿屋の主である。
「あら、元気じゃないの。せっかくあたしがヨシヨシしてあげようと思ったのにぃ」
…
「いや、冗談はよしてくれ。それよりもリンデンブルクさん、その格好は一体?」
「リンデンブルクじゃないわよ。今のあたしはキャサリンよ!覚えといてね」可愛らしくウィンクをするオカマッチョ。無駄に決まっているのが腹がたつ。
「ふふ、この格好のことかしら?久しぶりのお客さんだから腕によりをかけて料理しようと思ったのよ」腰に手を当て胸筋をビクつかせている。純粋に気分が悪くなる。なぜ疲れを癒すべき宿で半裸のオカマ料理を食べさせられるのか?
なぜ保安官はこいつを取り締まらないのか?野宿したほうが安全じゃないのか?と考えを巡らせているとき、天使が厨房からひょっこり顔を覗かせた。
「おとう…ママー、調理中にどっかいかないでよー、ってユースケさん!いつの間に戻ってきてたんですか?」
恥ずかしそうに厨房の柱に身を少しだけ隠すユキ。そんなユキと目の前のオカマッチョを交互に見比べたが、全く親子には見えない。というか片方は人類でさえない。
「一刻も早くユキちゃんの料理が食べたくなってね、保安官の話を切り上げてきたんだけど……なんか食欲がなくなってきたな」視線の先には厨房へ戻る店主の後ろ姿が映る。あの野郎上半身裸どころかブーメランしか履いていない。裸エプロンならぬブーメランエプロン、誰も得しない組み合わせである。
「あぁ、おと、じゃなくってママの格好のこと?調理中の格好は色々と凄いけど、料理はとっても美味しいんだよ!」
んなわけあるか。
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「はっ!本当に美味い。そんな馬鹿なことが…」絞首台に登る罪人の気持ちで臨んだ食事、どうにも予想を裏切って相当に美味いのである。献立はカルド豆のスープ、ヘイロン草のサラダ、リブビーフのステーキである。どれも皇国でありふれた料理なのだが、完成度が段違いだ。舌が肥えていないので、どこがどう違うのかさっぱり分からないが美味い。ユースケにそれ以上の感想を求めるのは酷だろう。
「すんません、おいしいです!リンデンブルクさん」パッと見上げた先にはタンクトップに着替えた主人の姿、化粧を落とした今はナイスミドルな紳士フェイスだ。
「でしょう、私は昔から料理が大好きなのよ。女子力がますますアップしているわ」相変わらずカマ声なのがイラッとくる。
その後はユキの自慢の大瓜に舌鼓。(目線の先にも大瓜、これがこの世の天国じゃ)
こうしてユースケの夜は更けていった…