表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編の墓場  作者: みかん
2/2

君の名を呼ぶ

とある男性への追悼

 それは一瞬の出来事だった。


 じゃあねと別れた彼女を見送ってきびすを返したその時、キキーガシャンという音と悲鳴。その聞き覚えのある声を耳にした僕は別れたばかりの彼女の方を振り向いた。どこかでわかっていたのかも知れない。凄く焦っているのに、やけに世界がゆっくりと動いていた。


 ジリジリ熱せられたコンクリートからはゆらゆらと影が立ちのぼり周囲を歪ませている。たくさんの人に囲まれた彼女は横たわり、傷なんか一つも見えないのに彼女を中心にして赤色が触手をジワジワと伸ばしていた。


 なんだそれはナンダソレハじゃあねと言った唇はぽかんと開いて目は何も見ていない僕はボクハなにをこれはなんでどうしてと彼女はカノジョハドコニ


 真っ赤な花が僕の手を赤く染める。車から降りた人にフラフラ近寄ると周りの人に阻まれた。ボクハ





 


 加害者は免許を失効した社会人で無免許だったらしい。飲酒で何度も違反を繰り返していたようだ。僕は彼を殺す計画をたてた。剣道部に顔を出さなくなり学校にも行かなくなった僕を心配して色々な人が来てくれた。でももういいんだ。全部。ナイフを隠し持って家を出る。あぁ、月がとても綺麗だ。こんな日にはとても綺麗にやれるかも知れない。ナイフを取り出して手のひらに線を書いた。あの日以来の赤。


 そうだ、その前に彼女に会いたい。僕は彼女の家のチャイムを押した。出てきたのは彼女のお母さんだった。手を合わせたいと言った僕を見て少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で入れてくれた。彼女によく似た笑顔の人だったんだと今更ながら思う。手を合わせてからすぐに出ようとしたらお母さんに引き留められた。


 最初は思い出話やたわいのない話にぼんやりあいづちを打っていたんだけど段々イライラしてくる。さっさとあいつの所に行かせて欲しい。もう行きますからと強く言って席を立ったその時、彼女のお母さんにぎゅっと抱きしめられた。離して下さいとあがらう僕は思いのほか強い力で包まれていた。


 行かせないとその人は言った。何をするかわかってるって。彼女の為に生きてくれと。そんな綺麗事なんかいらねーと思うのに、彼女のお母さんの暖かい涙が僕の肩に染み込むにつれて力が抜けてゆく。かたきも討てないなんて僕は弱い。いいえ弱くなんかないのよ。それでも生きていくんだからとお母さんは泣いた。僕も泣いた。







 時が過ぎて僕は社会人になった。あの時の痛みは今も僕を落ち着かなくさせるけれどそれでも生きている。仕事も少しずつ任されるようになった。あれからというもの、僕は戦闘服を着るように身だしなみを尖らせないと外に出られなくなったのは僅かに残る後遺症なのかも知れない。親しい奴らはナルシストと僕を笑う。僕も笑う。鏡に映った髪をビシッと整えた僕ごと、僕を笑う。



 酒は飲んでも酔えなくなった。イケメンじゃないけれど、女の子はそれなりに寄ってくる。でも好きになれない。死んだ彼女を忘れられないって訳じゃない。人並みに性欲もあるし可愛い子を見ると可愛いなとは思う。でもそれだけだ。このまま歳をとっていくんだろうなと何となく考える。





「でもそれって生きてないよね」


 いつものオンゲをやっていたら急にそんなセリフが目に入った。なんの話題だったろう?僕は聞き役に徹していて話題に入ってなかったんだけれど、マイルズという犬に似た種族を使ってる子が出したセリフだ。


 懐かしいな、彼女も口癖のように言ってたな。


 その日から何となく僕は時間が合えばその子のゲームの手伝いをするようになった。たぶんかなり若い子なんだろう、時々危なっかしい発言をしたりするのを見ると、放っておけないようなハラハラする気分になった。


 そのうちプライベートの話も聞くようになった。どうやら大学生の彼氏がいるらしい。


 彼女の名前は雪。本名は知らない。


 わがままで子供っぽい暴君だ


 プライベートでもそのままのようで、男をふりまわしているようだ。心配で注意をすると、お父さんみたいだと口を尖らせる。こんな娘がいたらお父さんも胃が痛いだろうなと同情した事もある。


 「××君ってゲームセンスあるよね」


 そんなワガママな彼女は事あるごとに持ち上げてくる。前から凄いと思ってたと言われてお世辞だとしても悪い気はしない。正直リアルな自分を、仕事を褒められるよりゲームの腕を褒められた方が嬉しい。我ながら単純だけどいつしか彼女にハマっていった。顔が見えないから余計そうなんだと思う。彼女がリアルの彼氏と別れて僕とゲーム内結婚をした時にはテンションは最高にアガっていた。




 そして、会いたいと思ってしまったのが運のつきなのか


 それとも久しぶりの感情で目が見えなくなっていた僕が悪いのか




 終わりは一瞬で。





「ごめんなさい」



 はじめて会った彼女は、思った通り可愛い人で、ワガママで、残酷な悪魔だった




 リアルもカッコいいね


 でも僕じゃ駄目なんだろ?


 男らしいね


 それでも僕じゃ駄目なんだろ?



 ゲーム内のギルドのギルマスへ、僕との事を相談していた内に好きになったって何だよ。そうなったら早く言ってくれよ。しかもよりによってギルマスってなんだよ。会った事もない相手にさ。それは僕もそうか。苦笑しか出てこない。身体が震える。


 やけになって夜の街に1人出た。ショットバーで1人飲む。声をかけてくる女の子達が優しい。こういう子と恋に堕ちれば、僕も幸せになれるのかも知れない。食ってしまおうか。でも無理だ。優しくしてくれてありがとう。


 あぁおかしいな。死は愛を奪い、生もまた愛を奪う。


 孤独


 それを埋める為に僕は誰かの手を取る事が出来ない。誰の手でも良いわけじゃないんだ。空を見上げる。あの日見たのと同じ綺麗な月が空に浮かんでいた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ