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 いつもよりも陽の光が淡く見えたのなら、その日は曖昧な一日なのかもしれない。

 ひょっとしたら自分の感覚が少しだけ鈍くて、前方不注意だったり、なんてことのない段差に足を引っ掛けてしまったり、注意散漫になってどうにも調子が悪い……そういう日もあるだろう。

 今日はそう、いわゆるそんな調子の悪い一日なんだと思う。

 そうでなければ、競争率の高い購買特製焼きそばロールが、こんなにも味気ないわけが無い。

 麺のモチモチとした歯ざわりにキャベツの甘味と歯応えがよく映え、甘辛いソースにはほのかに醤油と山椒の風味が隠れており、それらをバランスよく青のりの磯の香りがまとめ上げている。

 それは解るのに、妙にパサついて素直に味わえないのは、きっとロールパンの所為ではない。

 思った以上に、自分は女々しいのかもしれない。そう感じさせるのは、傷付いているという自覚があるのか……


「どうした、考え事か?」


 百二十食限定の超人気メニュー片手に食が止まっているのを異常と感じるのかどうかは解らないが、傍らで色彩に乏しい昼食を取っていた美里には少なくとも様子がおかしく感じたのだろう。

 危うく思考の底に埋没しかけていた頭が反応したのは、それがまだ縁に腰掛けた段階だったからだろう。


「いや……至高のB級メニューに舌鼓を打ってたところさ。流石にこだわってるだけはある」


「……そうか」


 我ながら微妙な誤魔化し方をしたと思うが、美里はそれで納得してくれたらしい。

 会話はそれきり止まる。

 もともと口数が多いわけではなく、まして食事中に他愛無い話に華を咲かせるほどお互いに器用でもない。

 夏の初旬に屋上で食事をするという選択を、最近の女学生は好まないという話を聞いた。なんでも、肌が焼けてしまうのが気になるらしい。

 それは流石に気のまわしすぎではないかとも思えるが、確かに夏の日差しを直接受け続けるのは暑苦しいし、それに目に堪える。

 ところがそれにしたって、工夫次第でなんとかなるものである。

 つまり現状、屋上入り口いわゆるペントハウスの隅にほんの少しだけ生まれた影のスペースに二人して狭くるしく並んで昼食を取っているのには、こういった事情があるのである。

 ちなみに本日の昼食は、先述したこだわりの焼きそばロールとカレーパン、そして紙パックのミルクティーである。

 対する美里は弁当で、飲み物はペプシじゃないコーラ。いつも決まってコーラを飲んでいるが、なにかこだわりでもあるのだろうか。

 弁当……そういう解釈にしておいてもいいのか、少し疑問だ。

 というのも、彼女の弁当と言うのは、いつもタッパーに詰めたおじやだけなのだ。

 食が偏っていると言うのかどうかは解らないが、昼食を一緒にする限りでは様々なバリエーションがあることから、少なくとも栄養が偏る事はなさそうではある。

 邪推は色々と浮かぶ。

 美里の身体の弱さを考えれば、食事制限と思い至る事もできるし、わざわざ屋上まで移動して隠れるようにおじやを口に運ぶ様子など、まるで誰にも見られたくない事のようにも思える。

 まあそれも下衆の勘繰りに過ぎず、三年以上も腐れ縁を続けておきながら訊けないでいる自分の責任でしかない。

 本当に、美里の事について、俺は何も知らない。

 ただなんとなく、人知れぬ努力によって病弱な身体を引き摺って学生生活を謳歌しようとしている彼女の支えになれれば、と……

 そこに仔細は必要ないと、余計な事を知ることによって溝が出来てしまったら、自分としても困るのではないか。

 いや、そんなものは恐らく……


「ご馳走様。今日は、ゆっくりだな」


 不意に声をかけられ、思わず口に含んだままの焼きそばロールを咀嚼すると、噛み締めた紅しょうがの辛味に眉が寄る。

 それが滑稽に見えたのか、珍しく美里が苦笑をもらした。


「どうした、寝てないのか? さっきから食が進んでいないようだ」


「ん、いや……昨日はちゃんと寝たよ。その、まぁ……考え事だ」


「やはりか」


 納得言ったように笑みを見せて弁当をしまうその仕草には淀みが無い。

 それに対しこちらは、何か言い訳を考えようとして結局墓穴を掘ってしまった事に、今更ながら気付いて寄った眉根が戻らない。

 誤魔化すように焼きそばロールの残りを一気に頬張るが、流石に水分が足りなくって慌ててミルクティーで流し込んだ。

 こだわりの焼きそばロールも、紙パックミルクティーの安っぽい味と一緒に消えてしまった。


「何があったかは訊かないが、“心焉ここに在らざれば視れども見えず”とはよく言ったものだな」


 ボトル入りコーラでたっぷり喉を潤してから、ククッと肩を揺らして微笑む。そんな笑い方をするのを見るのは随分と久々だ。

 クセの無い黒髪が揺れる。切れ長の目元が緩み、いつもの済ました冷たさが薄らぐ。

 間違いなく、美里は笑顔のほうが魅力的である。それを最初に知ったのは、もう思い出せないが……

 俺はそれを、


「相変わらず、秋信は嘘が下手だな。損をするタイプだ」


「まったくな」


 微笑む美里につられるように、こちらの頬も緩む。

 今日は調子がいいのか、美里はなんだか上機嫌だ。

 会話の無い先ほどの状況がまるで嘘のようですらあるが、俺と美里の関係はこんなところだったりする。

 たまに、こんな風にして微笑む顔を見ることが出来る。楽しむことができる。

 俺は、そんな美里の生活を維持してやる事ができれば、それで満足なのだ。

 嘘吐きと罵られてもいい。嘘が不得意な自分からしたら、すぐにバレてしまうだろう。それでも構わない。

 正しいと思えれば、それは嘘ではなくなる。俺の吐けない嘘は、そういうものに反したものであると思いたい。


「ところで、今度の休みは、空いてるか?」


 ミルクティーを飲み干し、残したカレーパンを食べるのを諦めて片付けようとしていたところで、美里はまた突飛なタイミングで突飛な事を訊いてきた。

 今度の休みと言うと、土曜か日曜ということになるが、日曜はアルバイトが入っている。

 俺がアルバイトをしている事は美里も知っているので、予定が気になったということなのだと解釈した。


「日曜にアルバイトが入ってるな。もうすぐ期末だし、調整してくれてるらしい。休みがあっても、勉強ははかどらないけどな」


「そうか。なら土曜に少し付き合ってくれないか?」


 その返答から、俺の解釈がずれていたことと、そして美里の言葉の意味を咀嚼するのには、少しだけ時間を要した。



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