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 熱気に満ちたスタッフルームから解放され、外気を頬に感じると、真夏だと言うのにやけに冷たく思えた。

 陽も落ちれば相応に涼しくも感じられる。

 とはいえ、換気扇や排気口の密集するファミレスの裏手でわざわざ深呼吸をするような気分にはなれない。

 時刻としては宵の口と言ったところか。夕刻からのピークタイムを抜け、そろそろ夕食には遅くなってくる時間に、ようやく勤務終了。

 疲労した両肩をほぐしながら、重たくなった足取りを駐輪場のほうへと向けると、思わず長い息が洩れた。

 人並に学校へ通う健全な高校二年生としてみれば、平日にファミレスのアルバイトを入れれば、十中八九この時間帯に組み込まれるであろう事は目に見えていたし、その労力がいかほどのものかなど、面接に望む以前から予想できていた事だ。

 遊ぶ金が欲しいわけではなかった。欲しいものがあったわけでもない。

 稼いだ小遣いの使い道なんて、考えていなかった。

 ただ手持ち無沙汰だったんだろう。

 のんびりした校風が特徴の学校での生活は、進学校のように生徒に過剰努力を強いるものではなく、予習と復習を欠かさなければ十分ついていけるレベルだ。

 つまりちゃんと授業を聞いて、その内容を洗っておけば、少なくとも遅れを取る事は無い。勉強を心得ていれば、それだけでのんびり出来るのだ。

 生徒の自主性を重んじる、とでも言うのか。学校外の時間は、それだけに多く取る事ができる。

 それゆえの手持ち無沙汰。

 余裕があると余計な事を考えてしまう。最早、それが余計な事かどうかも解らない。

 だから、身体を動かして疲れさせ、そして訪れる疲労という名の充実感は、淀んだ意識を洗ってくれるような気がするのだ。

 何かに打ち込んで、そして疲れて、くたくたになって眠りにつく。

 そこには恐れも懸念も何も無い。生理現象としての心地よい眠りだけが、安心となって翌日まで支えてくれる。

 我ながら、若くして枯れているような感じだが……そうでもしないと、落ち着いて眠れないのだから仕方が無い。


「あー、あっきーさん。あっきーさんも、今あがりですか?」


 駐輪場から自分のママチャリを引っ張り出して店の裏の街路に歩み出たところで、耳慣れた声が肩にかかった。

 高いトーンだが嫌味ではなく、ヴァイオリンと言うよりもフルートのような丸みのある声色にして、面妖な呼称。

 そのキーワードで該当する知り合いは一人しか居ない。というか、さっきまで同じフロアで客相手に格闘していた。


「柏崎、その呼び方はやめろって……」


「なんでですかー? 可愛いじゃないですか」


 小さい顔の小さい口を大きく開けてケラケラ笑う柏崎に悪びれた様子は無い。

 最近は、何が楽しいのかこの柏崎千夏という頭一つ分ほど小さな後輩が、出くわす度に人を珍妙な愛称で呼びからかってくる事が増えた。

 今だってそうだ。というか、いつもは帰りに会うことなど無かった筈だが……

 柏崎とは帰り道が逆で、いつもは表通りのほうから歩いて帰るのだが、今回はわざわざ裏道まで会いにきたというのか。


「……まあ、いい加減にしつこいからもう言及はしないけど……で、わざわざ人をからかいに来たのか?」


 個人的に、やはり数日に渡り拒み続けてきた面妖な呼び名については納得いかないが、そんな事のためだけに帰り道を変更するというような素敵な性格をしているとも思えない。


「相変わらずあっきーさんは冷たいなぁ。ひょっとして暗い夜道を、女の子一人で帰すつもりだったんですか?」


「……悪い、言ってる意味がよく解らん」


 だいたいの予想はつくが、易々と迎合するには厄介なわざとらしさをを感じた。

 明らかな他意を覚えずには居られないので、遠回しに拒否してみると、柏崎は案の定、機嫌を害すわけでもなく笑顔を崩さないままこちらの顔を見上げてきた。


「一緒に帰りませんか? ていうか、送ってください。夜道怖いです」


「断る」


「ええーっ? 何で断るかなぁ……」


「帰り道が逆だし、それにお前はいっつも一人でさっさと帰るだろうが」


 いつもと同じ軽口をのたまう口が、珍しく失速するのも構わず、至極尤もな理由を並べて差し上げる。

 そもそも、柏崎は友人に困るほど対人関係に困窮してはいないので、一声かければ簡単に夜道が怖くなることは無くなるだろうし、こう見えてお嬢様なので、迎えの一つ程度なら電話一本で数分と待たずに呼び寄せる事ができるだろう。

 自分が付き合ってやる必要がほぼ皆無と言っていい状況で、わざわざ面倒を増やすつもりは無い。

 それに今日は、別の用事があるので、どちらにせよ彼女の言い分を聞いてやることは難しいだろう。


「どうしても、駄目ですか?」


「は?」


 裏道側から表通りのほうへとママチャリを押す手が思わず止まった。

 別に柏崎に荷台をつかまれたとか、そういう物理的な要因ではなく、ただ彼女が珍しく食い下がったことが本当に意外だったからだ。

 彼女の美点として、何でも他人任せにしないというところがある。

 柏崎は、その持ち前の明るい性格と懐の広さで、物腰を巧みに利用して現場での仕事配分を調整する策士である。

 率先して仕事をこなすかと思えば、まかないきれない部分は他に無理が無い程度を見極めて誰かに頼る。それが嫌味無くできるのが柏崎なのだ。

 これがなかなか難しく、微妙な人心掌握というか、さじ加減が必要になってくるのだが、柏崎の場合は自分が率先して動く事により他を迎合させ、そして何よりしつこく食い下がる事をしない。

 見切りをつけて、ある程度の事を切り詰めて代案を捻り出せる。そんな機転が利く。

 だからこそ、敢えて無理を通そうとする今の柏崎の物言いには、少し驚いた。


「ん~、いや、えーと……じゃあですね、ちょっと歩きません? いわゆるアレです。話したいだけなんですよ」


 こちらがよほど物珍しそうな顔でもしていたのだろうか。振り向いた途端、柏崎はこちらの視線から避けるようにあちこちとあらぬ方向へと視線を巡らせて歯切れ悪い提案を持ち出してきた。

 いつも笑顔で人をからかうような性格にしては、ポーカーフェイスが出来ていない。

 何か心配事でもあるのだろうか。流石に気になってきた。


「……わかったよ。俺も寄るトコがあるから、そのついでに送ってくよ」


「ホントですか!? やたっ、やりましたよチーフ!」


 用事があるのは本当だが、逡巡したのは僅かで、それほど急いでもいない。

 とはいえ、夜中の裏路地でここに居ないチーフ(フロア担当正社員:25歳独身)に同意を求める大声は、流石は柏崎と言ったところか。

 相変わらずリアクションが大きくて、見ていて飽きない相手である。

 呆れついでに嘆息して苦笑を漏らすと、ママチャリを押す疲れた足取りに、飛び跳ねるような軽い足音が隣に並んだ。



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