第八話:逃亡
強烈な光に包み込まれた後、二人は不思議な浮遊感を覚え、その後、地に足が着くのを感じた。
二人を包み込んでいた光は徐々にその輝きが薄れていき、次第に辺りを視認できるようになる。
そこは道の左右を高い建物に囲まれた場所だった。割と広い場所だが、大通りと比べるとかなり狭く、そしてまだ昼間だというのに辺りは薄暗い。
転移という体験が初めてだったのだろう、サラはやや戸惑っていたが、慣れているカイトは周囲に目をやる。
「ここは・・・東区の裏路地か」
ある一点を見つけ、カイトは呟いた。
王都レレアルーンの裏路地はかなり複雑で、世界で最も迷いやすい路地として有名である。実際、昔から多くの遭難者がでていた。
そのため、改善策として裏路地に一定間隔でその場の位置情報や大通りへの道順などが描かれることとなった。といっても、あくまで帰り道が分かるようになっただけで、依然として道は整備されておらず、やはり危ないことには変わりなかった。
と、現在地を確認したカイトの胸ポケットから、リーフィアが飛び出した。
「ふわ~、やっと出られた・・・ってあれ? ここどこ?」
「ちょうどいいところに。リーフィア、上まで飛んできて町の門までの道を調べてきてくれねぇか? なるべく裏路地を通っていける道で頼む」
「あ、カイト。別にいいけど、何で?」
「そうですよ。大通りに出ないんですか?」
リーフィアとサラの二人は怪訝な顔をカイトに向ける。
「大通りに出れば奴らに見つかる可能性が増えるし、何より、一般人を巻き込んじまうだろ」
奴らは自分達を捕まえるためだったら、たとえその過程で誰がどうなろうとも構わずに何でもする。カイトはそう確信していた。
そして赤騎士がつい先程行ったことを鑑みて、カイトの言わんとすることを理解したのだろう。カイトのその言葉に、サラは息を呑んだ。
「うーん、・・・ああ、あの人達か」
額に人差し指を当ててそう言ったリーフィアは、しかしまだ何か引っ掛かることがあるのだろうか、再び首を傾げた。
「でも、何で追われてるの?」
「お前・・・、聞いてなかったのか?」
「うん。ついさっきまでその中で寝てたよ」
カイトの胸ポケットを指さし、笑いながらそう言った。リーフィアのその神経が信じられず、カイトはただ唖然とする。まさかあの騒ぎの中で寝ているとはさすがに考えなかった。
「成る程、どうりで静かだったわけだよ・・・。まあ、事情は後で説明するとして、今は頼む」
「いいよ。じゃあ行ってくるね」
背中の羽を大きく広げ、リーフィアは上へ上へと飛んでいった。それを見送ったカイトは、ふと思い出したことがあり、再びサラの方へ顔を向ける。
「サラ、今のうちにそのブーツに慣れといた方がいいぞ。それ履くと普段の感覚と大分変わるからな」
「は、はい。・・・っとっとっと、あ、あれ、え、あ・・・きゃっ」
カイトに言われ、サラはその場で軽く足踏みをした後、歩きだした。しかし、足元に落ちていた少し大振りな石に躓いて体勢を崩してしまった。
その時だった。
サラがいたところ、その胸の辺りを、斜め上方向から突如飛来した金属矢が通り過ぎ、地面に突き刺さる。それは一目でボウガンの矢だと分かった。
「え・・・」
「な・・・っ、あ、危ない!」
予想外の出来事に呆然としたが、すぐに我に返り、サラの前に身を踊らせた。
すると、それを狙ったかのように再び矢が飛来する。カイトは腰の刀を抜き放ち、前方に振り抜く。矢は派手な火花を散らして横へと弾かれ、その火花は辺りを一瞬だけ照らす。
しかしそれだけでは終わらず、矢は次々と飛来し、またカイトもそれらを火花とともに弾く。
「くっ・・・、誰だ!」
しかし、カイトの視界には誰も映らない。それどころか、近くにサラ以外の人の気配を感じられなかった。
「薄暗くてよく見えねぇ・・・っ! サラ、大丈夫か!?」
「は、はい! 大丈夫です。カイトは!?」
「大丈夫だ!」
ギィン、と刀で矢を弾くカイト。
しかし、今は防げているものの、見えない敵からの攻撃はサラに突き刺さる可能性がある。そのことを考えるだけでカイトの背中に冷たいものが走り、次第にその顔に焦りが浮かぶ。
その時、二人の真上から声が響いた。
「カイト、サラ。た、大変だよ!」
凄い勢いで戻ってきたリーフィアはカイトの側に寄り、前方を指さす。
「あっちから鎧を着た人達が二、三十人くらいこっちに向かって来てるよ!」
「なっ・・・、もう奴らに見つかったのか!?」
カイトは唖然とする。なぜなら、転送術式でここに移動したのはたった数分前だったからだ。いくら何でも、見つかるのは早過ぎだった。
(じゃあ、これも赤騎士の仕業か。・・・あいつら、対モンスター用のボウガンで人間を攻撃するなんて、かなりイカれてるぞ・・・っ!)
しつこく放たれ続ける矢を弾きながら、カイトはゾッとした。
カイトが今弾いている矢・・・。それはモンスター討伐の際に使うそれと同じ兵器であった。モンスターの硬い皮にも易々と突き刺さるその矢で人間を撃ったらどうなるかなど、誰にでも容易に分かることだった。
カイトは戦慄を覚えた。しかし、その時リーフィアは彼のその背中に目が止まっていた。
「く・・・、このままじゃ埒が明かない。二人とも、逃げるぞ!」
「えっ、あ、・・・はい!」
再び放たれた矢を弾き飛ばし、カイトはサラの手を掴む。
「リーフィアは道案内を頼む!」
「あ、・・・うん。任せて!」
リーフィアはカイトの頭に乗り、それを確認したカイトはサラとともにその場から走り出した。