第二話:ギルドの少年
ギルド『なんでも屋』は『シルフィード』の南区の外れにある中規模ギルドだ。
カイトにとって、ここは第二の家といってもいいほどの場所(実際、カイトの部屋もある)だ。
「ギルドに着いたのはいいけど、どうするか・・・」
カイトがギルドに着いてから既に五分弱経っていた。
しかし未だに入口の前でそんな問答を一人で繰り返していた。
(遅れた言い訳に使おうと思ってた犯人には逃げられちまったし、ほんと、どうすっかな)
などと無駄に頭を悩ませていると、
「よお、カイト。遅刻するとはいい度胸じゃねぇか」
背後から聞こえた野太い声に、カイトは背筋が凍るのを感じた。
「お、親父・・・」
カイトは恐る恐る振り返る。
そこには親父こと『なんでも屋』のギルドマスターの『アレックス・ルイス』が立っていた。
全身に筋肉の鎧を着た大男の彼は、右肩にカイトの背丈を余裕で越える大斧を平然と担いでいた。
そして、アレックスは目の前の獲物に向けて右肩のエモノを丸太のような腕でゆっくりと構えた。
・・・どうやら断罪ということらしい。カイトは直感的にそう感じた。
(くそ、ここまでか・・・)
カイトは半ば諦めの笑顔を浮かべた。
そして目を閉じ、明日の朝日が拝めることを切に願いながらその時を待った。
「・・・、・・・。・・・?」
しかし、いくら経ってもその時がくることはなかった。
不思議に思い、カイトは恐る恐るアレックスの方を見る。
アレックスはカイトに向けて構えていた大斧を再び右肩に担ぎ直していた。
「・・・本当なら真っ二つにするところだったんだが」
そんな野太い声が聞こえた。どうやら助かったらしい。
・・・そして、本当なら真っ二つになっていたらしい。
「ついさっき、お前に助けられた、ってやつから連絡があってな」
あの人か。
・・・グッジョブ。おかげで助かった。
アレックスは心の中でそう呟いているカイトを余所に、
「だから大目にみて、今回は百人組み手で勘弁してやる。あ、もちろんお前は素手だがな」
百人組み手か。これは大分軽く---あれ?
アレックの言葉に疑問を感じたカイトは、
「ちょっと待ってくれ。今百人組み手って言ったか?」
「言ったな。あとお前は素手で、とも」
「なんだよ、結局死ねってことかよ!」
カイトは叫ぶように言った。期待した自分が馬鹿だった、と。
それを見たアレックはニヤリと笑った。
「どんな理由があっても、遅刻して無罪放免じゃあ他の奴らに示しがつかねぇじゃねえか」
ちなみに、百人組み手とは、一人づつ順番に模擬戦闘を行い、百人抜くか倒れるまで続けるというもはや公開処刑といっても過言ではないものだ。
本来は武具を使用して行う『何でも屋』伝統のものなのだが、カイト素手でやることになってしまっている。
原因は、過去にカイトが九十九人抜きまで達成してしまったからだ。ちなみに、百人目はアレックスだった。
「そんなことより」
「俺の命をそんなこと扱いすんな!」
「人の話を聞け」
再び大斧を顔に向けられた。すかさずカイトは両手をあげる。・・・誰だってなるべく長く生きたいはずだ。
アレックスは溜め息をついて、
「そんなことより、仕事だ」
先程とは違う、真面目な顔でそう言った。
「あれ? 確か今月はもう仕事は残ってなかったと思うけど・・・」
人差し指をこめかみに当ててカイトはそう言った。
「俺が直接もらってきた」
「へぇ、珍しい。どんな?」
「事件だ」
「よかった・・・。いや、事件が起こったんだから、よくはないが。もう事故の後片付けはゴメンだからな」
カイトはホッと胸を撫で下ろした。
「だからさっさと支度してこい。ああ、あと他のバカ共にも伝えとけ」
「分かった」
カイトはつい先程までのが嘘だったかのように、勢いよくギルドの入口のドアを開けた。
ギルドの中はかなり広く、左右には二階への階段があり、正面にはカウンターがある。
そしてギルドの一階の大部分はいくつもの椅子やテーブルが占めている。
そこでは五十人近くの男達が騒いでいた。
(相変わらずむさ苦しくて暑苦しい所だな、ここは)
そんなことを考えながらギルドの中に入る。
すると先程まで騒いでいた男達がカイトの方へ視線を向けた。
その直後、ギルド全体に凄まじい音が響き渡った。
それが男達全員の笑い声だと気付くのに、カイトは一秒ほどかかった。
「な、何で笑うんだよ!」
「だ、だってよう、カイト。また遅刻だろ。どうせいつものアレで。『困ってるヤツをほっとけない病』で・・・。アハハハハ!」
カイトの近くにいたダークブラウンの髪の男がカイトに話した。
そして腹を押さえながら再び爆笑した。
『ルード・エネルゲイト』。それがこの男の名である。
歳はカイトと同じ十八である。このギルドでは若い方だ。
「うるせぇ。大体、お前らだって目の前に引っ手繰りがいたら捕まえるだろうが」
「そりゃ捕まえるけどよ、お前のは俺らのそれとレベルが違うんだよ」
「納得がいかねぇ---っと、今日はそれよりも重要なことがあるんだった」
カイトの言葉にルードは首を傾げた。
とりあえずそれは放っておいて、カイトはまだ少し笑い声の残る中でも聞こえるように少し大きめの声で言った。
「今日は珍しく親父が仕事を持って来たぞ。それも事件のだ。笑ってる暇があったらさっさと支度しろ」
そう伝えると、カイトは階段を上り自室に向かう。
背後からは、五十人近くの男の、先程とは違う盛り上がりの声と、ドタバタと慌てて準備をする音が聞こえてきた。
カイトは自室のドアをいつものように手前に引いて開き、中に入った。
そして、壁に掛けておいた愛用のナップサックを持つ。
それだけで支度が終わり、親父の所に行こうとした。
しかし、あることを思い出した。
「そういえば、コイツ連れて来てたんだっけ」
そう呟き、胸ポケットから妖精を出した。
どこに寝かせるか少し迷ったが、とりあえずベッドの上にそっと寝かせることにした。
そしてドアを閉め、アレックスのところに向かっていった。
目が覚めると、そこは知らない場所だった。
とりあえず自分が今まで寝ていたベッドから背中の羽を使い、飛んでみた。
辺りを見回してみると、どうやらここが人間の部屋であることが分かった。
(あれ? 私なんでここにいるんだっけ・・・?)
手を頬にあてながら記憶を探ってみる。
しかし、結局分からなかった。
いや、分からなかった、というより記憶になかった、というのが正しいのかもしれない。
今の彼女にある記憶で最も新しいのは、光の『シャイニングスターの欠片』うっかりを落としてしまったところ---
「っていけない! 早く探さないと!」
一番近くにあった窓まで慌てて飛び、鍵を開けて外に出ようとした。
「ん・・・、あ、あれ? 開かない・・・」
しかし鍵は予想以上に固かった。
いくら引っ張ってもびくともしない。
ならばドアから、とドアに向かうが、そもそもドアノブがほぼ自分の体と同じ大きさだった。
つまり、開けられるはずがない。
他にはないか、と脱出口を探してみる。
しかし窓とドア以外に外に出られそうなところは見当たらなかった。
「・・・あれ? もしかして私、捕まっちゃってる・・・?」
呆然とした彼女のその質問に答えてくれる人は、もちろんいなかった。