濁った日常。(2/2)
「…ン、……使イハ………――――…ウン。………カイ」
ポツポツと断片的に聞こえる声に目が覚める。
…甘く見ていた。平和ボケしすぎだった。気を抜き過ぎていた。
意識の回復に伴う思考の明確化。による現在の思考能力の程度を図っているうちには通常の思考能力は取り戻していた。鈍痛のこべり付く後頭部は無視を決め込むことにした。廃屋だと気付くのには時間を要しなかった。昔よく遊んだ場所――家から五分の築百年以上たっているのではないのかと言いたくなる外観から百人中百人が廃屋と認定できるほどの廃屋だからだ。廃屋の内装は壁度は存在しない。子供の時に俺達が全てぶち抜いた。だから三百六十度全て見渡せる見通しのいい情景となっている。
「おっ、起きたみたい。自分の置かれてる状況理解できてるかいー?」
俺がゴゾゴゾと動き出したのに気付いたようで、壁にもたれて携帯をつついていた加害者Aが如何でもよさそうに伸びた口調で喋りかけてくる。因みに喋りは男だけど声は女だった。たぶんスケ番的なアレ。
「おーいー?ダイジョブ?意識ある?聞こえてる?しんでない?」
加害者Aは棒読みにテンプレートな台詞を吐く。まったく学がない。
「聞こえてるよ。俺なんか監禁して何する気だ?」
鬱陶しいと言いたげに(てか鬱陶しい)俺は言葉を紡ぐ。
「あーー、ごめんなー。オレだって好きでこんなことをしてるわけじゃないんだぜー。ちょっち依頼があってねー。あ、そーだ。オレ、誰だかわかるかー?」
「六校の生徒の誰かだろ。学陰学園の唯一の二つ名持ちの『久慈 匚音』あたりか…ってな」
「だぁーいせいかーい!よーく分かったな。やっぱしこの喋り方だなー。うん。我ながら強烈なキャラが立ってると言えるぅぜ。でも少しいただけないなー。学陰学園っちゃそうだけど、この場合は別の言い方をするべきじゃーない?」
たとえば始原の覇者…とか。
「昔の、たった一度だけの栄光にすがるなよ。たしか妖怪でいたな。背中に掻きついて離れないクソみたいなやつが。そえれと似たようなものだろ。しかもこちらにメリットが一切ないって所でお前らはそれ以下だ。精々タニシと同格だ。で、久慈匚音は俺に何のようだって聞いてるんだが」
匚音は携帯を一度開き、パチンッと閉じて口を開く。
「殺しに来た」
耐えきれなくなった。俺は耐えきれなくなった。
「ぶあはっ、あはははははっははははっははははははははっははははははははははははっはははははははははははははははははははははははははははははっはははははははははっはははははははははっ!!!!!!!!!!!!!」
『意識が覚醒した時から堪えていた笑い』をついつい噴き出してしまった。
「なーにがそんなに楽しい?面白い?」
「一々廻りくどいんだよ。殺すなら意識を失ってるうちに殺すなり、出会いがしらの金属バットを包丁にするなりで事足りる。『構って欲しい』なら『構って欲しい』って言えよ。構ってちゃん♪ははっ、あはは。『お前らはウサギちゃんか?』『一人だとさびしいよー、ぴえぇーん』か?六校で集まってまだ仲間がいるのかーい?」
「…っざけんなよぉ――おぉッ!!」
ガツンッ!と右頬に拳が激突した。ダメージ一(笑)。柱の裏で両手を縛られて繋がれているこの状況でも出来ることはある。殴られた衝撃をズラすことも難なく出来たりもする。この技術は咲良と友からの輸入。あいつら最強だもん。
「おいおいー、チミの拳骨の威力は一かい?そんなんじゃ首の座ってない赤ちゃんも殺せないぞー。
でさぁ、もういいじゃん。さっさと用件言えよ馬鹿が。もう鬱陶しい。まだ平日だし明日も学校あるんだ、あんまし夜更かしとか好きじゃないんだよな俺。なんたって七時に寝ている兵だからなー、オレっ(爆笑)
どう?
特に用事無かったらさっさと解放してほしいんだけど。
俺は君の事なんて全く持ってコレっぽっちも一ピコも興味はないからこのコトは誰にも言わないよ。安心してねー。
さぁ、どうするんだ?
本当に殺す気あるのー?」
「…………………………」
結構扱き下ろしたつもりなんだけど。あの程度で逆上する位だからこれくらい言えば十分理性を無視して暴走すると思ったんだけど…ぐぅッ!!
思わぬ攻撃がぁ、、、、、、・・・・・、、、っっててええええええ。重心を傾けての突き蹴り。もうほぼっってええ。ほぼサンドバッグ状態。まだ一回しかけられてないけど。
あー、涎垂れた。
「少しは反省したかー。解放する気はない。用件は言ったはずだ。殺すと」
「用件は殺しに来たじゃなかったのか?変わってるぞっとぉおおお」
突き蹴り二発目襲来。華麗に体をひねりかわしてみた。ヅゥウウウウウウウン―――って廃屋中に振動が響いた。あぶね。
「で、どうして俺を殺すの?」
一度リセットして会話再開。高等テクニック。ただし相手次第です。
「六校の意志だ。俺がソレを実行しに来た」
うん。なかなか寛大な心だ。スルーしてくれた。けどもうキャラが崩れてる。キレキャラなんだな。ゆるキャラに偽装したキレキャラ。おいおい、思いっきり対面のキャラだぞ。羊の皮をかぶったライオンみたいな。
「でも俺を殺してもなんの解決にもならないぜ。俺の後窯は幾らでもある。つーか多分元生徒会長が生徒会長になるって感じじゃなかったかな。俺を殺して誰かが生徒会長の座に着いたらソイツも殺すのか?普通じゃないな」
「殺すのはお前だけだ。
DK→Aの優勝候補のお前らを殺すんだ。
賞金を六校で分配する。
それで問題は解決する」
「情報漏洩か。よくある話だな。
別に良いけど。
あとの九十六人はどうするんだ?
こいつ等も俺と同じくこうやって殺すのか?
そりゃおつかれさん」
どうやら初耳だったらしい。ま、当たり前か。がんばって俺達の情報は集めたが後の人間のことなんて眼中になかったらしい。
「ほーら、タイムリミットは四十八時間切ってるぜ。百人伐り達成できるかな?殺戮者よ。あー、たった今、俺の中で君は加害者Aから殺戮者Aに変更されました」「あ、もちろんAはアッポンタンのAだぞー」
「もう、これ以上お前と話す事もないな」
おいおいおいおいおいおいおいおいおい、沸点低すぎだろ。
匚音はシャリンッとナイフをベルトから引き抜いた。大方後ろで鞘に入れてベルトに縛り付けてたんだろう。けど、ナイフの扱いは傍目から見てもドの付く素人だった。業界ではトーシロ。だから、それで本当に『殺す気あるの?』
ブチと音をなるべく立てずに俺は腕を縛っていたロープをナイフで切り、殺戮者Aが振り上げていた(俺が縛られているからどうふっても必ず当たると思って振り上げている)ナイフにナイフをぶつけ、相手の握っていたナイフを弾き飛ばす。キンッ!と火花が一瞬散って相手がナイフを落とす。握り方がなってない。まず、自分が優位に立っていると心の余裕で握り方が甘くなる。素人なら専らだ。
一瞬にして身体に神経が通ったみたいに皮膚の感覚が敏感になるのを脳の端で感じる。
相手が初めてのナイフとナイフの交差によってビビっている隙を突いて突き蹴りをする。やりかえしだ。これは俺の分。これは柱の分。これはクリリ○の分!!
ものの数秒で相手を制圧する。喧嘩さえしたことないやつだった。蹴りを二回喰らっただけで失神した。殺戮者Aの上着を切り取り、長い布にしてから俺と同じ境遇にしてやった。扇情的な光景だった…とは言い難かったが。
「駄目駄目じゃん。『執念の怨念』はこの程度か。たしか肉体面から付いた二つ名って聞いたんだがな。名前負けしてるよこれじゃ」
廃屋のドアに手を掛け、出ようとしたところでソレは起きた。
「がぁあああああああああああっ!!!!!」
ヅゥゥウウウン!!
振りかえる。そこには両手首を血まみれにした殺戮者Aの姿が映った。コイツは自分の力で布と柱に挟まれている両手を抜けださせたとでもいうのか。アリエナイ。絶対に自分の力じゃ抜けないようにしてたんだぞ。
右足を軸にした回し蹴りが視界を潰す。いや、回避したけど。廃屋に溜まっていた埃がぶぁっと舞い上がり、鼻に、喉に、目に、皮膚に、不快感を訴えかけてくる。
ッいたあ!!
回避して気が緩んだ所で右手に激痛が。見ると人差し指中指の根元深くまで噛みつかれていた。
「いってぇんだよぉお!!」
ナイフの刃先を左手で変え、左手で拳骨を作り、殺戮者Aの額に当て、静止力が出来たところで思いっきり力いっぱい右手を引き抜く。
じょりじょりと骨が皮膚一枚と肉をはさんでこすれる痛みをはっする。歯で圧迫されて痛み上昇。引き抜いた後の指は掌と甲側の皮膚はなく、うっすらある筋肉も根こそぎそぎ取られていた。あの歯に。血がピチャリと零れるのが自分で分かる。とってもイタイ。空気に触れてるだけでいたい。
反動で殺戮者Aの動きが浮いた間隙に刃の方向を持ち替えたナイフの柄で殺戮者Aの脳天にガツンッと振り下ろし、一撃を与える。
かなりの威力。
瞬く間に殺戮者Aは昏倒して脳天を押さえて悶えだした。踵で背中の肩甲骨の所を打つ。痛みを発するのが背中というのはかなりこたえるものだ。一番神経に近いからかな。
こんどこそ相手を無力化してドアに手を掛ける。廃屋の腐りかけたドアはギィィイと音を立てて開く。
財布以外、ナイフしか持って来ていなかったのが起因したのか、どうやら相手はグループではなく単独だったようだ。
ああ、ナイフは靴にかくしていた。靴底に外から取り出せるようなギミックを仕掛けていた。これはネットから学んだこと。二回目の蹴り突きを避けた時に不自然ながら左足を手元まで持ち上げ、ナイフを抜いた。辺りが暗かったのが気付かれなかった原因かもな。
「ぐうー、さっさと帰ろ…そういや、俺のコンビニ袋は――無いよな…」
がくっと肩を落としながら廃屋を後にする。てか、血が止まらないんだけど。右手が血で真っ赤。
「ま、待て、まままま待てぇええええええええええええっ!!!!」
気温が高い夜はよく声が通る。もはや爆音を通り越して轟音と呼ぶべき声を発した生物の方を向く。後ろに振り向く。
月明かりに照らされて顔がよく見える。綺麗な顔つきをしているんだが、もはや殺戮者の顔つきだ。下顎から血が滴ってる。頬から顎にかけて血が流れてる。絶対近づきたくない。
「勝負アリアリだろ最早。これ以上やっても意味が無いってば」
「終わって、いない。お前を殺す、まで――「はぁ、ムリだってば」」
俺も懸念していた。肉体面よりの呼称である『執念の怨念』はこの程度の打撃では撃破出来ないのか。
あー、鬱陶しい。
「俺の二つ名は『執念の怨念』。一つの事に固執する醜悪な姿とソレを可能とする強固な肉体から発生したこの二つ名を持つ俺は殺さない限りは止めることが出来ない。
さぁ、どうする。
鉄砲も数撃てば当たる。どんな素人でも玄人を上回ることはできる。
体力で振り回せば。その間に殺されなければ」
「あー、お疲れ。けれど…そろそろなんだよ。最終兵器が到着するのは」
腕を空に上げ、指でカウントする。
スリィ――トゥ―――ワン―――ゼィロ。
音は無かった。完全なる無音。
真空の中であるかを錯覚させる。
闇を纏い、纏われる暗殺者。
ソレは敵に対して無情。
ソレは味方を守る友情。
ただただ真っ直ぐに関節を伸ばした腕。俺の視界に現れる月に照らされて月光を浴びてうっすらと反射するキメの細かい皮膚。
拳。肘。肩。
俺の視界を埋め尽くす。
正拳突きが相手の鳩尾に確実に入る。
目の錯覚であろうか。動きがスローに見える。
拳が入り、相手が呻き、身体の筋肉が凝縮したかのように見え、足元が浮き。
そして、後方へブっ飛んだ。
加速による運動エネルギープラス完璧な重心移動による正拳突き。
ここまでの威力になるとは。
さすが『無情なる友情』。
素晴らしい。エクセレントだ。
暗殺者は軽いフットワークでこちらを向く。
「大丈夫、怪我とかない?」
「この右手…すっげー格好いいだろ」
「うん、すっごい痛そう」
「うん、すっごい痛いよ」
やってみる?と聞いたら脳天にチョップされた。地味にイタイ。
「でさ、オチたアレ?」
「一撃必殺だからね」
「執念の怨念だぜ?信じていいんだよな」
「アレを喰らって起きあがったら流石にヤバいよ」
「それはそうだなー」
軽い会話を交わして家路に着こうとする。
「ぐ、ぐぁあああああああああああああああああああああああああああ」
「おいおい…起き上がってきたぞ。どうなってんだ友?」
「あちゃー、もしかして肉体面からの二つ名?」
「ぐれいとぉ」
「カポエラ決めてくる…」
鬼か。
グシャッ!!
聞いたらヤバイ音が鳴った。
地面に両手を付けて両足で相手の頭をロックして地面にたたきつけてる絵がそこには存在したことを一応目に焼き付けておこう。
「…かえろう、感慨なる時空」「そだな」
さすがにもう起き上がることはなかった。
友の穿いている靴の内側に血が付いている所は見なかったことにしよう。
それにしても役に立つもんだなーGPS。靴に仕込んでおいてスイッチを押すとGPSが作動して、もう一度押すとSOSのモードになる仕組み。流石は無常なる友情。良い仕事をする。…ストーカーになりそうだな。
意識を手放す前に匚音がこう呟いていたことを二人は知らなかった。
「マホウツカイガクル―――ニゲ、ロ」と。