勘違いにも程があります
婚約者になったフォルカー様。見目麗しく、性格も悪くないとそれなりの評判でした。
ただ、なんだか人を見る目というか、観察眼がないような気がするのです。あと、聞く耳も。
それは、悪い人と仲良くするとか、そういうことではなく。
なんとなく、周りや自分が相手にしている人が見れてないなぁと感じる程度でした。
そう、わたくしと最初に会った時も。
その日、わたくしとフォルカー様はとある料理店で昼食を摂ろうとしていました。しかし、直前にダブルブッキングが判明し、わたくしたちは要予約の個室からカウンター席への変更を余儀なくされたのです。
わたくしが先に入店し、用意された横並びの席の左側に座ろうとした時でした。
「紳士は左側に座るのがマナーなんだ」
わたくしが説明しようと口を開く前に、彼は左側の席に座ってしまいました。
「あの、席を代わっていただけませんか? その──」
「紳士が左、本にそう書いてあったんだ。これでいいだろう?」
初対面の人間にここまで言われてしまえば、言いたくても言えません。わたくしはしぶしぶ右側の席に座ったのです。
別に、わがままで席を代わって欲しいわけではないのです。物心ついたときからカトラリーを左手で使うのが癖で、右側の席で左手を頻繁に動かすと、人に当たってしまうのです。
右ききの人が多いと知ってからは、できるだけ肘が当たらないよう、左側に陣取るようにしているのですが⋯⋯。
それなのに──。
婚約者として何度も会うたび、フォルカー様はわたくしの話を遮って左側に座るのです。最初のうちは一種の嫌がらせかと思いましたが、そうでもないということが関わるうちにわかりました。
フォルカー様は人の話を聞かない、悪く言えば自己中なタイプだったのです。
……悪気はないようですけれど。
だから、あの方を紹介されたときも、納得してしまいました。さすが、フォルカー様、と。
「エルゼ、こちらは俺と騎士科で仲のいい、アンネだ。男友達みたいなものだな」
フォルカー様は、わたくしに一人のお友達を紹介して、豪快に笑いました。
そんなフォルカー様をみて、わたくしは思ったのです。
あ、暴走してる。
「アンネ様、フォルカー様の婚約者のエルゼと申します。以後、お見知り置きを」
アンネ様は艶のある長い銀髪を後ろで纏め、編まれた蝶のピンを髪にさしています。琥珀色の瞳が、騎士科の制服である群青に映えています。
「エルゼ様、初めまして。フォルカーの同期の、アンネです」
アンネは芯の細い外見から想像されるよりも、騎士科らしく力強い喋り方をするようでした。
「アンネ様、その蝶のピン、とても可愛らしいですね」
「ああ、これは自分で編んだのです。可愛らしいでしょ?」
なんと、編み物もできるのですか。剣も操れて編み物もできる……。この世にはすごい方がいらっしゃるのですね。それとも、フォルカー様以外の騎士科の方は皆さん編み物がお上手なのでしょうか?
わたくしは前フォルカー様から、毛糸がほつれ、土台ががたがたしているコースターをいただいたことを思い出しました。
「お嬢様、このコースターは一体どなたから頂いたのです?
あまりに不安定なので、お蔵入りでよろしいですわね?」
いつも温厚な側仕えが、やや歩幅を広くしてキレ気味だったのです。相当な腕前なのでしょう。
「ええ、今にも青空に飛んでいきそうな蝶々ですわ」
わたくしの表現に、アンネ様はふふっと笑いました。
「エルゼ様は詩人なのですね」
その言葉がなんだか嬉しくて、わたくしも思わず破顔したのです。
フォルカー様的には私とアンネ様が敵対するという予想だったようですが、全くそんなことはありませんでした。
敵対する要素がありませんから。
アンネ様はフォルカー様のことを好きでもないのに、まるで浮気相手のように扱われるのが不快だとぼやいていました。
そういう意味では、被害者の会として一種の連帯感もあったのかもしれません。
フォルカー様はそれから、何度もわたくしとの面会の場にアンネ様を連れてきました。
わたくしはフォルカー様と二人の場を楽しみたいのです、とは申し出たのですが、
「なんだ、エルゼはアンネが嫌いなのか?」
ときつい眼光で言われてしまえば、返す言葉は、
「いえ、そんなことはないのですが……」
というのが限界です。
まぁ、別に良いのですけれど。わたくしに不利益はないわけですし……。むしろ、仲間が増えて心強いと言っても過言ではないでしょう。それほどに、あの方の相手は疲れるのです。
ただ、食事の際の席が左側から順に、わたくし、フォルカー様、アンネ様だったときには驚きました。
つまり、フォルカー様はアンネ様の方をエスコートしたいと思っている、ということなのでしょうか。わたくしが左ききなことに気づくわけもありませんから……。
それならば尚更、何故、気づかないのでしょうか。
あぁ、三人でカフェに赴いて、二人用の大きめのパフェを頼み、わたくし以外の二人で食べていたこともありましたね。
あのとき、アンネ様はものすごく嫌そうな顔をしていらっしゃったのに、それに気づく気配もなく⋯⋯。
というか、アンネ様は三人で出かける事自体、乗り気ではないのでしょうに。
「アンネ、一緒に食べよう」
アンネ様に笑いかけるフォルカー様を見て、完全にわたくしは引いてしまいました。
そのくせ、一番上に載っていた大きないちごはご自分で食べられてしまったのも、フォルカー様らしいというか、なんというか⋯⋯。
とにかくわたくしは呆れ返ってしまったのです。
嫉妬など、致しません。だってフォルカー様に、アンネ様ですから。
いつになればフォルカー様は気づくのだろうかと、日々の生活がそれなりにエンタメになり始めた頃。
その時は急にやってきました。
わたくしとフォルカー様とアンネ様の三人で、少し高級なお店に入りました。わたくしたちは貴族なのでよっぽどクリアしていますが、ドレスコードなどもあるお店です。アンティークな内装の個室が、これから起こる何かを予言しているようにも感じられました。
美味しく夕食を頂いていると、フォルカー様がおもむろに口を開きました。少し厳格な雰囲気を意識しているのでしょうか。
「エルゼ。実は、婚約を解消したいと思っている」
「まぁ、何故でしょうか。わたくしに至らぬ点が……?」
表情は平静を取り繕っていますが、内心では口角が上がりっぱなしです。貴族らしからぬニヤニヤを、そっと封印しました。
やっと、この時が来たかという想いです。
「衝撃を与えて申し訳ない。しかし、しっかりと考えた結果なんだ」
わたくしの取り繕った平静を、衝撃由来のものだと解釈されたようです。いえ、それでいいのですが。
というか、『衝撃を与えて申し訳ない』ってなんですか。衝撃を与えるようなビックリ内容の自覚があったんですか。あったなら是非ともワンクッション置いてくださいませ。
「……フォルカー様、なにゆえ婚約解消を望まれるのですか」
わたくしはつとめて平坦な口調で問いかけました。
「それはもちろん、アンネと婚約するためだ」
その瞬間、アンネ様が額を押さえました。あちゃー、という声が聞こえてくるようです。
わたくしは心のなかで狂喜乱舞しました。
やっと、やらかしてくれた。
もう、この人に煩わされることがないのだと心の底から解放感があふれてきます。
アンネ様は少しの逡巡ののち、控えめに口を開きました。
「私は貴方とは婚約しません。私は、男ですから」
その瞬間のフォルカー様の顔と言ったら。
わたくし、額縁に収めて毎朝家を出る前に一目見たいほどでした。だってなんだか、元気が出そうですもの。
「ア、アンネ……。が、男……?」
震えた声でうわごとのように繰り返すフォルカー様に、わたくしは哀れなものを見る視線を向けました。
「気づいていらっしゃらなかったのですか? 確かにアンネ様はほっそりとしていますし、髪も長いですが、あくまでも一般的な男性の体型や髪型からズレていませんよ」
「そんなはずはない! 第一、アンネなんて女らしい名前をしているのがいけないだろう。日和ってるのか? 男ならもっと男らしい名前であるべきだ!」
フォルカー様が誤解した要因であろう外見についてわたくしが触れると、彼はアンネ様の名前を糾弾し始めました。アンネ様はピキピキと顔に青筋を浮かべて。
「両親が私につけてくださった名前を愚弄するな!」
──それは、わたくしが初めて見るアンネ様の怒る姿でした。
きらびやかなシャンデリアの光が照らす中、わたくしが婚約の解消を受け入れたのと、騒ぎを聞きつけた店員が顔を真っ青にして駆け込んできたのは同じタイミングでした。
もちろん婚約は解消。これまでのフォルカー様の行いを鑑みて、わたくしは責任を負わない、という形になったのです。
そして今、わたくしとアンネ様は。
「エルゼ様、今度の週末はどこへ行きましょうか」
「アンネ様、婚約したのですから、敬称や丁寧な言葉遣いは必要ありませんよ。
……そうですね、大きなかき氷が食べたいです」
フォルカー様とのあの日々を塗り替えるように、二人幸せな日々を過ごしています。
「そういうエルゼ様……エルゼもどこか他人行儀ではないか」
アンネ様の琥珀色の瞳に、わたくしの顔がばっちり映って。それから、二人目を細めて笑い合いました。
そうそう、フォルカー様には可愛らしく見えたアンネ様の容貌も、わたくしからしたらずっとずっと、格好良いのです。それこそ、最初に会った時から……。お互い様、でしょうか。
あ、フォルカー様はあれだけ連れ回していた愛人(笑)が同性だったことに絶望し、その、いろいろと使い物にならなくなったそうで。
もう表舞台からは姿を消し、縁談が来ることもないようです。愛していたなら、それを貫き通せばよかったのに⋯⋯。
まあそれも、自業自得でしょう。




