第4話:Vランクの残酷と、俺のマナー
2018年4月。
V界隈に「数字至上主義」の波が押し寄せた時期。ランキングと相互登録に狂奔する配信者たちの中で、ゼンが貫いた「マナー」のお話です。
2018年、4月。
大学の新学期が始まり、キャンパスは真新しいスーツを着た新入生たちや、サークルの新歓ビラを配る学生たちの熱気で溢れかえっていた。
どこを見渡しても「新しい出会い」と「リアルな青春」が広がっている。
だが、大教室の一番後ろの席に突っ伏している俺――ゼンの頭の中は、そんな華やかな現実とは全く別のことで占められていた。
俺は、講義そっちのけでスマホの画面を睨みつけていた。
画面に映っているのは、『Vランク』という非公式のランキングサイトだ。
Vチューバーの数が増加の一途をたどる中、有志が立ち上げたそのサイトは、界隈の全配信者を「チャンネル登録者数」という絶対的な数字で残酷なまでに格付けしていた。
トップページに君臨する『絆のアイ』は、ついに登録者数百万人を突破し、神のような領域に達している。次点には、あの「虹生」の化け物ライバーたちが数十万という数字を掲げてズラリと並んでいる。
俺は、親指でひたすら画面を下にスクロールした。
百位、五百位、千位。スクロールする指が疲れ果て、画面の読み込みが何度かカクついた頃、はるか底辺の深海で、ようやく自分のアバター名を見つけた。
**【4892位:ゼン(登録者数:42人)】**
「……っはは。四千八百九十二位って。俺の前にどんだけ人いんだよ」
誰にも聞こえない声で自嘲し、スマホの電源を落とした。
四十二人。配信を始めてから三ヶ月。俺なりに毎日休まずマイクの前に座り続け、泥臭く拾い集めた大切な数字だ。
だが、この巨大すぎるピラミッドの中では、ただの誤差にすぎなかった。
ちなみに、先月俺が裏でこっそり機材トラブルを助けてやったお嬢様Vの『セリナ』は、その「ポンコツな没落貴族」というキャラクターが一部の熱狂的な層にウケて、すでに登録者を五百人まで伸ばし、中堅の入り口に立っていた。
この時期、界隈には明らかに「焦り」が蔓延していた。
誰もがトップを夢見て、あるいは自分もバズれると信じて参入したものの、現実は甘くない。数字が伸びない底辺個人勢たちは、次第に手段を選ばなくなっていた。
Mutterのタイムラインを開けば、悲痛な叫びが溢れ返っている。
『#Vチューバー相互登録』
『あと三人で登録者百人です!どうかフォローとRTをお願いします!絶対お返しします!』
自分の動画を見てもらう努力ではなく、ただ数字を交換し合うだけの「相互登録」という名の乞食行為。
かつて、何度か配信で絡んだことのある、硬派で面白いゲーム実況をしていた男性Vまでもが、なりふり構わず相互登録のタグを乱用しているのを見た時、俺は静かにMutterのアプリを閉じた。
「……数字欲しさに、見てもない奴に頭下げるのは、なんかスジが違えんだよな」
数字は欲しい。バズりたい。チヤホヤされたい。
だけど、魂を売ってまで手に入れた見せかけの数字に、一体何の意味があるっていうんだ。
***
その日の夜、二十一時。
俺はいつものように、安物マイクの前で金髪のアバターを起動した。
待機所に集まったのは、いつも通り「六人」だった。
「よっす。……お、匿名希望、今日も一番乗りじゃん。仕事お疲れ。佐藤はパチンコ負けたか? コメントの勢いがないぞ。タカシは明日テストだろ、こんなとこ見てて単位落としても俺は知らんからな」
俺は、画面の端に表示される六つのアカウント名をすべて読み上げ、場末のスナックの常連客のようにイジり倒した。
大手の配信では、コメントは滝のように流れ、リスナーはただの「群衆の一部」になる。だが、俺の配信では違う。リスナー一人ひとりが、確実に顔を持った「個客」だった。
一時間ほど、大学の理不尽な教授への愚痴や、新しく買ったコンビニ弁当の品評会でダラダラと盛り上がっていた頃。
ふと、初見らしきリスナーが、ぽつりとコメントを落とした。
『ゼンさんってトーク面白いのに、なんで伸びないんですか? 相互登録のタグとか、もっと宣伝すればいいのに。Vランクとか気になりませんか?』
チャット欄が、一瞬、ピタリと止まった。
誰もが触れないようにしていた「数字」というタブー。常連たちが(ヤバい空気になるか?)と固唾を呑むのが、画面越しでもはっきりと伝わってきた。
俺はマウスから手を離し、椅子の背もたれに寄りかかった。
金髪のアバターの目を少し伏せ、それから、ニヤリと笑った。
「気にならないって言ったら、嘘になるっしょ。俺だって百万人に囲まれて、女の子にキャーキャー言われてえよ」
俺の素直すぎる本音に、張り詰めていたチャット欄に『www』という草が生える。
「でもさ」と、俺は声を一段低くした。マイクに少しだけ近づく。
「俺が今、この部屋にお前らっていう『ダチ』を六人呼んで、宅飲みしてるとするじゃん?」
『うん』
『宅飲みいいね』
「俺さ、そいつらを部屋に放置して、ずっと窓の外に向かって『誰か来てください! 相互に酒注ぎ合いましょう!』って拡声器で叫んでたら、どうよ?……超ダサくない?」
チャット欄が、再びピタリと止まった。
「だろ? 窓の外で何万人がお祭り騒ぎしてようが、今、俺の目の前にはお前らっていう『客』がいるんだわ。外の百万人より、今わざわざ俺の部屋に来てくれた六人を、最高に笑わせる。それが、俺の配信者としての『マナー』なの」
俺は、画面の向こうにいる六人に向かって、はっきりと宣言した。
「数字稼ぎのために、目の前のダチを蔑ろにするようなダサい真似は、俺は絶対に死ぬまでやらねえよ。だからお前ら、安心して俺の特等席に座っとけ」
次の瞬間、チャット欄が爆発したように加速した。
『ゼン兄貴……!』
『一生ついていくわ』
『パチンコ負けたけど元気出た』
『特等席最高じゃん』
『匿名希望:だから私は、ここから離れられないんですよ』
「おうおう、ついてこい。……ただし佐藤、パチンコはほどほどにしとけよ! 明日バイトの面接行けよな!」
同接六人の、世界で一番熱くて、世界で一番狭い夜。
この時、俺は知らなかった。
その六人の常連客の中に、匿名のアカウント(いわゆるROM垢)でこっそり潜り込んでいた『セリナ』がいたことを。
――同じ頃。
都内にある別の部屋で、スマホから俺の配信を聴いていた彼女は、PCの前で静かに涙を拭っていた。
順調に登録者を五百人まで伸ばした彼女だったが、その分「もっと伸ばさなきゃ」「同年代のVに追い抜かれたくない」という数字のプレッシャーに押し潰されそうになっていたのだ。没落貴族という設定を守る苦しさと、数字という魔物に、彼女の心は限界を迎えていた。
だが、俺の「窓の外より、目の前のダチ」という言葉が、彼女の迷いを完全に吹き飛ばした。
配信終了後。俺のMutterのDMに、セリナから一通のメッセージが届いた。
> **セリナ:**
> 今夜の『宅飲み』、とても楽しそうな声が聞こえましたわ。
> ワタクシも、窓の外の数字ばかり見るのはやめます。目の前のお客様を一番大切にする、立派なレディになりますわ。
俺は、スマホの画面を見て呆れたように笑い、文字を打ち返した。
> **ゼン:**
> 次お嬢様がウチの宅飲みに来る時は、ちゃんとシルクの座布団用意しとくわ。気楽に行こうぜ。
登録者数、四十二人。
ランキング、四千八百九十二位。
それでも、俺が通した一本の筋は、画面の向こう側にいるダチの心を、そして迷えるポンコツお嬢様の背中を、確かに支えていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「窓の外の百万人より、目の前の六人」。
ゼンの配信者としてのスタンス、そしてリスナーとの強固な絆が決定づけられた回でした。
次回、第5話は少し視点を変えて『閑話:8ちゃんねるの地下深く、金髪の噂』をお届けします。大手の熱狂に疲れたリスナーたちが、ゼンの特等席を見つけ始めるお話です。
**【お願い】**
少しでも「ゼンのマナー、カッコいい!」「このスナック常連になりたい!」と思っていただけましたら、ページ下部より**【ブックマークの追加】**と、**【☆☆☆☆☆】から評価(星)**をポチッと押して応援していただけると嬉しいです!




