第10話:平成最後の大晦日と、108回のよっす
2018年12月31日、平成最後の大晦日。
多くの出会いと別れを繰り返した「VTuber元年」が幕を閉じます。ゼンが仲間たちと、そしてリスナーたちと交わした「居場所」についての約束。第1章の完結編です。
2018年、12月31日。午後23時30分。
外では雪がチラつき始め、ゼンの住む木造アパートの六畳一間は、エアコンを最強設定にしても足元から冷気が忍び寄ってきていた。
デスクの上には、近所のコンビニで買った百円のカップ蕎麦。
お湯を入れて三分。待ち時間に指先を温めながら、俺は2018年最後となる配信開始のボタンをクリックした。
「よっす。……あー、お前ら、大晦日くらい家族と過ごせよな。どんだけ暇なんだよ、ったく」
画面の中で、金髪のアバター――ゼンが、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに肩をすくめる。
配信開始からわずか数秒。待機していたリスナーたちが、冬の濁流のような勢いでチャットを打ち込み始めた。
『ゼン兄貴こそ、こんな時間に配信枠開けてんじゃねえよww』
『実家に帰る金もなくて、もやし蕎麦を啜る底辺大学生乙』
『佐藤:有馬記念でスったから、俺にはもう兄貴の配信しかねえんだ……』
『黒猫:仕事納め、今終わりました。ゼンの声を聞かないと年が越せません。』
「おう佐藤、また負けたのか。お前、来年は俺の配信でしっかり徳を積め。黒猫は……本当にお疲れさん。お前みたいな社畜に支えられて、この世の経済は回ってんだな」
俺は画面の端に表示される常連たちの名前を一人ずつ呼び上げ、適当なイジりで返していく。
現在の同時接続者数は、八十人。
先日の『Vフェス』で見た数万人の狂騒に比べれば、それはあまりにも小さな、静かな数字だ。
だが。
一年前、俺はまだ配信すら始めていなかった。
半年前、俺の同接は『匿名希望』ただ一人だけだった。
それが今や、八十人もの生身の人間が、一年の最後という大切な時間に、俺という名もなき大学生のバカ話を聞くために集まっている。
「……不思議なもんだな。去年の今頃は、俺、一人でテレビの特番見ながら鼻クソほじってたのにさ」
俺は、出来上がったカップ蕎麦を啜りながら、ぼそりと呟いた。
2018年。世間では『Vチューバー元年』と呼ばれたこの一年は、俺の人生を根底からひっくり返した。
アバターという「ガワ」を手に入れたことで、俺はただの貧乏学生ではなく、誰かの『兄貴』になり、誰かの『居場所』を作ることができるようになった。
配信の中盤。時計の針が零時に近づくにつれ、界隈のあちこちで大型の年越しカウントダウン枠が始まり、リスナーの奪い合いが起きていた。
そんな中、俺の配信にふらりと、見慣れた『虹色』のバッジをつけたアカウントたちが現れる。
『ルカ:ちょっとお邪魔するわよー。うちの枠、さっき終わらせてきたの。最後にゼンの顔見ないと、なんか落ち着かなくて』
『セリナ:ごきげんよう、ゼン様。……おーほっほ! ワタクシ、今夜は高級フレンチのフルコースを頂いておりますのよ。(※ズルズルと蕎麦を啜る音がマイクに乗る)』
「おいルカ先輩、自分の客をこっちに流してくんなw セリナ嬢、お前フレンチ啜る音じゃねえだろそれ! どんぶり熱いからって火傷すんなよ、没落しちまうぞ」
俺がいつものように叩き返すと、チャット欄がさらに加速する。
『お嬢様いらっしゃい!』
『ルカ姉さんお疲れ! ゼン兄貴にガツンと言ってやって!』
『匿名希望:なんだか、本当にスナックの忘年会みたいですね。』
企業の壁も、数字の大小も、今のこの瞬間だけは関係なかった。
気が合う奴らが、ただ一つの場所に集まって、下らないバカ話に花を咲かせる。
かつて、引退していったジャンクが言っていた「データの遊び」の中に、俺たちは確かに本物の『熱』を見出していた。
時刻は、午後十一時五十五分を回った。
俺は、箸を置いて、画面を真っ直ぐに見据えた。
「……あー。お前ら、最後だから少しだけ真面目なこと言うわ」
チャット欄の流れる速度が、少しだけゆっくりになる。
「正直に言う。この一年、楽しかったけど、それ以上にキツかった。
同接がゼロで、虚空に向かって喋り続けた夜。
炎上の火の粉を被って、掲示板でボロクソに叩かれた夜。
そして……俺の隣にいたはずの戦友が、ログアウトして消えていった、あの秋の夜」
俺は、画面の中の金髪アバターを、少しだけ伏せさせた。
「何度も思ったよ。こんなの、ただのデータの遊びじゃん、って。辞めて普通にバイトしたほうが楽じゃん、って。
でもさ。……俺が辞めたら、お前らが帰ってくる場所、なくなっちゃうんだよな」
俺は、マイクに顔を近づけた。
「ルカ先輩が叩かれてる時、セリナ嬢が機材で困ってる時、佐藤がパチンコで負けて死にそうな時。俺がここに居て、お前らを適当に笑い飛ばしてやれば、少しは明日も頑張れる気がするだろ?
……俺は、お前らが俺の声を必要としてくれる限り、絶対に自分からこのマイクの電源は切らねえ。誰が辞めても、俺だけはここに居続ける。それが、俺の通す最後のスジだ」
『兄貴……』
『一生ついていくわ』
『佐藤:来年はパチンコ勝ってスパチャ投げるからな!』
『セリナ:……ゼン様。ワタクシも、ずっとここに居ますわ。』
午後十一時五十九分五十秒。
俺は、右下の時計を見つめ、深呼吸をした。
「よし、カウントダウンいくぞ! 2018年、最高の最後だ!!」
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――。
「「「あけましておめでとうーーー!!!」」」
チャット欄が、新年を祝う弾幕と、溢れんばかりの『よっす』で埋め尽くされた。
窓の外からは、近所のお寺が鳴らす除夜の鐘の音が、静かに響いてくる。
「よっす! よっす! よっす! 2019年も、俺のスジの通し方、特等席で見せてやるよ!!」
それは、名もなき個人勢・ゼンが、狂騒の2018年を生き延び、誰にも壊せない『居場所』を築き上げた瞬間の、小さな、けれど決して消えない産声だった。
金髪の大学生は、冷え切った部屋で一人、けれど何百人もの温もりに包まれながら、新しい時代の夜明けを笑って迎えた。
「じゃ、新年一発目のバカ話、始めるか。……お前ら、お年玉の準備はできてるんだろうな!?」
2019年。さらなる激動が待ち受ける未来へと、物語は続いていく。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第1章、これにて完結です。次回からは第2章『三次元への宣戦布告』。企業勢のさらなる躍進と、ゼンの周囲に忍び寄る「事務所」という壁の物語が始まります。
また、明日から1日18時に1投稿に切り替えます。
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