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4.生きる約束、或いは冒険


ラストなんで長いです。

(ユウリ視点)


 室内は一瞬、エアコンの音だけになった。

 でも俺の口から滑り出る言葉が、その静寂を壊す。


「誰と? どの教官の命令?」

「……3年生の主任……相手も」


 本人か。……絶対に殺す。


「何処まで?」

「命令を言い渡されたところで手を掴まれそうになりましたが、避けました」


 二千翔ちゃん反射神経良いもんな。


「そしてすぐに別の教官が来て、彼は何処かへ連れて行かれました」


 すー、と。息を吸って吐く。

 事案ではあるが、俺が二千翔ちゃんに手を出さない事に、上が痺れを切らした強硬手段って訳では無かったようだ。


「ゴメン……気付けなくて」

「話していない出来事に『気付けと』言う程、無茶振りはしません。指一本触れられていませんし」


 それでも、嫌だったはずだ。

 3年の主任は、正に絵に描いたような汚い小太りのクソオヤジだ。軍で鍛えた筋肉は何処に消えたんだよ……いや、ああ言うのは正規で昇進したヤツじゃ無いな、コネだろう。


「二千翔ちゃん、確認させて? キミは俺としたい?」


 隣に移動して彼女の顔がよく見えるよう、覗き込んで尋ねた。

 桃色の目の輝きが、震えたように見えて、心の準備が出来ていないと瞬時に悟る。


「━━━━これが『恐怖』……ですか?」


 桜色の小さな唇がそう紡いだ言葉は、俺にとって予想外だった。

 ハラハラと涙を溢す二千翔ちゃんに手を伸ばそうとすれば、彼女は己の身を守るように自身の体を抱きしめて、俺から顔を背けた。


「無理、です。一番大事な部分を……誰かに触れさせるなんて……。私……なんて事を受け入れてたんだろう?」


 ガラスが割れた音を聞いた気がした。

 魔女(彼女達)が戦う為に感情を殺すよう投薬をされる一番の目的は、恐怖心の完全払拭だ。


「自分の体の中で、自分以外の生き物を育てるなんて……っ、出来ない。……気持ち悪い。死ぬリスクだって……有るのに」

「……うん」


 そうだよな、怖いに決まってる。俺も今、正直泣きたくなっている。

『リスク』なんて……そんな言葉では、きっと済まない。

 生産用の魔女が健やかに子育てしているなんて話を、俺は聞いた事が無い。

 つまり、出産した魔女達は━━━━。


 想像したくも無いその先から目を背けたくて、俺は一旦さっきまで居た部屋に足を運んだ。

 そうして、二千翔ちゃんのベッドの上にあった写真集を持って戻る。


「オーロラのページ、気に入ってる?」

「…………ぇ?」


 一番開かれた痕跡のあるページがソレだった。

 彼女の写真集は、世界の美しい絶景や名建築を集めた物で、他は……


「水晶砂漠に大英図書館、ブルーアイスケイブに……タージ・マハルも」


 比較的開きやすく、なんなら端に折り目も付いていた。




「二千翔ちゃん、実際に見に行こう」




 信じられない物を見る目だった。


「何を……? そんなの、無理ですよ……」

「俺、本気だよ? 二千翔ちゃんが行きたい所全部連れてく。見たい景色、全部見せる」


 中にはもう、壊れてしまった景色や建物も多いだろう。でも、沢山の場所に行こう。色んな経験をしよう。

 何年もかかる計画をしよう。


「君が、何年も生きる約束をしよう」

「無責任、です。私……軍の施設から、任務以外では簡単に出られませんし。ただでさえ寿命が……」

「2年になったら、学科選べるよね。そこで開発機関に出入り出来るとこ選ぶよ」


 武器や爆薬の開発に、魔女達の調整をする開発機関はとても難関だ。

 何故なら最前線とは程遠い後方勤務だから。


「二千翔ちゃん、俺は二千翔ちゃんの事が本気で好き━━愛してるんだよ。君がこの気持ちに応えてくれたら嬉しいけれど、多分難しいよね?」


 無反応な彼女の頬に、無意識に添えようとしていた手を戻す。


「だから、キミが安心して過ごせるようにさせて下さい」


 プロポーズしてるみたいな気持ちになって、思わず敬語になった。


「君が嫌がる事や怖がる事はしない。俺に守らせて。二千翔ちゃんが幸せそうに笑ってくれるなら、俺はどんな辛い事にも負けないから」


 君に触れる事を許されなくても……耐えられる。




 ***



(二千翔視点)


 貴方の事を、ずっと前から知っている気がした。

 だから初めて出会った時、知らない熱いものが、こっそりと胸の中に込み上げていた。


 魔女なのに魔法が使えなくて……搾取される事を当然としていた私を、守ると言ってくれた人が、目を閉じると鮮明に浮かぶ。


 アレから月日が経って、3年生になった今……。


 ━━パチ……パチッ! ゴオオォォォ


 私は、襲撃された校舎の中━━全てを溶かさんと揺らめく火の海に、取り残されている。


 無事に開発機関に出入り出来るようになった貴方のおかげで、私は少し薬の悪影響が抜けてき始めた。このままいけば、寿命も平均近くまで伸びそうとの事。

 それだけでも凄い進歩で、嬉しくて……私のような欠陥品が少しでも幸せだ思ってしまったから、バチが当たったのかもしれない。


 貴方が海外の同盟国開発機関に、数日の研修に出向いている間だ。

 いつまでも停戦に応じない国が、学校を襲撃した。

 私もすぐに逃げようとしたけれど、逃げ遅れた下級生達を見かけて、彼等を逃す事を優先し、このザマだ。

 しつこく追い詰めてきた敵兵は仕留めたけれど……酸素が薄くて、立てなくなっている。


 赤、橙……橙は貴方の瞳の色だから好きなのに。

 今は忌々しい。だって、貴方と永遠に引き離そうとしているんだもの。


 流石に、一年以上……あんなに、宝物みたいに大切に扱われれば、分かるようになったよ。


『好き』も……『愛してる』も……。


 不思議な事に、私は貴方が最初から好きだった。何故かは分からない。深く考えようとすると、心地良いピアノの音色が聞こえてきて、いつも眠ってしまうから。


 熱い。痛い。皮膚のあちこちが……火傷で脈打ってる。

 嗚呼……、此処で……お終いか。


『石英』でキラキラ輝く真っ白な砂漠。

 知識の宝箱みたいな円形の大図書館。

 至高の青で澄んだ氷の洞窟。

 皇帝が愛する妃の為に建てた白亜の霊廟。


 全部、見てみたかった……。

 何よりも貴方と……、


 ━━夜空を彩る大きく美しいオーロラを見たかった。

 私より、目を輝かせてそのカーテンを見つめるに違いない貴方の横顔を見て一言。

 貴方の気持ちに、もう私は応えられるのだと……そう伝えて。


 ━━ガコンッ!




「よっと! よし、ちゃんと二千翔ちゃんのとこ繋がった!」




 聞こえるはずの無い声。

 ソレは私が聞きたくて仕方なかったもの。

 信じられなくて。驚いて。

 声を出す気力は殆ど無いけれど、近づいてくるシルエットと表情は、やっぱり紛れも無く貴方。


「━━ユウリ、さん?」


 床から私を起こした貴方は、この場に似つかわしく無いほど晴れやかな笑みを浮かべていた。


「うん、迎えにきたよ」


 困惑する思考。

 偽物? ……違う。私を覗き込むこの表情、耳に届く声、紛れも無く本物だ。


「むかえ……?」

「うん、とりあえず脱出しようね」


 コツンと額と額を重ねてから、ユウリさんは私を抱え上げて、今さっきの音源だろう四角い入口に体を滑らせた。


 今、私達は走っていない。

 後ろが煌々と光る暗い廊下には火が回ってこなくて、空気も綺麗だ。

 どういう事??


 まだ海外に居るはずの貴方が此処に居る事も、この廊下も……疑問点しか無い。


「この廊下ね、前から俺達が作ってた脱出経路」


 ……前から作ってた?


「守るって言ったのに、怖い思いさせてゴメンね。うちの親父含めた各国のトップが秘密裏に主導し始めた任務の一環なんだ」

「……この、襲撃が?」

「襲撃っつってもカムフラージュね。此処もだけど、各国の軍学校に、この戦況を継続させて悪化させたい戦犯がゴロゴロ潜んでたんだって」


 成る程、鼠の駆除か。きっと所々校舎内で火だるまになっていた教官達がそうなんだろう。


「任務なら、仕方ありません」

「二千翔ちゃん……」

「助けに来てくれましたから」


 それで許します。

 そう言ったところで廊下が終わって、私達は学校の外に出ていた。

 瞬間移動能力の魔女の技術でも使った廊下だったのか、今居る場所は学校からそう離れていない山だろう。煌々と赤い空気に包まれた校舎が小さく見える。

 クリスマスツリーの灯りであれば、どれだけ良かった事だろうか。


「ソレでさ、二千翔ちゃん。俺達ね、今日から死んだ事になってる」

「それはまた……どう言った任務なんですか?」


 ユウリさんの話は、少しだけ現実離れした内容だった。


 どうやら、この星の惨状は、戦犯達がある鉱物資源の採掘を止めていた事が原因らしい。そこで彼等の行動を良しとしない各国の上層部が協力した。


「少し良いですか? それは、どんな鉱物なんでしょう?」

「汚染の浄化。土壌改良、気候緩和。あと興奮状態の沈静化」

「本当に実在する鉱物なんですか?」

「130年くらい前……全世界の火山活動が一気に活発化した時期があったんだって。その時出来た鉱物みたい。今は歴史の教科書から抹消されてんだって」


 協力の結果、その鉱物資源を集めれば地球が再生する━━夢のような機械の開発に成功したそうだ。

 でも肝心の資源が無い状態。そこで彼等は、信用出来る人間にその任務を任せた。


「俺達、その資源集めに選ばれたって訳」


 ユウリさんは、お父様に信用されているようだ。


「私達二人だけですか?」

「いや、俺の親友の男子と、軍学科のピアニストさんとそのルームメイトさん。合計で日本からは5人だね」


 沢山の国から選ばれた精鋭チームでこれから行動するという事か。


「やっとだね」

「?」

「資源はさ、各国に散らばってるんだって。だから色んな国にこれから行く事になるって」


 学校が見えるその場所から離れながら、ユウリさんは笑みを浮かべた。


「やっと見に行けるね。オーロラも、タージ・マハルも!」


 夜なのに、お日様みたいな笑みだった。

 心臓が、大きく音を立てる。


「ユウリさん」

「何?」

「……愛してます」


 ユウリさんの足が止まった。その顔は赤くも青くもないけれど、驚愕の色一色で、少し不安になった。けれども、まだ言いたい事があるから、続けさせてほしい。


「もっと健康になったら、地球が再生して、滅びないって分かったら━━」

「待って、その先……言わせて?」


 ユウリさんはそう言って、私の額に口付けてから、視線をゆっくり合わせてくれた。


「二千翔ちゃん。


 ━━━━俺のお嫁さんになって下さい」


 私は笑った。

 嬉しくて出る涙は温かいのだと、実感した。

 こんなに嬉しいのは、生まれて初めてだ。


「はい、一緒に幸せになりましょう」






 その後、丸い琥珀の月夜に交わした約束は、勿論果たされた。


 美しい北の地の夜空を貴方と見上げたし、白い砂漠も歩いた。

 色んな場所へ行って、家族も出来た。



 The future lived on —

 and with it, the world was saved.

(お察しいただければ光栄です。

 それはつまり、未来が続いたという事。

 世界は救われたのでした。)



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