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3.迷える子羊達のやり直し愛

環境の倫理観が壊れてます。


三人称→ユウリ視点



 雨音。

 雨音。

 雨音。


 窓を叩く小さな音に、閉じられた瞼から伸びる少女の睫毛がふるりと揺れた。

 ふわりと、弾力のある羽毛布団が盛り上がる。

 布が動いて、中も動いて、擦れて起きるくぐもったような音は、彼女が己の上半身を起こした事を意味する。


 まだ日の上りきっていない━━白と灰と水色の朝。

 今か今かと、陽の光を待ち侘びるように濡れた桃色の瞳が窓を見て、その大きさを変える。


 けれども、生憎の雨だ。

 少女は小さな鼻先で良い匂いを嗅ぎ取った。

 蜂蜜とバター、そして小麦の匂いだ。

 視線を窓から映せば、いつも彼女より遅く起きる、隣のベッドの住人がいない。


 着替えてリビングとダイニングが一緒になっている部屋に入れば、キッチンに立つ少年の姿があった。


「おはよ」


 少女より先に、少年が和かに挨拶をする。

 少女は元より表情筋があまり動かない。だが今は、いつも以上に動いていないなと、少年には感じられた。


「昨日はあんま寝られなかった?」


 心配そうに覗き込んだ橙の瞳に対して、少女は首を左右に振った。


「よく眠れました。朝ご飯、有難うございます」

「どう致しまして。蜂蜜もバターも多めに塗━━ににに二千翔ちゃん!? どったのハグなんて!?」

「無性にこうしたくなりました」


 正面から当たる柔らかさ。

 背中に回る細い腕。

 心臓の鼓動。


 それら全てに、少年は頬を朱色に染める。

 しかし、少女改め二千翔は全く動じていないようだった。

 その態勢のまま顔を上げて、しっかりと目を合わせた。


「おはようございます。ユウリさん」


 二千翔とユウリ。

 二人は寝食を共にしているが、恋人同士では無い。夫婦でも無い。


 もっと醜い関係だ。

 化け物じみた身体能力のギフテッドと、()()()使()()()()()、遺伝子には『解毒』の魔法が眠る魔女━━人工人間(ホムンクルス)の欠陥品。

 取り繕わず、倫理観の欠片も無い言い方をすれば『交配相手』だ。


「お皿、持っていきます」


 和やかに食卓を囲むような間柄では、本来無い。


「う、うん」


 それでも、二人の間に流れる空気に嫌悪や醜悪さは無く、寧ろ優しかった。




 ***



(ユウリ視点)


 軍学校に入学して、早くも半年が経つ。

 二千翔ちゃんと顔合わせした当初は、この国落ちるとこまで落ちたなと冷めた。


 父親に何を言われようが関係無い。

 戦況だって、今は大気汚染が深刻化して何処も何処もかしこも停戦し始めた。明確な滅びのカウントダウンが始まってるんだ。入学したタイミング、正直あんま良くなかったな。


 兎に角、俺は家畜じゃ無い。荷物を纏めてさっさと辞めよう、そうしよう。


 そうして寮を出ると、二千翔ちゃんが待ち構えていた。

 無数の星が、そろそろ瞬こうかという薄暗い空の下。二千翔ちゃんは、感情の読めない表情で俺を静かに見つめていた。


『キミも、自分が大事ならこんなとこ居ない方が良いよ』

『……私は、軍にしか居場所が無いので』

『そ』


 それで終わるはずだった。

 彼女の人権なんて無視した発言を連発して、俺の次を当てがおうとする教官達の話し声や、いっそ廃棄にしてクローンを作ってしまえという会話を聞きさえしなければ。


 胸糞悪すぎた。

 あの時は何故か分からなかったけれど、腹が立った。

 だから戻って見ると、丁度俺の次に当てが割れる予定だった奴が、部屋で二千翔ちゃんを押し倒していて、脊髄反射で窓ガラスぶち破って蹴り飛ばしていた。


『ゴッメ〜ン! 同期と穴兄弟とか俺マジで無理だから⭐︎ ……今後あの子の視界に1ミクロンでも入ってみろ。現場で肉壁にしてやる』


 後半は、彼女に聞こえないようクソ野郎の耳元で告げた。

 俺みたいに突飛した何かがあるのかと思ったけど、そうでも無かったらしい。俺がマジで有言実行すると分かったんだろう。その日学校を出たのは俺では無く奴になった。


 そうして俺と二千翔ちゃんの共同生活が始まった。

 ハッキリ言ってしまおう、彼女は完璧だった。

 文武両道で現場判断的確で銃火器の扱い完璧、しかも救護する時無駄が無い。

 天使やん女神やん。魔法使えないハンデなんか完全に他で帳消しだろ。


 二千翔ちゃん量産用(※次世代を産む事を強要されてる欠陥品の総称)に回した奴、馬鹿なんじゃねーの? と思ったりしたが、逆にこれだけスペック高ければ同レベで魔法持ってる人工人間、上は欲しいよなと納得した。

 俺の身体能力は、オマケで付いてきたら良いな♪ くらいにしか思われてないだろう。


 まぁ、もうお分かり頂けているだろうが……俺が彼女に落ちるのは、一瞬だった訳だ。


 特に入学から1ヶ月目。たまにしか無くなった現場でヘマして、腹部に風穴を開けた時だ。

 死にかけで敵地で一夜を明かした日。

 朝日が登った瞬間にあの子が助けに来てくれたのを見た瞬間だ。

 変な話だけど、嬉しくて懐かしいような気持ちと……酷く後悔した事でもあるような苦い気持ちが、ごちゃ混ぜになった。


 初めて……これほど美しい物は、他には無いと思うほど、綺麗な物を見た。

 霜の降りた砂利の地面を踏んできた二千翔ちゃんは、朝日の中でキラキラと輝いて、髪が靡いて━━血と硝煙で頬が汚れていても、彼女は綺麗だった。






「━━そんな二千翔ちゃんがデレた。俺はアピール毎回してるけど、二千翔ちゃんからは全然無いの。でもデレた。どう思う?」

「死ね」

「暴言止めて!」


 学校に入って初めて出来た友達に今朝の一件を話したところ、眼鏡の奥の瞳が絶対零度になった。普通そこまで僻む?


「昨日振られたばかりの俺に喧嘩売ってんだろ?」

「わー、かわいそ」


 成る程、振られたのか。今回は付き合って3日、長く持った方だな。


「けどお前、魔女に熱上げても虚しいだけだぞ」

「感情の話? でも二千翔ちゃんて、他の魔女に比べたら大分感情表現豊かじゃね?」


 魔法を使える魔女達とは、投薬の種類が違うのかもしれない。


「生殖活動に影響与えないように控えめなんだろ。魔女によっては、過多の投薬で子どもが絶対に産めない子もいるらしいぜ」


 あー……軍てクソ。


「それよりお前、ちゃんとヤってんのか?」

「セクハラ反対」

「俺だって聞きたかねェわ。心配してんだ馬鹿。子どもが出来ないって見做されたら、お前の相手


 ━━━━廃棄処分だろ」


 頭の奥が凍てつくような感覚に、顔が歪む。

 ……分かってんだよ、そんな事。






 夜。白いライトをしっかりと付けて、俺は明日までの課題で机に向かい、二千翔ちゃんは自分のベッドの上で、お気に入りの写真集に見入っていた。

 一緒の部屋になって最初の頃は、女の子(しかも張可愛い)が同室のベッドに居る事実にドキドキしたけれど、今は普通に過ごせる。やっぱ人間は慣れる生き物なんだな。


「ユウリさん、実は不能ですか?」


 強烈過ぎる言葉の暴力により、机に倒れた。俺が。


「……死にたくなったんで、珈琲お代わり淹れてきます」


 思わず敬語になった台詞は、自分でも驚くほど弱々しく震えた。


「私も飲みます」


 二人揃って寝室を出たら、珈琲は自然とダイニングで向かい合って飲む事になった。


 ブラックに砂糖を3杯。小さな丸い海をスプーンでくるくる回すと、仄かにチョコレート色にも見える黒い液体。いつもはこれが丁度良い。良いんだけどなぁ……。


 気不味いよぉ……。今さっき『不能?』って聞いてきたの、好きな子よ?

 そんでその子から離れようとしたのに失敗して一緒に珈琲飲んでんの。

 メンタルが、絶賛削られている。


 ……と、同時に癒されてもいる。

 両手でマグカップ持ってるの可愛いー。

 モコモコパジャマから指先がちょんと出てるのも可愛い。

 俺のメンタル、削られたり癒されたり忙しいなー。


「このパジャマ、新しいんです」


 ……、ああ!

 そっか。いきなりパンチの効いた暴言に何事かと思ったけど、新しい服について俺が無反応だったからか。

 気の利かない男でゴメンね! 幾らでもベタ褒めするよ!


「うん、知ってた。めちゃくちゃ可愛い。フルーツサンドのモチーフ似合ってる。好き」

「それは服がです?」

「二千翔ちゃんが」

「…………」


 何か答えを間違っただろうか??

 静かな面持ちだけど、怒っていらっしゃる気がする。


「可愛いパジャマより、透ける下着にすべきだしたか」

「ごめんね? アクセル全開で急にぶっ飛んだ発言してる自覚ある?」


 笑顔でツッコミを入れたけど、内心はヤバい。

 お誘いですかー!? と。

 だって俺達は、そういった事をこれまで全くしてないのだ。

 ある日、二千翔ちゃんが服を脱ごうとしたところを押し留めて言った。


『お願いだから身体大事にして。その行為は、キミが本当に捧げたいと思った相手━━あ、愛した誰かと……すべきだと、俺は思う』


 気持ちが伴ってない行為なんて苦痛でしかない。

 本当はめちゃくちゃヤりたい。キミを他の誰かに譲りたくない。

 けど、惚れた女に苦痛の極み味わわせて、自分だけ良い思いしようなんて、俺は絶対に嫌だ。


「私、魅力無いですか?」


 カップをテーブルの上に置いた二千翔ちゃんは俯いていて、顔が見えない。

 もしかしたら、知り合いが廃棄でもされたか?

 初めて夜這いかけて来た時の動機がソレだったし。


「初めて貴方に助けられた時は、全然理解出来ませんでした」


 初日に二千翔ちゃん押し倒してた馬鹿を蹴り飛ばしたアレか?


「喜怒哀楽の感情に……魔女(私達)は疎いです。『愛』なんて、もっと分かりません。


 でも…………誰かに無理に触れられる事は、とても不快な事だと、今日分かりました」


 何か、引っかかる言い方だ。

 嫌な予感がする。

 二千翔ちゃんの顔は俯いたまま。けれども、肩が怯えているかのように、震えて見えた。


「今日……別の男性の相手を……させられるところでした」


「━━は?」


 かつて無いほど低い声が、自分の口から出た。

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