第006話 社畜、文化のちがいを知り、ヴェラを弄ぶ
「イヤですわ! 断固、拒否ですの!」
ここだけ切り取るといかがわしく見えるかもしれない。
が、ちがう。
ちがうんだ。
そもそも今回の体調不良ってのはあれだ。
魔族の救荒作物であるスターバが原因なわけ。
葉っぱもいけるし、球根もいける。
育ちやすいし、病気にも強い。
捨てるところがないってくらい食べられるわけ。
スーパー植物なわけだ。
そんなスーパー植物だけどな。
ただ加熱処理をしただけじゃ、球根部に含まれる毒が抜けない。
しかも弱毒だから、わかりづらいっていうタチの悪さ。
気づけば、にっちもさっちもいかなくなるって寸法だな。
そんなスターバの球根部の毒抜きを見抜いたのが鑑定先生だ。
灰を混ぜた水に一昼夜つけることで毒が抜けるらしい。
まぁその化学的なことはよくわからん。
鑑定先生が言うのだから、それでいいのだ。
で、厨房にいってスターバをちょっとわけてもらった。
もちろん実験するためだな。
スターバの球根は、見た目ゆりねみたいだ。
厨房のわんこ兄さんによると、ふだんはバラして炒め物にすることが多いみたい。
ただ、実験したみたところ、スターバの球根が大きくなった。
だいたい掌大くらいの大きさだったのが、ドッジボールくらいの大きさになったのだ。
さすが異世界スーパー植物。
よくわからん。
しかも白っぽい色からオレンジがかった黄色になった。
一口、生でいってみる。
舌触りはねっとり。
甘みが強い。
香りのクセもなく、食べやすい。
これ、かぼちゃじゃねえか!
となると、どうしようか。
ヴェラに協力してもらって厨房の端っこを借りる。
んー魔族の料理ってのがわからんからな。
ただ、見た感じ基本的な調味料は揃っているみたいだ。
では、ここはひとつアレといきますかね。
一人暮らし歴が長いオレは料理が趣味だった。
と言っても、家庭料理のレベルだけどな。
で、だ。
厨房からオレの私室という牢屋に移動して、ヴェラにだしてみたわけ。
渾身の一品を。
「イヤですわ! 断固拒否ですの!」
オレが作ったのは、カボチャのコロッケ。
もとい、スターバのコロッケだ。
小判型ではなく、一口サイズのボール状のタイプ。
さっき味見をしてみたが、なかなかよくできていると思うんだけどな。
熱を通したことで、よりねっとりとした甘みがある。
そこに香辛料と挽肉の味が広がる美味。
「なにがイヤなんだよ?」
「だって……見た目が貧相ですもの」
遠回しに美味しくなさそうと言われたわけ。
さすがにこれには、カチンときたね。
ヴェラはオレを助けてくれた恩人さ。
だけどな、さすがにこの態度はないんじゃないのか。
「いや、あのさ。従者だとか言ってたじゃん」
「言いましたけど、言いましたけど……それは卑怯ですわ!」
そもそも! とヴェラがガンギマリの目でオレを見た。
「なぜお料理をするのです? べつに料理をしなくてもいいじゃないですか!」
「そりゃあどうやって報告するんよ。オレが言ったって誰も信じないだろう?」
だって、オレの見た目はニンゲンだぜ。
今だって隷属の首輪があるから魔王城を自由に歩けているだけ。
偶に、すっごい目で見てくる魔族もいるんだからね!
「それはそうかもしれませんけど! でもお料理をする意味がわかりませんわ!」
「だから、毒抜きはこうやってやるんですって言うより、こういう美味しい食べ方があるよって言った方がいいじゃん」
だと思うんだけどな。
論より証拠。
いくら毒抜きの方法が確立したってな。
誰もマズい料理なんて食べたくないんだから。
だったら毒抜きの方法よりも、実際に料理したらいいと思うわけ。
で、魔王様とかには本当のことを言っておけばいいんだよ。
「うう……本当に美味しいのです?」
「美味いから食べてみって。いやほら、毒があるって知ってたらからな、ヴェラは。だから食べたくないんじゃねえの?」
「ないとは言えません。ですが、なんですの。この茶色の丸い塊」
「茶色の丸い塊って言うな! きつね色って言えよ! べつのもん想像するじゃねえか!」
オレは思った。
このままでは平行線だ。
ほかほかのうちに食べていただきたい。
ヴェラさんには。
この茶色の丸い塊を。
「いいよ、じゃあ。これは魔王様のところに持っていくから」
「え? 魔王様に献上するのです?」
「だって、ヴェラが食べてくれないなら仕方ないだろ? オレが食べたって意味がないんだからよ」
と、ひとつ口に入れる。
うん。
やっぱり美味い。
「うう……仕方ありません。さすがに魔王様に献上するとなると話は別ですわ。わたくしが先に食べておきませんと」
おそるおそるといった感じで指を伸ばすヴェラ。
目を閉じているところをみると、よほどイヤなんだろうな。
ちょっとショックだ。
これが文化のちがいってやつか。
むんずとコロッケをひとつ指でつまむ。
「ヴェラ」
「なんですの?」
の、の口のときにコロッケを突っこんだ。
「あつ、あづ!」
「いいから食べてみろよ」
「……ほわぁ。甘いですわぁ」
ヴェラの目が大きく見開かれた。
紫紺の瞳がよく見える。
「だろう?」
「噛めば肉の旨みもありますし、いいですわね」
と、指を伸ばしてくるヴェラだ。
さっとコロッケを遠ざける。
「な、なにをするのです!」
「なにをするってひとつだけって約束だろう?」
「そ、そんなこと言ってませんわ!」
「言ったね。魔王様に献上するとも言ったからね!」
ぐぬぬ……とヴェラが押し黙った。
ちょっと涙目になっている。
「……意地悪ですわ」
あら、かわいい。
顔を赤らめちゃってまぁ。
「ハルトは意地悪ですわね!」
つーんと顔を横にむけるヴェラ。
なにこのかわいい生き物。
「ほう……そんなことを言ってもいいのかな?」
「知りませんわ!」
「まだ材料は厨房に余っているんだけどなぁ」
「生意気な口をきいて申し訳ありませんでしたああああ!」
くるりと掌を返すヴェラであった。