第005話 社畜、体調不良の原因を解消できるのかい?
魔王軍の治療施設の中にいた全員を鑑定してみた。
そこでわかったことがあるんだな、これが。
まず現状を整理しておこうか。
体調不良を訴えているのはゴブリンのみ。
種族名に細かなちがいはあるけど、全員ゴブリンな。
で、他の傷病者や衛士たちは明確な体調不良を起こしていない。
でも微弱な体調不良を起こしていた。
ってことは、だ。
魔王軍全体の問題だってことだと思うんだよね。
特定の種族のみに症状がでているんじゃないから。
他の種族にだって症状はでている。
ってことは、彼らに共通するものとしては飲食じゃないか。
食べ物か飲み水。
このどっちかに原因があると思うわけだ。
素人探偵としてはな。
『……なるほど。そういうことなら先に言ってくださいな』
『ってことでヴェラはなんか気づいたことがある?』
『そうですわね。わたくしが見たところ、ここにいる者は全員食事が必要な魔族ばかりですの。ハルトに言われて気がつきましたわ』
『ちなみに食事が必要な魔族ってなんぞ?』
『種族にもよるのですが、基本的に高位とされる魔族は食事は嗜好品だと考えてくださいな。わたくしもそうですが、魔力があれば食事は不要ですので』
『オーケーオーケー。了解した。さっき言ってて気づいたんだけどさ、ゴブリンって身体が小さいじゃない? だから症状が早くでたんじゃないのかな?』
『同じ物を摂取していても、身体が小さいから限界値も低かったということですか?』
『たぶんな。オレは専門家じゃないから、正確にはわからんけど』
『では、次はどうしますか?』
『次は厨房だろうよ。飲食物を調べるなら絶対だろ』
『そうですわね』
ということで、オレとヴェラは治療施設を後にした。
そのまま厨房へと移動する。
魔王城の地下一階に厨房はあるそうだ。
ちなみにオレの食事も厨房からヴェラが持ってきてくれたそうである。
「失礼しますわね」
「失礼するんやったら帰って。こっちは忙しいんだわん」
おっと。
しゃれの分かる魔族だな。
垂れた犬耳を持っているお兄さんだ。
「失礼ですわね!」
おいおい、そんなことでトサカにきてたら仕事できねえぞ。
社畜はな、受け流してなんぼだ。
ってことを念話でヴェラに伝える。
「……こほん。わたくしたちは魔王様から直々に命じられた調査係ですの。お仕事の邪魔をする気はありませんので、食材と飲用水を見せていただけませんか?」
「魔王様から? 仕方ないわん。飲用水はあっち、食材はそっちの奥にあるわん」
ちらりと視線だけで場所を示すわんこ兄さんだ。
喋りながらも手はしっかり動いている。
ものすごい速さで芋の皮をむいているのだから、忙しいのは本当だろう。
「承知しました。では、飲用水から見てみましょうか」
よし、オレの出番だな。
鑑定眼の力を容赦なく使ってみる。
氏名:魔力が若干まじった水
種族:水
性別:なし
状態:常温で保存されている
備考:十中八九、水魔法で作られた水。
ふむ。
魔法で水を作ってんのか。
すげーな。
かなりの量が必要になるだろうに。
さすが魔族。
「水は問題なさそうだな」
「では、食材の方ですかね」
「ヴェラ、ふだんの食事でよく使う材料を聞いてくれ。その方が効率がいい」
「わかりました」
さすがヴェラ。
当たりの強い犬の兄さんにもがっつりいく。
で、オレも鑑定を続ける。
正直、もうかなりしんどい。
頭痛がするくらいには厳しいけどやりとげた。
で、結果なんだけど。
厨房にある食材には問題がなさそうだ。
一部、毒のある食材もあったけど、ちゃんとした調理手順を踏んでたから。
だったら、なにが問題なんだろう。
「はう!」
気がついたらオレはベッドの上にいた。
チクチクする草のベッドだ。
「まったく。無茶をするからですわ」
「すまん。つい、クセで」
社畜だもの。
任された仕事はがんばるってなもんだ。
「とりあえず今日のところはもう休んでくださいな、ハルト」
すまねえな、ヴェラ。
まだ頭痛がする。
ちょっと力を使いすぎたか。
「わたくしが魔王様に報告をあげておきますので」
「……頼むわ」
草のベッドに顔を埋める。
当たり前だけど、草の香りがした。
明けて翌日のことである。
その日も朝から、あれこれ鑑定しまくってみた。
ただ、これと言って有力な情報はでてこない。
前日までに見つけた情報がすべて、だ。
飲食物はいい点をついていると思ったんだけどな。
でも食材にも問題点はなかった。
その日はまるっと空振り。
さらに翌日になって、オレは思った。
ちょっと気分を変えたいって。
で、ヴェラと一緒に魔王城の敷地内を歩いている。
ちなみに城壁の外には出たことがない。
ヴェラによると魔物がうようよいるそうだ。
しかも、かなり強いらしい。
オレなんか一瞬でコロコロされてしまうだろう。
なんだかぽかぽかとした陽気だ。
散歩が意外と気持ちいい。
ぐるっと回って、魔王城の裏手にでる。
ちょうど厨房の裏手でもある場所だ。
あら?
これひょっとして。
「ヴェラ、あれって野菜? 植えてるんだよな」
魔王城の一角に野菜畑らしきものがあったんだよね。
なんか、チンゲンサイみたいな濃い緑色の葉っぱの野菜。
「あれは……確かスターバという野菜ですわね。魔力を供給したら刈り取ってから三日ほどで、またあの大きさになるのです。救荒作物としてもよく使われていますわ」
ほおんと言いながら、今回は地味に鑑定眼を発動する。
氏名:なし
種族:スターバ
性別:なし
状態:健康
備考:近年になって救荒作物としてよく使われる植物。葉っぱと球根が可食。ただし球根は灰を混ぜた水に一昼夜つけておかないと毒素が抜けない。微量な毒素だが食べ続けることで体調不良になる。最悪は死に至ることもある。調理方法が確立していない植物。
ちょ。
マジで!
これじゃないか!
ってか、鑑定さん。
仕事するときとしないときの差が激しくない?
「ヴェラ!」
がしっと細い肩を掴んじまった。
おっと、セクハラになっちまうな。
「このスターバってどうやって調理してるんだ?」
でも、それどころじゃない。
だって見つけたかもしれないから。
「わたくしが知っているのは根っこの部分を茹でて火を通すくらいですけど……?」
「これだよ! 体調不良の原因!」
うおおおお!
やった。
まさか、こんなところで見つかるなんて。
「え? スターバに毒があるんですの?」
「葉っぱじゃなくて、球根の方な!」
ちょっと興奮気味に鑑定眼の結果を伝えてみる。
ヴェラの紫紺の瞳がくわっと開く。
「さっそく魔王様に報告しましょう! 早く食べさせないようにしないと!」
ヴェラがオレの手を引いて歩き出す。
「いや、いや。ちょっと待てって。オレが言ったってニンゲンだから信じてもらえないかもしれないだろう?」
ピタリと足をとめるヴェラだ。
ちょっと泣きそうな顔になっている。
完全に忘れていたんだろう。
「だからな。こういうときは論より証拠ってな!」
「料理を作るというのですか?」
「ま、オレの貧乏料理を黙ってみとけって」
「いやな響きですわね」
ほっとけ!
まったく、水を差すなっつうの!