第012話 社畜、風精人と火精人を見て狂喜乱舞する
新しい朝がきたってなもんだ。
今日はばっちり目が覚めた。
いや、この部屋にカーテンなんて洒落たものはないからね。
朝日が昇ってきたら、直で目に入ってくるわけ。
牢屋だから。
まぁでもしっかり眠れた。
ヴェラには困ったもんだ。
でも、ちょっとありがたかった。
いいもんだな。
相棒がいるって。
そんなこんなで部屋にいるとヴェラが入ってきた。
手には食事をのせたお盆を持っている。
「おはようございますの」
挨拶を交わして、メシを受け取った。
今日の献立は硬くてしょっぱくて酸っぱいパンがひとつ。
ほとんど具のないスープが一皿。
そして、見たこともない果物がのっていた。
「なぁこの果物はなんていうやつなの?」
「ああ、それはアピという果物ですわね。魔族の住んでいる地域では、そこら中でなっていますの。ちょっと酸っぱいですけど」
「ほおん……じゃあ最後にいただくとしようかね」
硬いパンをちぎってスープにひたす。
そして、はむりと食べる。
この食事にも慣れてきたってもんだ。
あんまり美味しくないけどな!
「で、今日はどういう予定なんだ?」
食べながら聞く。
昨日はギーガ親方のところで相談を受けた。
で、解決策は見いだせたけど、同時に新しい課題もできたんだよな。
「そのことですけど魔王様から指示がありましたの。風精人と火精人の揉めごとを仲裁してほしいとのことですわ」
おお! エルフ!
ファンタジーの定番じゃないですか。
やだー。
待ってました。
でも、気になるのは火精人って話だ。
まさか火とかげじゃないだろうな。
オレの抱いた疑問を、軽やかに笑うヴェラである。
「ハルトは風精人のことは知っていますの?」
「うん。まぁこの世界でのってわけじゃないけどな。前の世界での知識で知ってるよ」
「そうですわね。こちらの風精人と火精人はそっくりなのです。見た目としては肌の色が若干ちがっていて、目の色とかも」
む。
ということは、どっちもとかげの可能性もあるのか。
なんのこっちゃやねん。
「で、その揉めごとの内容は聞いてる?」
首を横に振るヴェラだ。
「いいえ、というか風精人と火精霊は仲が悪いことで有名ですのよ」
んぐ、とパンを水で飲みこむ。
「どんな風に?」
「んーそうですわね。わたくしも詳しくは知らないのですが、お互いの文化や価値観がちがうということは耳にしましたわ」
うん、わからん。
出たとこ勝負だな。
いつものことだ。
残ったスープをパンでこそいでっと。
一口で食べ終える。
「で、このアピってどうやって食べるの?」
淡い薄緑色をした実だ。
みかんよりちょっと大きいくらいだな。
触った感じだと、皮をむくのかな。
「それは丸かじりですわね」
「うそだー」
だって、皮がゴツゴツしてるもんね。
騙されないぞ。
ふっとヴェラが微笑む。
「いいから、騙されたと思って食べてみなさいな」
じとっとした目でヴェラを見てみる。
おすまししてやがる。
本当に嘘じゃないのか?
ゴシゴシと服でアピの表面を拭ってから、はむりといく。
あら、これって。
ゴツゴツした皮だけど、サクッと歯がとおる。
なんだろうシュークリームの皮みたいなもんだろうか。
皮の下には果汁たっぷりの実が詰まっていた。
口の中に、果汁があふれる。
うん。
ちょっと酸っぱいかな。
けど、食べられない味じゃない。
甘酸っぱいって感じだ。
柑橘系だな。
ちょっと爽やかな香りまでする。
今まで食べた中だと、いちばん美味しいまであるかも。
あっという間に食べきってしまう。
「ふぅ……美味かった。じゃあ行くか」
「行きますか」
「まぁ本当は煙草の一本でも吸いたいけどな」
オレは喫煙者なのだ。
前の世界じゃ気を使って、家の中でしか吸わなかったけどな。
「煙草……? 初めて聞きましたわね」
「ああ、魔族の中にはないのかな」
「いえ、後で魔王様に確認してみるといいですわ」
「ほおん……まぁとりあえず行こうか」
よっこらせと腰をあげた。
そのままヴェラに従って、魔王城を歩いていく。
おはよう、と気軽に朝の挨拶をすれ違う魔族にしてみる。
ぎょっとした顔でオレを見る魔族たち。
まだ、風当たりは強そうだ。
しばらく歩いて魔王城の外へ。
城壁との間に兵士たちの詰め所があるんだ。
そこへ向かっていると、声が聞こえてきた。
「だから! どうしてあなたたちはそんなに野蛮なのですか!」
「るっせーな! 野蛮じゃなくて効率的だって話だろ!」
どっちも女性の声だ。
見ると、二人の美人さんが睨みあっている。
一人は白い肌にプラチナブロンド。
こっちが風精人なんだろう。
で、睨みあっているもう一人。
こっちは火精人かな。
灰色の髪と浅黒い肌だ。
ヴェラが明るいキャラメルみたいな肌だから、それよりももうちょっと黒い感じだな。
カラメルって感じ?
いや、どっちにしろ美人さんが二人もいる。
ちなみに風精人はつるぺたんで、火精人の方はちょっと大きめかな。
いいぃぃやっふうううう!
「あ、ハルト! ちょっと止まりなさい!」
いや、これはもうお近づきになりたい。
恋人とかそういうんじゃなくて、お友だちとして。
「あん? ニンゲン?」
「きゃ! どうしてニンゲンがここに!」
二人の目がこっちをむいた。
「エルフとダークエルフちゃーん! ぶへら!」
なにが起こったのかわからない。
ただ吹き飛ばされた。
そして――オレの頭はヴェラの胸に包まれていた。
うん、やわらかい。
あったかくて、いい匂いもする。
「……ハルト!」
ああ、空がきれいだなー。
殴られたけど、我が生涯に一片の悔いなし、だ。
どすん、と背中から地面に落ちた。
「まったく。お二人とも驚かせてしまいましたわね」
ヴェラの声が遠くで聞こえている。
「わたくしはヴェラと言います。魔王様から相談役を託されている者ですわ。既に通達はいっていると思いますが……」
「ああ。聞いてるぜ、オレはメルヤフラヴィオ。メルって呼んでくれていいよ」
先に答えたのが火精人だな。
「私はモアナエウノミアです。モアナと呼んでください、ヴェラさん」
こっちは風精人の方だ。
むーん。
モアナとメルか。
こりゃあ楽しみだ。




